第9話 怠惰4

 時間がない、どうすれば……


 エリナは攻めあぐんでいた。

 リートは、エリナの攻撃をほとんど無視して、ノームの一撃を常に警戒していた。


「——『双剣閃光斬ダブル・フラッシュ・ソード』!!」


 時間が経って、『真紅の秘水』の効果が薄れてきているのだろう。

 『双剣閃光斬ダブル・フラッシュ・ソード』で一瞬で10を超える剣撃を刻んでも、リートの自己回復が直ぐに始まり、次の攻撃を繰り出す前に完全回復している状況となった。


「もうお姉さんの攻撃をくらっても、僕の回復で十分みたいだね。後はノームの一撃さえ注意しておけば、僕が倒されることはない。さぁ、どうする? どうするの? もちろん、逃さないよ」


 実際、土の精霊ノームの、漆黒の槌による攻撃は凄まじいものであった。

 一撃で地面を数メートル抉るほどで、その度に洞窟全体が振動する威力である。


 だが、あたらない——

 リートはノームの攻撃を常に警戒して回避し続け、あたり一帯の地面がクレーターのようにでこぼこになっている。


 召喚された精霊は、リートが言った通り、顕現しているのは仮初の姿で、本体の精霊に遠隔操作されているようなものだ。

 本体の力には遠く及ばないが、それでも魔物であれば、それこそ最強種族のドラゴンでも余裕をもって勝てるほどの力がある。

 だが、七魔人はドラゴンすら比較にならないほどの強さだった——


 そして、ノームの動きが徐々に衰え、ついには、ほとんど動きがみられなくなった。

 精霊の仮初の姿を構成しているのは、エリナの魔力に他ならない。

 エリナの魔力が尽きかけている……!


「どうやら時間切れのようだね」


 エリナはついに魔力がきれ、片膝をつく。

 それを見たリートは、また余裕がでてきたのだろう、ゆっくりと右手をエリナにかざした。


「さあ、泣き叫べ」


 青黒いエネルギーがリートの右手からエリナに放たれようとした瞬間————

 リートの左足が消滅した。


「————!?」


 リートはバランスを崩して地面に倒れ込む。

 そして、怒りの眼差しで後方を見ると、はるか遠くにシルフィードがみえ、そして徐々に姿が消失していくところであった。


 よし! 成功した!!


 エリナは心の中で、シルフィードに、テディ達が部屋の外まで撤退する支援を完了したらすぐに戻るように、そして、リートに気づかれないようできるだけ遠くから、リートの足を狙って攻撃するように命令していた。


 最後の力を振り絞り、エリナは全速力で入り口に向かって走る。

 そして、エリナの目に、部屋に入ってきた時の青い扉が見えてきた。


 危なかった……

 本当に危なかった…… けど、これで助かった——


 その瞬間、扉の色が青から白黒に変化した。


 ————そ、そんな……



いちの罪業——『怠惰悲嘆の忘我スロウストリスト・ロウド』」


 凄まじい怠惰と悲嘆に襲われ、エリナは膝から崩れ落ちた。

 リートは、右足を失いながらも、座った状態で両手を高く交差させていた。


 ここまできたのに……

 

 ……でも、皆は助かったんだ。

 私はリーダーとして、最低限のことはできたんだ。

 だから、これ以上悲しまないで——


 必死に精神抵抗するエリナに対して、消滅した足が徐々に再生しているリートは言い放つ。


「大方、仲間を助けられたと思って自己満足しているんだろう? 僕は人間のそういうのが一番嫌いなんだ」


 今までの冷然とした言動とは違った、感情を感じる言葉であった。

 そして——


「僕がこの部屋から出られないとでも思ってるの? すぐに追いついて仲間を皆殺しにしてやる。そしてお姉さん、人間の分際で、よくもここまでやってくれたもんだね…… 楽には死なせない、地獄の苦しみを味合わせてやるよ」


 その言動は、少年らしさのかけらも無い、『魔人』と呼ばれるに相応しい残虐さであった。

 エリナは、恐怖と絶望のあまり声も出せず、思考も止まり、涙が溢れていた……


 そしてリートは、驚くべき回復力で再生した右足でゆっくりと立ち上がり、エリナに向かって一歩、歩き出すと——


「『神火煉獄灼炎葬バースト・エンド・インフェルノ』!!!」

 

 突然、地面から湧き出した溶岩と凄まじい猛火に包まれた!


「!!?」


 何千度という超高熱の溶岩がリートの体を覆い尽くし、更に地面から噴き上げる黒い炎が絶え間なく体を燃やし続ける。


「ギャァアアアァアァアアア!!!!????」


 部屋中に響き渡るリートの断末魔の叫びで、エリナは我に帰った。


 い、今のは、火魔法の最上級の『神火煉獄灼炎葬バースト・エンド・インフェルノ』!?

