第8話 怠惰3

 もう、勝ち目なんてない……

 せめて—— せめて、一人でも多く逃さないと。


 エリナの考えを見透かすように、リートは再び冷然と言い放つ。


「お姉さん『達』はお終いだって、僕は言ったよね。誰一人逃さないよ」


 ゆっくりと歩みを進めてくるリートに対して、エリナは呆然と立ち尽くしていた。


 どうして、私、勝てると思ったんだろう。

 私のせいで、皆死ぬんだ……


 とめどなく襲いくる悲嘆に、視界がぼやけ、自然と顔が天を仰いだ。

 皆、ごめんなさい……


「『火炎連弾ファイア・ブラスト』!!」


 10の火炎弾が、急加速してリートに襲いかかる。

 不意の攻撃にリートも咄嗟にガードしたが、かなりの火炎弾を受けて奥の壁に吹き飛ばされた。


「お師匠様!! 僕はまだ戦えます!! 『火炎連弾ファイア・ブラスト』!!」


 さっきまでうずくまっていたテディが、いつの間にか立ち上がって魔法を放っていた。


 テディ!!

 あ、危なかった……

 リートの悪意で精神汚染される寸前、テディのおかげで目が覚めた。


 壁まで吹き飛ばされたリートは、ゆっくりと体勢を立て直すと、怒りに満ちた赤い目をテディに向ける。


「……痛いなぁ。君から始末したほうが良さそうだね」


 『火炎連弾ファイア・ブラスト』は火魔法の中級だが、脅威の魔法速度を誇るテディが使用すると恐るべき威力となる。

 テディの魔力による加速で一撃でも十分な殺傷力がある火炎弾は、1回の詠唱で10が放たれ、かつ連続使用ができるという隙のなさで、一度ロックオンしたら最後、敵が倒れるまで容赦なく連射するのがテディの得意技であった。


「『火炎連弾ファイア・ブラスト』!!『火炎連弾ファイア・ブラスト』!!『火炎連弾ファイア・ブラスト』————」


 まるで嵐のように、火炎弾が次々とリートに襲いかかる。

 だが、リートは、それら全てを手でガードし、弾き返しつつ、じりじりとテディに向かって歩みを進めた。


「さあ、君も天に向かって泣かせてあげるよ」


 何て化け物だ……

 僕の『火炎連弾ファイア・ブラスト』の連射を、避けずに全部ガードしてる……!

 まずい、倒せない—— 魔法を変えるべきか?

 いや、最速の『火炎連弾ファイア・ブラスト』の連射だからこそ、リートをここまで抑えられてるんだ。

 この間に、せめて、お師匠様だけでも逃げてくれたら……


 テディに向かって歩いていくリートの左右それぞれに、突然、魔法陣が現れた。


「『精霊召喚エレメント・サモン——土の精霊ノーム』!!『精霊召喚エレメント・サモン——風の精霊シルフィード』!!」


 それぞれの魔法陣から、土の精霊ノーム、風の精霊シルフィードが顕現した。

 リートは驚きの表情を浮かべる。


「……!? 七魔人の僕のダンジョンで精霊を召喚するなんて……」


 ——もう、出し惜しみできる状況じゃない。

 テディがリートをひきつけている間に、エリナは切り札の『真紅の秘水』を飲んでいた。

 噂通りのすごい効果…… 体感で、ステータスが1.5倍くらいになってるし、体力・魔力だけじゃなく、精神力も回復してる!

 おかげで、この悪条件の重なる七魔人のダンジョンでも、2体の精霊を召喚することができた。


「ノーム!! シルフィード!! 敵を倒して!!!」


 精霊士は、この世界でエリナしかいない特殊な職業クラスである。

 精霊に最も愛された人間が精霊士なれるとか、諸説はあるが、真偽の程は不明だった。

 エリナは、シルフィードには素早さの強化、ノームには防御の強化といったように、各精霊の得意な能力で間接的な支援を命じることが多かった。

 精霊達に戦闘を任せると、自分達が成長できないと考えていたからで、直接攻撃を命じるのは危険な状況に陥っていると判断した時だけだった。


 そして今、まさにそのような時だった。


 ノームが洞窟全体に響き渡るような雄叫びをあげて高々と両手を上げると、地面が一瞬、激しく揺れた。その両手には、いつのまにか、漆黒の巨大な槌が握られている。その槌は、この世界には存在し得ないような圧倒的な質量と硬度を感じさせた。


 シルフィードは、両手をリートの前にかざしていた。その両手の前には、球の形をした小規模の竜巻が発生している。その竜巻の中では超高速の風が空間を切り刻んでおり、周りの景色が歪んでいた。


「まさか、こんなことができるなんて…… やるじゃないか」


 突然顕現した2体の精霊に挟撃され、リートの顔色から明らかに余裕が消えた。

 ノームの巨大な槌と、シルフィードの球体の竜巻がリートに向かって放たれた瞬間、リートはテディの『火炎連弾ファイア・ブラスト』の防御に徹していた左右の手を、それぞれ精霊に向けた。


「『怠惰の失滅スロウス・ロウスト』」


 リートの両手から、青黒いエネルギーが扇状に放たれる。

 それに触れた巨大な槌と球体の竜巻は、急激に動きが鈍くなっていく。

 そして、それと連動するかのように、精霊達の動きも鈍くなる。


 精霊達の物理攻撃と魔法攻撃の両方を無効化したの!?

