第12話 憤怒2

「えっ?」


 突然後ろから声をかけられて、僕達は驚いて振り返った。

 そして、相手の姿を見て、更に驚く。


 さっき街道に見えていた大男であろうか、ゆうに2メートルを超える筋骨隆々の大男が立っていた。

 異常な朱色の髪に、額に一本の角があり、そして赤い目……

 どうみたって、普通の人間じゃない。

 もしかして、魔人?

 いや、魔人は精霊の力が及ぶ地上では弱体化するから、自分のダンジョンからでないって話じゃ——


 混乱している僕の方に向かって、大男は更に言葉を続ける。


「あんなことがあったのに、案外元気そうだな」


 あんなこと……? 僕が記憶喪失で忘れている過去のことを知ってるのか……!? この大男は誰なんだ?

 元々魔人ではないという考えが頭にあったから、つい変なことを口走ってしまった。


「昔会った、言葉を喋る魔物??」

「ヒ、ヒロ君!? 何言ってるの!?」


 あまりの暴言に、セディアも悲鳴を上げた。

 そして、言われた大男は、みるみるうちに怒りで顔が赤くなるのが分かった。


「こ、このガキ、舐めた口ききやがって……」


 大男から、素人目にもわかる、ものすごい怒気と殺気が溢れ出した。

 殺される……! そう思った瞬間——


「時空魔法『遅延スロー』!!」


 セディアが右手を前に出し、大男に向かって魔法を放つ。


「なにっ!?」


 元々接近していた上に不意打ちだったからであろう、大男は避けるまもなく直撃した。


「ヒロ君、逃げよう!!」


 セディアは呆然と立っている僕の手を掴んで、家の方に向かって走り出した。

 僕も我に返って、急いで走り出す。走りながら、セディアが話す。


「信じられない…… あれはきっと魔人よ。目が赤くて額に角があるのが魔人の特徴って、聞いたことあるの」

「そ、そっか。マズイこと言って怒らせちゃったかな?」

「うん、『魔人』に対して『言葉を喋る魔物』って、すごい侮辱だと思う…… 私の魔法が効いている間に、急いで逃げよう!!」


 走りながら後ろを振り返ると、魔人の動きが明らかに遅くなっているのがわかる。

 セディアの時空魔法が効いてるみたいだ。

 このまま走って小高い丘を越えれば、一旦魔人の視界から見えなくなる。

 きっと、逃げ切れる……

 ——そう思った矢先に、後ろから魔人が大声で怒鳴った。


「逃げられると思うなよ!!!」


 思わずまた後ろを振り返ると、丘の下の方で魔人が右手の拳をこちらに向けて突き出して構えているのが見えた。

 そして、その右手が不気味に赤黒く光っている。

 ——まずい、何かする気だ!


「『憤怒の崩撃ラース・レイド』!」


 魔人の右手に集約された赤黒いエネルギーが、こちらに向かって一直線に放たれる。


「————!!」


 赤黒いエネルギーは、丘を登っている僕達の、ほんの少し下の地面に当たった。

 そして、爆発して、丘を大きく抉った。

 全体のバランスを崩した丘は、ガラガラとものすごい音を立てて崩壊しだす。


「ヒ、ヒロ君!?」


 セディアは運良く形を留めた丘の残骸に残っていたが、僕は丘の崩壊とともに土砂崩れに巻き込まれ、下の方に流された。


 ——って、まずい、下には!?


「まずは舐めた口をきいたお前からだ…… バラバラになって吹き飛べ!!!」


 流れ着いた先には、魔人が両拳を組んだ手を高々と上げて待ち構えていた。

 そして、僕に向かって両拳を振り下ろす。

 あまりの恐怖に思わず目をつぶった。

 セディアが何かを叫んでいる様だが、聞き取れなかった。

 そして、魔人の両拳が僕の体に直撃する寸前、前世の最後—— トラックに轢かれた瞬間がフラッシュバックする。


 ————死んだ……


 地面が弾ける爆音と共に、体が浮き上がったように感じた。


 死んだけど、思ったより痛くなかった。

 楽に死ねたから、まだマシだったのかな……

 折角、転生してセディアとスローライフが始まったばかりだったのに……

 もっと生きたかったな……

 …………

 ……




「大怪我はしてないようですね。よかった……」


 セディアとは違う、凛とした女性の声が聞こえた。

 そっと目を開けると、金色のセミロングヘアーの、すごい美人の女性と目があった。


「……天使?」


 混乱している僕の言葉を聞いて、彼女はクスリと笑った。


「大丈夫です。あなたはまだ、死んでませんよ」


 あ、僕、死んでないの??

