第11話 憤怒1

「ヒロ君、ニュースよ」


 仕事から帰ってきたセディアが、開口一番に言った。


「前に、精霊士さんのパーティーが七魔人の討伐に向かったって話したでしょう? 七魔人の『怠惰のリート』を倒して町に凱旋したんだって」

「え、ほんと!?」


 僕が記憶喪失になってから、もう1週間くらいたっただろうか。

 その間、僕は幸せなスローライフを満喫していた。

 朝はゆっくり起きて、午前中はセディアが仕事で出掛けていることが多かったので、外を散歩したり、果樹園の世話をしたり、川で釣りをしたりしていた。

 言われていた通り、午後になると体が重い感じがしてくる。

 でも、午後はいつもセディアがいてくれるので安心だった。

 どうもセディアは、僕の体のことを心配して、仕事を午前中までにしてくれてるみたい……

 なんて幸せな男なんだろう、僕は。


 午後は、本を読んだり、帰ってきたセディアとおしゃべりしたりして、夜になったら早めに寝る。

 本当に幸せな日々だけど、気がかりだったのは七魔人やら魔王といった物騒な存在……

 七魔人の影響力が強くなってるなんて、絶対何かのイベントだろうと思ったけど、もしかして大丈夫なのかな。


 ふと、セディアが嬉しいような、嬉しく無いような、複雑な表情をしていることに気づいた。七魔人が倒された話なら、世界にとっていい話だし、もっと嬉しそうな気もするんだけどな。


「セディア、どうしたの? 嬉しくないの??」


 セディアはハッとした表情を浮かべて答える。


「ううん、ごめんね。前に、ヒロ君が七魔人の事を気にしてたからお話ししたんだけど、実はあんまりお話ししたくなかったんだ……」

「え、どうして?」

「だって…… ヒロ君、男の子だし、こういう話を聞いて『自分も行きたい!』って言い出したらどうしようって心配してたの」

「そんな心配、しなくて大丈夫だよ。僕、体が弱いから冒険者とか向いてないし、何より今の生活が大好きだし」

「本当? よかった!」


 全く興味がないといえば嘘になるけど……

 僕が普通以下の身体能力しかないことは確認済みだし。

 それに、セディアが思っているほど、男の子って感じでもないんだよな。

 記憶喪失の上に前世の記憶が戻ってるからかもしれないけど、正直、今世ではあまり危険なことはしたくないっていう思いが強いんだ。

 ただ……


「精霊士さんのパーティー、一目見てみたい気持ちはあるかな」

「え、どうして?」

「そんなすごい人たちなんて、これから先、直接見たりする機会あんまりないんじゃないかなって思って」

「あ、そうかも。七魔人を全て討伐して魔王復活を阻止したら、それこそ世界を救った英雄になるわ」


 そう、おかげで僕のスローライフが守られそうだし、遠目でも感謝したいんだよな。

 もちろん、直接会ったりするつもりはないけど……


 僕がちょっと悩んでいる様子を見せただろうか、セディアが優しく声をかけてくれた。


「それじゃあ、見に行ってみる?」

「え? でも……」

「精霊士さんのパーティーの拠点って、町の外に借りているお家らしいの。お出かけするタイミングとかが合えば、もしかしたら会えるんじゃないかな?」


 なるほど…… 前世でいうところの芸能人の出待ち、みたいな感じ?

 どうせ暇だし、散歩がてらに行ってみようかな。


「ありがとう。折角だし、行ってみたいな。セディア、どの辺りに家があるか、教えてもらえるかな?」


 セディアは仕事から帰ってきたところで、疲れているだろうし、僕は一人で行くつもりだったんだけど……


「私も行くよ。連れてってあげる」

「え、でもセディア、仕事で疲れてるだろうし——」

「ううん、大丈夫。ヒロ君、午後になると疲れちゃうから心配だし。私も七魔人の『怠惰のリート』を倒した人たち、みてみたい」


 相変わらず過保護だ…… けど、もちろんセディアと一緒に行ける方が嬉しい。

 デートみたいだしね!

 あれ、そういえば……


「ところで、精霊士さんのパーティの名前、なんていうの?」

「え、パーティーの名前?」

「うん、国内最強のパーティーだし、カッコいい名前なのかなって」

「うーん…… ごめんなさい、聞いたことあったはずなんだけど、忘れちゃったみたい。なんか、普通の名前だったような…… 今度、誰かに聞いておくわ」


 普通の名前って、なんだろう……??