 その上、精霊自体まで影響を与えるなんて、なんていう悪意の能力……

 でも……!

 

 テディは、魔法の攻撃を緩めてなかった。

 左右からの精霊の攻撃に両手で対応したリートは、正面からの魔法の攻撃に対して当然無防備となっている。

 『火炎連弾ファイア・ブラスト』の火炎弾が次々とリートに直撃して後ろに吹き飛ばす。だが……


「くそ…… 魔力切れか……」


 国内最高峰の魔法使いと言われるテディの魔力でも、『火炎連弾ファイア・ブラスト』の連射で100を超える火炎を放出し、ついに魔力の限界が来た。

 膝をついたテディの視線の先には、怒りに満ちたリートの姿と——

 そのリートの後ろに高速で回り込むエリナの姿が映った。


「テディ、よく頑張りました! あとは私に任せて!」

「——お師匠様!」

「——いつのまに!?」


 リートが後ろを振り返るよりも早く、ロングソードを2本もったエリナは、二刀流の剣撃を繰り出す。


「『双剣閃光斬ダブル・フラッシュ・ソード』!!!」


 一瞬で無数の剣撃がリートを襲う。

 咄嗟にガードするリートだが、ガードが間に合わないほどの速度と手数を兼ね備えた剣撃の嵐であった。

 無数のダメージを受け、リートは苦しそうに呻く。


「——こんな力も隠していたのか」


 エリナは普段からロングソードを2本持っているが、あくまで予備であり、一刀流の剣術である。

 なぜなら、単純に二刀流が難しいからだ。

 二刀流ができれば強くなると思っていたが、エリナの剣速が人間離れしているため、その速さの剣を同時に2本扱うには、器用さといった必要なステータスが不足していた。

 それが今、『真紅の秘水』の力により、一時的に二刀流を扱えるだけのステータスに達していた。


 攻撃の手を緩めずに、エリナはテディに向かって叫んだ。


「テディ、皆を連れて撤退しなさい!! できるだけ遠くへ!」

「——えっ、でも!?」

「リーダーとしての命令です! ここは私と精霊達で戦えます!! ですが、皆を守っている余裕はありません—— 急いで!!」


 エリナは気づいていた。

 『真紅の秘水』の効果は、そう長くは続かないということを。


 きっと倒しきれない——

 ダメージは与えられるのに……

 リートの自己回復が厄介すぎる!


「ここまで僕に舐めた真似をしておいて…… 誰一人逃さないよ」


 リートは右手でガードをしつつ、左手をテディの方に向けた。

 エリナの剣撃を片手でガードしきれないことは承知の上で、ダメージ覚悟でテディに攻撃するつもりだ。

 テディはマリアを抱えて撤退しようとしていたが、自身が疲弊しきっていて、まともに歩ける状態ではなかった。


「シルフィード! テディを援護して!! ノーム! 私に加勢して!!」


 リートの攻撃が直撃した精霊達も徐々に回復してくれたようで、セディアの指示にしたがって動き出す。


 シルフィードの支援魔法があれば、テディはマリアを連れて入り口まで逃げられる。

 そして入口付近にはガイも倒れているから、一緒に連れて行けるだろう。

 この部屋から逃げられれば、リートは部屋の外までは追ってこないはず。

 部屋の外は安全だったし、万が一、魔物が出ても、シルフィードが守ってくれる。


 そしてこっちには、ノームが来てくれた!

 ノームがリートを引き受けてくれれば、その隙に私も離脱できる。

 早くしないと、『真紅の秘水』の効果が——


 その考えを見透かすように、リートはエリナに話しかける。


「お姉さん、薬か何かを使って一時的に強くなっているだけのようだね。徐々に剣速が落ちてるよ」


 リートは徐々にガードが追いついてきて、先ほどまで受けていたダメージも回復してきていた。


「精霊の本体は、この世界の森羅万象に散らばる意識の集合体だからね。召喚した精霊は、いわば精霊の本体が操っている人形のようなもの。僕の相手を精霊に任せて、隙を見て逃げるつもりだろう?」


 赤い目をした少年は、冷然と笑った。


 そして私の目は—— 絶望で真っ暗になる。

 リートに警戒されている中で逃げるなんて、絶対に無理……

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