第14話 憤怒4

 町の中からでもそれとわかるほど、町の外の南門近くで異変が起きていた。

 凄まじい爆発音、大地震が起こる前触れかのような大きな地鳴り、天に届きそうなほどの高さの火柱、高速で四方八方に撒き散らされる水流の嵐……


 町の人々が半分パニックに陥りながら南門の反対の北門に向かって逃げ惑う。

 その混乱の中で——


「お師匠様—— 僕が助けに行きます! どうかご無事で!!」


 猛ダッシュで町の南門に向かって走るテディ。

 そして、そのはるか前をガイが、そしてそのすぐ後に続いてパンを口にくわえながら走るマリアの姿があった。


「ちょっと、テディ、遅いよ! バリバリ(硬いパンを噛みちぎる音) 先行ってるからね!」


 ぜー、ぜー……

 僕、魔法使いだし、体力ないんだよな……

 い、いや、諦めちゃダメだ!

 お師匠様のピンチかもしれないんだ——

 そこに、颯爽と登場してカッコよく助けるんだ!!

 死ぬ気で走る!!


 テディの決死の思いも虚しく、ガイとマリアにどんどん引き離されていく。

 

 な、なんで、2人とも、あんなに速いの?

 ていうか、もしかして、僕が遅いだけか??

 このままじゃ、僕がお師匠様の心配をせずに出遅れたみたいに見えるじゃないか。

 チクショウ、前みたいに『真紅の秘水』があればすぐに飲んで、あんな奴らに負けないのに……


 人は、体力を消耗した時、思考力も大きく低下する。

 パーティー随一の頭脳と仲間達からも頼られるテディは、エリナの窮地を救うべく全力で向かうガイとマリアを『あんな奴ら』呼ばわりしたあげくに、遅れをとっている現状を挽回するため、切り札とされた『真紅の秘水』を使うべしと判断するほど、思考力が大幅に低下していた。



 そして、3人が南門付近まで到達した頃、異変がピタリと止んだ。

 まずガイが南門を通って町の外に出て、そのまま異変のあった方に向かう。

 

「な…… こ、これは……!?」


 続いて、マリアもその場に到着する。


「え…… お姉様!?」


 そして、大分遅れてテディも到着した。

 先に着いていたガイとマリアが棒立ちになっているのを見て、嫌な予感がする。


「ど、どうしたの? ま、まさか、お師匠様!?」


 テディも急いでガイとマリアの横に並ぶと、そこは——

 もともとは草原や丘や木々もあったが、全く違う場所にきたようだった。

 地面はまるで地雷が爆発したかのような跡や巨大なハンマーで叩かれたような跡だらけで、高温で消炭となった塊が飛散しており、他にもレーザーで貫かれたような穴が所々に開いていた。

 丘も崩れてなくなっており、その辺一帯は、文字通り戦場の跡地と化していた。


 そして、その中央付近に———— エリナが立っていた。

 エリナのそばには、ひときわ巨大な赤黒い肉塊が煌々と燃えていた。


「あ、皆、来てくれたのね!」


 3人に気づいたエリナが嬉しそうに手を振った。


「お師匠様! 無事ですか!?」


 テディが大急ぎでエリナに駆け寄る。

 ガイとマリアは、呆然としてその場を動けずにいた。


「——師匠が1人で七魔人を倒しちまったってことか?? いくらなんでも、強すぎるだろ……??」

「お姉様、マジで人類最強じゃん…… もうお姉様1人でよくない??」



 ——————それからしばらくの間、町中が大変な騒ぎだった。


 その中で、エリナ達は町の役人に事の次第を伝え、国王宛に伝令を頼み、住民にも安全になったことを伝え、ツケにした食事代を支払いに店に行き——

 行く先々で感謝と賞賛を受ける。

 そして、エリナ達が家に戻ったのは、夜も大分更けた時間だった。


「超疲れた〜 でも、美味しかった〜」


 マリアがソファにどさっと倒れ込んだ。

 向かいのソファに座ったガイが、呆れ顔で声をかける。


「いくら店の奢りだからって食い過ぎじゃないか……」


 エリナ達はツケを払いに行った店で、町の危機を救ったことを感謝され、逆に夕食までご馳走になっていた。


「いいじゃない、感謝の気持ちは素直に受け取るもんよ。ましてそれがお金や食べ物なら、なおさらね!」

「……そういや、師匠とテディは、『憤怒のライ』の亡骸を封印しておくって言ってたな。あれ、意味あるのか?」

「うーん…… 記録では、倒した魔人の復活を遅らせるために封印してきた、って書いてあるんだけど〜 魔人が自然に復活するのって100年以上たった後なワケ。でね、封印って、術者が死ぬと消滅するでしょ? もしテディが封印しても、100年以上も生きてるわけないし、魔人が復活するときにはテディが死んでて封印消えてるし、アタシ意味ないと思いま〜す。どう? アタシ、頭良くない?」


