第13話 憤怒3

 『怠惰のリート』との戦いが終わって町に滞在している間、エリナはずっと気がかりなことがあった。

 七魔人の強さ、恐ろしさをまざまざと見せつけられ、もう戦いたくない、逃げたいという気持ちが残っていることだ。


 ——私、次も戦えるのかしら……

 少なくとも、こんな弱気では七魔人の悪意の攻撃には耐えられない。

 でも、次の戦いまで時間はある。それに、私には心強い仲間がいる。

 気持ちを整えて心を強くしておかないと——



 だが、次の戦いは何の前触れもなく突然やってきた。

 そして、ここには心強い仲間もいなかった。


「さあ、激昂の果ての底無しの憤怒に砕け散れ」


 ライは不気味に赤黒く光る両手をエリナの方に向け、そして——


「『憤怒の散撃ラース・バルド』!!」


 赤黒いエネルギーが、さながら散弾銃の弾のように、エリナに襲いかかる。


 エリナは—— 冷静だった。

 早めに距離を詰めれば、弾幕の密度が濃くなり、かわすのが難しくなる。

 かといって後ろに下がって隠れるのは、視界からライを外すことになって危険だ。

 赤黒いエネルギーがエリナに近づくにつれて拡散する性質を見て、ギリギリまで引きつけ、最小限の動きでかわした後に、一気に丘を駆け降りた。


 赤黒いエネルギーが着弾した後ろの方で大量の爆音が聞こえ、土砂が吹き荒れるが、エリナは構わずに一気にライとの距離を詰める。

 そしてライの横に回り込み——


「『双剣閃光斬ダブル・フラッシュ・ソード』!!」


 ロングソードを二刀流で構えたエリナは、一瞬で10を超える剣撃をライに放つ。


「————!!」


 ライは後ろに跳躍して身をかわすが、半数の斬撃をかわしきれずにダメージを受ける。

 更に、ライの脳天に向かって、ウンディーネから超高圧の水流がビームのように放たれた。

 ライは不意打ちの攻撃をギリギリかわすも、体のバランスを崩す。

 そこを逃さず、エリナは怒涛の剣撃を繰り出した。


 一瞬、ライの体から凄まじい怒気と殺気が噴き出す。


「……うざってえなああああ! 『憤怒の崩撃ラース・レイド』!!」


 ライは、エリナが立っている地面に向かって右腕から赤黒いエネルギーを放出した。

 当然、エリナから直接攻撃を受けているライ自身の間近の距離だ。


「————!?」


 予想しない自爆とも言える攻撃に、エリナの反応が一瞬遅れた。


 そして————

 半径10メートル程の周囲が、ものすごい爆発に包まれた。

 あたり一帯に土砂が舞い散り、砂煙と混ざって全く周りが見えなくなる。


 数秒後、砂煙が少しずつ収まり、徐々に周りが見えてくると——

 地面が半径10メートルほどの円で吹き飛んだような形となり、その中央にライが血だらけで立っていた。


 そしてエリナは、ギリギリで反応しており、吹き飛んだ地面の少し後ろで、シルフィードとウンディーネを横に従えて構えていた。


 ————戦える! 私、戦えてる!

 怖くて体が動かないと思ったけど、ちゃんと動く!

 しかも、私、結構強くなってる?


 エリナは思い出した。

 『怠惰のリート』を倒した後、皆のステータスを確認したら、少しだけ強くなっていた。

 いわゆるレベルアップをしていた。

 ただ、エリナは自分自身のステータスは見れない。

 だから、皆と同じ様に、少しだけ強くなっていると思っていたが……


 二刀流も使えるなんて、『真紅の秘水』を飲んだ時みたい!

 怖くても頭は回るし、精神耐性も上がったのかしら。

 いくらなんでも強くなりすぎな気がするけど……


 ライは、腕組みをしてエリナを睨む。


「——なるほど、リートを倒すだけのことはあるな。こっちが色々と不利なのはわかっているが、これほどの実力とは……」


 七魔人が自分のダンジョンから出るということは、ダンジョンに溜まった悪意の力を使えない、ということだ。

 自分の中に取り込んでいる悪意の力は使えるが、もちろん無限ではない。

 そして、光が降り注ぐ地上であれば精霊の力も強くなり、魔人の力は弱体化する。

 精霊の力を借りる魔法使いなどは、地上では恩恵を受けて魔力があがる。そして、精霊士であるエリナは、恩恵を受ける最たるものだった。

 そう、状況はこちらが圧倒的に有利!