 魔法自体は昔からの魔導書に記載があるけど、超高難度の上に膨大な魔力が必要で、今の時代の魔法使いで扱える者はいないって言われてるのに……!?


「『楽には死なせない、地獄の苦しみを味合わせてやる』だって? それはこっちのセリフだ……」


 いつの間にか、エリナの横にテディがいて、リートに杖を向けていた。


 ああ、テディ……

 できるだけ遠くに逃げるように言ったのに、私を助けに戻ってくれたんだ……

 逃げた時のボロボロの状態で、こんな伝説級の魔法がつかえるわけない。

 『真紅の秘水』を使ったのね。


「オオオォォマアアアエエエアアアアッッッ!!!!!」


 まさしく断末魔の叫び。

 いかに脅威の自己回復を持つリートでも、この炎にはかなわない。

 どれだけ回復しても、それ以上の炎がリートを焼き続ける。

 リートは地面に倒れたが、それでも炎は消えることなく燃え続けている。


「…………」


 テディは、勝ちを確信したのか、杖を腰にしまった。

 ああ、私、助かったんだ——



 ……だが、断末魔の叫びは止むことなく続いた。

 死の淵から甦ったアンデットが呪詛の声を浴びせるかのごとく、エリナ達に注がれた。


 エリナは、恐怖のあまり、耳を塞いで願っていた。

 

 早く、燃え尽きて。

 伝説級の魔法なのよ…… もう終わりにしてよ……


「……アアアァアァアッ」


 エリナの願いも虚しく、一度倒れ力尽きたかと思われたリートがゆっくりと立ち上がった。顔はもちろん燃えているが、かろうじて原型を留めていて、こちらを向いているのがわかる。

 そして、こちらに手を伸ばして呻き声を上げた。


「…………ネ…………サ…………ン…………」


 ま、まだ私のことを狙ってる!

 いやだ…… もう、いやだ…………

 こんな化け物、私達が、人間が戦える相手じゃないんだ。


「もういや…… テディ、もう逃げよう!」


 いつもの師匠然とした言葉遣いを忘れるほど、エリナは恐怖で混乱していて、涙目でテディに訴えた。


「大丈夫です、お師匠様。リートはもう、虫の息です。それに——」


 テディの感情は、恐怖でもなく、かといって冷静でもなく…… 怒りであった。

 敬愛するエリナの恐怖で怯える今の姿を見て、テディの怒りは頂点に達した。

 燃えながらも少しずつ向かってこようとするリートに向かって、怒気を含んだ声で言った。


「リート、さっき言った通りだ。楽には死なせない、地獄の苦しみを味合わせてやるぞ。お前は2回も、お師匠様を泣かせたんだ。これが、地獄の苦しみの2回目だ」


 テディは、両手の指を広げて、リートに向かって突き出した。


 杖を使わない……?


 もとより、杖は魔法を使うのに必須ではない。

 魔法を使う時、杖があった方が魔力を集中しやすいから好んで使われるもので、いわば目印のような役割だった。

 熟練した魔法使いであれば、目印がなくても魔力を集中することは容易いことだった。


「百の火炎をくらえ——『百銃火炎烈弾ドレッド・ファイア・スパーク』!!!」


 元々『火炎連弾ファイア・ブラスト』を連発するのがテディの得意技であったが、10の火炎弾のまとまりが順次繰り出されるため、今回のリートのように、1度に10の火炎を防ぎ切る敵には攻めきれない、という弱点が判明した。

 そこでテディは、10の火炎弾を10回放つのではなく、100の火炎弾を1回で放つ魔法を即興で編み出した。

 もちろん、尋常の魔力操作でできる魔法ではなく、国内最高峰の魔法使いであるテディのステータスの上に、『真紅の秘水』で全てのステータスが底上げされたからこそできる、伝説級に匹敵する魔法であった。


 テディの全ての指の前に10の火炎弾が生成され、そして、合計100の火炎弾が、一直線にリートに向かって放たれる。

 その一つ一つが、脅威の加速と殺傷力を持ってリートを突き刺し、体を抉り、焼き尽くす。


「————ア、アアアアアアァァッッッッッッ………」


 元々『神火煉獄灼炎葬バースト・エンド・インフェルノ』の炎で原型を留めていなかったリートの体であったが、『百銃火炎烈弾ドレッド・ファイア・スパーク』はその体の全てを削りとり、『怠惰のリート』は完全に消滅した。

 跡形もなく消滅したリートをみて、テディは人知れず呟いた。


「今ならできると思ったけど、こんなに威力があるなんて………… 地獄の苦しみを味合わせるつもりが、楽に死なせちゃったな」

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