 その時、玄関のドアが開いてエリナとテディが帰ってきた。


「「ただいま」」

「あ、お姉様とテディ、おかえり〜」

「よう、お疲れさん。ちょっと茶でも淹れるか」

「お、気がきくわね〜 アタシの好感度アップよ!」


 ガイは黙って立ち上がり、入れ違いにエリナとテディがソファに座った。

 2人とも少しくつろいだ後、テディがマリアに声をかける。

 

「ちょっと外でも聞こえたけど、封印の話をしてたの?」

「あ、そうそう。アタシ、あれ意味ないと思ってさ〜」

「まあ、確かにね。普通の状況なら必要ない気もするけど、今回は……」

「そうですね。——あ、ガイ、ありがとう」


 お茶を運んでくれたガイにお礼をいいつつ、エリナは言葉を続けた。


「——魔王復活前に自分のダンジョンから這い出て襲ってきた七魔人の『憤怒のライ』…… 過去の記録にもない、異常な行動です。そのような魔人の亡骸を放置されたら、町の人たちも不安でしょう。封印を施すことで、その不安が少しでもおさまればと思いまして——」

「さすがお師匠様です!! あれほどの激闘の後でも、町の人たちのことを考えてるなんて…… お師匠様の高潔さに、僕は感動して涙が——」

「そうそう、その師匠の激闘の話なんだが……」


 テディがエリナを賞賛する時は無駄に話が長くなるのを知ってか、ガイが話に割って入ってきた。


「確かに、ダンジョンの外は人間有利で魔人に不利なのはわかる。にしても七魔人を1人で倒すなんて、前代未聞だぜ。話を聞く限り『憤怒のライ』も相当な化け物だ。それを、四大精霊を同時召喚して倒したなんて、正直信じらんねーぜ」


 ガイの意見はごく普通の感想であったが、テディが狂犬の如く噛み付いた。


「お師匠様は『怠惰のリート』を倒して、より一層強くなったんだ! それこそ勇者に匹敵—— いや、それ以上にね! 地の利を捨てて、ノコノコ外に出てきたマヌケ魔人なんて、美しいお師匠様の敵じゃなかったってことさ!」

「ちょっと緑メガネ、ガイが話してるんだから黙ってなさいよ!!」

「……ま、またそれ言う!?」


 少し場が荒れかけたが、静かになった隙を見て、ガイが話を続ける。


「『真紅の秘水』があれば、あるいは師匠ならやってのけるかもしれないが、今は持ってないしな…… 師匠、なんであの時、あんなに強かったんだ?」


 ——しばらく沈黙が続いた後、


「……正直、私にもよくわからないのです」


 伏し目がちにエリナが答えた。


「私も初めは、『怠惰のリート』を倒したことで、大幅にステータスがアップしたものと思ってました。ですが、戦闘が終わってしばらく経つと、急速に力は失われました。あの時、まるで『真紅の秘水』を飲んだかのように一時的にステータスがアップしていたのは間違いありません」

「師匠自身にも心当たり無しか……」

「あのさ、お姉様、前に『真紅の秘水』飲んだじゃない? その時の効果がちょっと眠ってて、また復活したとか??」

「いや、即効性で短期的な効果しかない薬ってことはわかってるし、それは無いんじゃないかな」

「……強くなれた理由を解明して、対魔人の打開策にしたいですね」

「そうだな、姫様は無理しないようにって言ってくれたが、このまま何もしないわけにもいかねーしな……」


 エリナ達は、国王宛に『怠惰のリート』討伐の件を報告しにいった時のことを思い出した。

 国王が不在であったため、代理の姫に謁見することになった。

 分厚いカーテン越しの謁見のため、姫の姿は見えなかったが、声の様子からしてかなり若い印象を受けた。

 姫は報告を受け、エリナ達を労い、七魔人の強さを理解し、『真紅の秘水』が手に入れば優先的に支給することを約束してくれた。

 ただし、『真紅の秘水』は国内に在庫が無く、かつ万が一の戦争があった時に戦局を左右する可能性もある秘薬のため、諸外国も国レベルで厳重に管理しており、手に入れるのは難しいだろうという。


「ごめんなさい、その代わりというわけでは無いのですが……」 


 カーテン越しで姫が言葉を続けた。


「先日、王宮の予言者が『サウレスの町の南に力が集い、七魔人を打ち倒すだろう』と予言しておりました。知っての通り、予言の当たる確率は2、3割程度と、決して高くありませんが、私はこの予言が当たると信じてます」


 エリナ達は、畏って次の言葉を待つ。


「ですが、やはり七魔人の強さは別格ということがわかりました。決して勝算の無い戦いを挑んではいけません。私は、あなた達が犠牲になることを望んでいません。場合によっては、勇者顕現までは守りに徹して犠牲を最小限に抑える、という考え方もあると思ってます」


 従者と思われるダークエルフの男性が、姫に声をかけた。

 どうやら謁見の時間が終了したようだ。


「それでは、引き続きよろしくお願いします。先ほども申し上げた通り、無理は禁物ですよ」

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