 ——でも、間違っても油断してはいけない。

 ライは『こっちが色々と不利なのはわかっている』と言った。

 不利なのを承知の上で、私達を倒せる自信があるから打って出てきたんだ。

 さっきの攻撃も、正直、避けられたのは運が良かった——


 仲間達は、私の戻りが遅いのを心配して、きっと家まで様子を見にきてくれる。

 そしたら異変に気づくだろう。

 シルフィードの速度強化で回避を重視しつつ、ダメージを受けたらウンディーネの水魔法で回復する。

 悪意の力に限りがあるライには、今は無理せずに持久戦に持ち込んで、仲間達が合流したら一気に叩くのが最善——


 だけど、リートとの戦いで、私は様子見することで危機に陥った。だから、私は、攻め手を緩めない!

 エリナは、詠唱を開始する。


「お前を倒すには、もっと悪意が必要だな。ちんたらやっているのは性に合わねえ。とっとと決着をつけさせてもらうぜ」


 ライは、両手を前に突き出し、左右の手を交差させた。


の罪業——『憤怒激昂の強奪ラースアッド・ゲルド』!!」


 それとほぼ同時に、エリナは詠唱を完了した。


「『精霊召喚エレメント・サモン——土の精霊ノーム』!!『精霊召喚エレメント・サモン——炎の精霊サラマンダー』!!」


 一瞬、ライの交差した両手を中心に、すべての物が色を失い、白黒の世界が広がったかのような錯覚を覚えた。

 その直後、凄まじい脱力感がエリナを襲う。


 力を————攻撃力を奪われた!?


 そして、ライを見ると、体全体が赤黒く膨張している。

 元々筋骨隆々の大男の姿だったのが、倍以上に肥大化しており、もはや巨人とも言える様相であった。

 そして、絶え間なく怒気と殺気が湧き出ているようで、ライの周りの空気が歪んで見えるほどの悪意を纏っている。


 私だけじゃなく、町の人の力も奪ったの!?

 やっぱり七魔人相手に持久戦は通じない……

 時間が経つほど、悪意を取り込んで強くなってしまう。

 今、この場で、全力で倒す!


「シルフィードは私の素早さ強化を! サラマンダー、ノーム、ウンディーネは、ライに直接攻撃を!!」

「……四大精霊の全てを同時に召喚して使役するとは、とんでもない人間がいたもんだ。いいだろう、貴様も、召喚した精霊も、まとめて全員バラバラにしてくれる!」



 ——————これより少し前。


 町で有名な大衆レストランで、ガイ、テディ、マリアは食事をしていた。


 テディが食事の手を止め、心配そうに窓の外を見ている。

 

「お師匠様、遅いな。シルフィードの高速移動つかってるし、もうとっくに戻ってきてもいい頃なのに……」


 ガイがパンをちぎりながら答える。


「まあ、師匠に限って、心配するようなことはないだろう。大方、取りに戻ったパーティー用の財布がなかなか見つからない、とかじゃないか」


 マリアが、右手のフォークで肉を刺し、左手のスプーンでスープをすくいながら答える。


「そうそう、心配無用でしょ。お姉様ハンパないし〜 ズズー(スープをすする音) 地上だったら精霊の力もあるし、もしかして人類最強じゃない? モグモグ(肉を食べる音)」

「……マリアってさ、教会でもそんな風に食事してたの?」

「え、そんなわけないっしょ〜 バリバリ(硬いパンを噛みちぎる音) あ、このパン美味しい! そうそう、あの頃は大変でさ、マナーとかもうホントどうでもいいことをさ〜 ズズー(スープをすする音)」

「……いや、僕の家もマナーとか結構厳しくて、ご飯なんて美味しく食べれればいいのに、なんて思ってた時期があったけど、やっぱしマナーは大事だって思ってきたよ」

「あ、そうなんだ? テディってつまんないこと気にするのね〜 って、そろそろお姉様のスープ、冷めちゃうわ…… よし、アタシが代わりに頂いちゃおっと」

「え、ちょっと、いくらなんでもそれは——」


 一瞬、すべての物が色を失い、白黒の世界が広がったかのような錯覚を覚えた。

 その直後、凄まじい脱力感が皆を襲う。


「「「!!?」」」


 周りの客もざわついている。

 中には倒れている者もいるようだ。


「おい、今のは……!」

「うん、『怠惰のリート』が使っていた『いちの罪業——なんちゃらかんちゃら』とおんなじ感じ…… サイアク……」

「——お師匠様!!」


 テディが真っ先に席を立って店を出た。

 ガイも直ぐに後に続く。

 マリアはパンを一つ掴んで走りだしながら、店員に向かって叫んだ。

「あ、店員さん、ゴメン! ヤバいの来たみたいだから、アタシたち行くから! お代はエリナンデス・ホワイトのパーティーにツケといて!!」

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