 パーティー名が気になりつつ、昼食をとった後、2人で出かけることになった。



 そして————


 家からアップダウンのある丘を何度か越えて、草原を10分ほど歩いたところで、セディアが声を上げた。


「あ、見えた。あそこのお家よ」


 青い髪を風をなびかせて、セディアは遠い先を指差した。

 相変わらずセディアは綺麗だな……


「ヒロ君、聞いてる?」

「あ、ごめん!? うん、あそこだね!」


 慌ててセディアの指す方を見ると、僕達が住んでいる家よりかなり大きいモダンな家が見えた。


 僕達の家はサウレスの町の南西にあって、ここは町の南の街道の近くになる。

 僕達の家の、ちょうど東に位置する場所だった。


「ヒロ君、ここの木陰で座って待ってようか」


 丁度いいくらいの遠目で、木陰なので、きっと向こうから見えないだろう。

 セディア、いい場所見つけてくれたな。

 出待ちしているところを見つかったらちょっと恥ずかしいしね。


「セディアは、町に行くときはこの道で行くの?」

「ううん、私はいつも町の西門から入るから。あそこに見えるのは南門だよ」

「西門っていうことは、家からは北にあるから…… 川沿いを行く感じ?」

「そうそう。ヒロ君、よくわかったね。えらいよ」


 他愛もない話をしばらくしていると——


「ヒロ君、みて! 精霊士さん達、お家から出てきた。町に向かうみたい」

「え、ほんと?」


 木陰から、すこし顔を出して様子をうかがうと……

 4人の冒険者のパーティーが見えた。

 横から、小声でセディアが教えてくれる。


「一番前の、金色の髪の女の人、あの人が精霊士のエリナンデスさん。その横にいる、赤色の髪の男の人が戦士のガイさん。後ろにいる2人のうち、緑色の髪の男の子が魔法使いのテディ君。茶色の髪の女の人が僧侶のマリアさん、だよ」


 遠目からでもわかる、美男美女のパーティーだ。

 そして、それとわかる強者の存在感。

 4人で楽しそうに話しながら、町に向かっている。


 きっと、彼らは、国中の人々からの期待を一身に受け、世界を救うという使命感をもって戦っているんだろう。

 いろいろ困難な旅だろうけど、それでも仲間と協力して乗り越えていくんだろう。

 パーティーの中で恋愛とかあるかな。

 まさに物語の主人公…… 当たり前だけど、僕とは全然違う。


 今まで忘れていたような感情が湧き上がり、無意識に言葉が出た。


「————いいなぁ……」


 ……あれ? ……何でそう思うんだろう。

 前世の最後の方は、人のことを見て羨ましいなんて、思わなかった。

 今世では疲れるようなことはしたくないからスローライフを望んでいて……

 なのに、何で、彼らをみてると……


 4人の冒険者は、町の南門の門番に軽く挨拶をして、町の中に入っていった。

 その姿が消えるまで、僕は彼らの姿をぼんやりと眺めていた。


「…………」


 しばらく黙って南門を眺めている僕の様子を見て、心配したのか、セディアが突然そっと手を握ってくれた。


「セ、セディア?」


 いきなり手を握られてドギマギしている僕の目を見て、はっきりとした口調で言ってくれた。


「大丈夫だよ。ヒロ君には、私がいるからね」


 ああ、そうだ、前世と違って、今の僕にはセディアがいるんだ!

 他の人を羨ましがる必要なんて全然無いわけで…… むしろ、羨ましがられる側だな、うん。


 精霊士さん達、戦ってくれてありがとうございます。

 今後の健闘をお祈りします!


 街道の、町と反対側の方向から、遠目でもわかる大きな人影が1つ見えた。

 精霊士さん達の家のそばを通って、町に向かっているのだろう。

 そろそろ、いいかな。


「セディア、ありがとう。精霊士さん達が見れて良かったよ。そろそろ戻ろうか?」

「うん!」


 セディアも安心したのか、ニッコリ笑った。

 その笑顔をみて確信する。


 いやあ、危なかった……

 冒険者を羨ましいと思うなんて、どうかしてたな、僕は。

 セディアとのスローライフ以上に価値があるものなんて、どう考えても無いって。


 僕たちは後ろを向いて、家に戻ることにした。


 そして、少し歩いたところで、突然後ろから声をかけられた。


「よう、久しぶりだな」

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