 って、僕、この人に抱きかかえられている!?


 そして、浮いていると思ったのは、彼女が僕を抱えて跳躍してるからだった。

 彼女は着地すると、待ち構えていたセディアに僕を引き渡した。

 ものすごい勢いでセディアに抱きつかれる。


「ヒロ君! ヒロ君!! よかった……」

「直ぐにこの場を離れてください。あの朱色の髪の魔人、おそらく七魔人の『憤怒のライ』……! 何故こんなところに……」


 間に合ってよかったわ……

 町で忘れ物に気づいたから、風の精霊シルフィードを召喚して私だけ高速移動で家に取りに戻ったんだけど。

 家の向こうですごい爆発音がして様子を見にきたら、まさかこんなことになってるなんて……


「ヒロ君、大丈夫!? 走れる!?」

「うん、大丈夫…… って、痛っ!?」


 崩れた丘の土砂崩れに巻き込まれたからであろう、両足が怪我をしていた。


 いけない、少し足に怪我をしてるみたいね。

 『憤怒のライ』と距離があるし、動きも鈍いみたい。

 今のうちに、もう1体——


「『精霊召喚エレメント・サモン——水の精霊ウンディーネ』!!」


 魔法陣より、水でかたどられた女性の姿の精霊が顕現する。

 それと同時に、ウンディーネの周囲に非常に細かい水の粒子が散布され——


「怪我は治りましたか?」

「え、あれ? いつの間に……」

「水魔法の回復!? こんな一瞬で治るなんて、すごい……」


 セディアも驚いていたが、直ぐにハッと気づいた。


「ヒロ君、走れる様になった? すぐ離れよう! ここにいると、エリナンデスさんに迷惑かけちゃう!!」


 そうだ、この人はSランクの精霊士エリナンデスさんだ!

 僕達がいると戦闘の邪魔になるから、急いで離れた方がいい。


 セディアと一緒に家の方に走り出しながら、エリナに声をかける。


「エリナンデスさん、助けてくれてありがとうございます! どうかご無事で!!」

「ありがとう。あなた達も気をつけて下さいね」


 エリナは、丘の下にいるライから目を離さず、後ろに向かって手を振った。


「やっと体の動きが戻ってきたぜ…… あの女、生かしておくと危険だな。だがその前に……」


 ライは、丘の上にいるエリナを睨みつけた。


「お前が人間達の噂になっている精霊士だな。ただの人間の分際で、弟分の『怠惰のリート』を倒したってのは本当か?」

「——えっ!?」


 この魔人、私のことを知っている!?

 それに、リートのことを弟分て言った??

 魔人にそんな関係があるなんて——


「……黙っているところを見ると、図星のようだな。あいつを倒せる人間なんて勇者くらいしかいないと思っていたが、まあいい…… ようやくみつけたぞ。弟分を殺された抑えきれないこの怒り、貴様にぶつけて体をバラバラにしてやろう」


 ——そんな、聞いたことない……

 記録では、魔人が自分のダンジョンから出てくるのは、魔王が復活し、魔王の能力スキルで強化されて精霊の力を恐れることがなくなり、人間世界に進撃する時だけのはずなのに。


 ——そして今、『みつけたぞ』って言った。

 この魔人、もしかして弟分の仇を討つため、私を狙ってダンジョンから出てきたとでもいうの?

 衝撃と恐怖を覚えて、エリナは思わず後退りした。


 ライの両手が不気味な赤黒い光を発し出す。


「さあ、激昂の果ての底無しの憤怒に砕け散れ」

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