第7話 怠惰2

 見た目の重厚感に反して、思ったより簡単に青色の扉は開いた。

 部屋の中は、真ん中が開けており、奥は暗くて先が見えない。

 左右のところどころに白い岩肌が見えていて、地面に直接置かれたロウソクの火がぼんやりと部屋を照らしていた。


 エリナを先頭に、ガイ、テディ、マリアの順で慎重に奥に進んで行く。


「…………!」


 初めに気づいたのはエリナだった。

 白く見えたのは岩肌ではなく、白骨死体であることを。


 七魔人は元々討伐の対象であり、ギルドでも桁違いの賞金がかけられている。

 そして、賞金欲しさの無謀な冒険者パーティーが『怠惰のリート』に挑んで敗れた成れの果てだろう。

 普通は近づくことも避ける七魔人なのに、『怠惰のリート』は最後に顕現した七魔人であり、まだ倒しやすいとでも考えたのかしら……

 もとより、私達のパーティーは困難な旅を超えてきたし、その過程で冒険者の死体は何度も見ている。

 けど、ここにあるのは、なんて異様な姿…… 皆、大丈夫かしら。


 つづいて、仲間達も気づく。


「……冒険者の亡骸か」

「大体、上を見て顔を覆ってるような姿だね。まるで天に向かって泣いているみたいだ。異様だね……」

「え、ちょ、ちょ、ちょっと—— マジ超怖いんですけど!? 引き返した方がいいんじゃない!?」


 一人、マジ超怖がってるけど、きっと大丈夫ね。


 慎重に前に進んでいくと、奥の岩肌が見えてきた。

 そして、こちらを向いて、地面に体育座りしている人間の少年が見えてくる。


 ————え? 少年??


 だが、人間ではなかった。

 遠目には人間に見えたが、近づくと異様さに気づく。

 異常な蒼色の髪に、額に一本の角があり、そして赤い目……

 その赤い目の視界に入ったのであろう、こちらを見て少年は笑った。


「人間って懲りないよね。なんで皆、わざわざ殺されにくるのかな?」


 声も人間の少年そのまま……

 その声と、魔人の姿とのアンバランスが、より一層異様さを引き立たせる。


「見たところ、僕の近くにきてるのに割と平気そうだね? 今までの人間は、近くにくるだけで皆おかしくなってたけど…… お姉さん達は、少しは楽しませてくれそうだね」


 エリナは腰に差した2本のロングソードのうちの1本を右手で抜き、続いてガイ、テディもそれぞれ武器を構えた。

 

「『怠惰のリート』ね。あなたの悪意の影響は、人類の脅威になってます。魔王復活を阻止するためにも、今ここで討伐します!」


 もとより、話し合いなどするつもりはない。

 魔人の悪意は止まることなく膨張し続け、今や人類の生活圏を脅かしているのだ。

 エリナ達は、元々決めていた作戦通り、迅速に行動を開始した。


「『剣の祝福バルキリー・ブレス』! 『盾の祝福ガーディアン・ブレス』!!」


 マリアが胸の前で両手を組み、ガイとエリナに神聖魔法『祝福』をかけた。

 『祝福』は、攻撃と防御を若干強化する支援効果がある。

 神聖魔法の使い手のほとんどは聖職者だが、聖職者は基本的に教会に属しており、冒険者として活動する者は数少ない。そして、神聖魔法は回復の威力も大きく、かつ『祝福』のような支援効果のある希少な魔法がある。

 一見頭の悪そうな僧侶マリアは、見た目や言動に反して強力な戦力だった。


「へぇ…… 珍しい魔法だね」


 リートはゆっくりと立ち上がって上に手を伸ばすと、エリナ達に向かって手を振り払うような仕草をした。


「『怠惰の放射スロウス・ラディス』」


 青黒い直線のエネルギーがエリナ達に向かって放射上に放たれるが、予想していた攻撃方法の一つだ。

 皆、直接触れる防御は危険と判断して、冷静に回避する。と、ほとんど同時に——


「『火炎ファイア』!」


 テディもリートに向けて攻撃魔法を放っていた。

 基本的な火魔法であり、リートも今までの冒険者との戦いで何度も見てきただろう。余裕の表情を浮かべて避けようとしたが——


「————!?」


 基本的な魔法とは思えないほど、途中から一気に炎が急加速して、リートは避けきれず直撃した。


「くらえ!『魔王断罪剣アーク・バスター』!!」


 よろけたリートに向かって間合いを詰めたガイが、大剣を高く掲げてから真下に振り下ろす。ガイの腕力と大剣の重量が相まって、かなりの速度と威力で撃ち下ろされ、凄まじい衝撃音と共に地面から土煙が舞った。

 ——が、そこにリートの姿は無い。


「チッ…… さすがに簡単には喰らってくれねーか」


 ガイの剣速もかなり速かったが、それを上回る速さでリートは左後方に避けていた。

 ——と、その後ろには、リートを更に上回る速さでエリナが回り込む。


「『閃光斬フラッシュ・ソード』!!」


 エリナの右手に持ったロングソードが、人間の放つ剣撃とは思えない速度で、リートに閃光のように放たれる。


 リートは片手でガードするが、七魔人の防御をもってしても剣撃を受け切ることはできず、明らかにダメージを受けた。

 エリナ達の一連の攻撃に、リートは驚いた表情を浮かべている。


「へぇ、すごいね。連携も個々の力も、今までの人間とは段違いだ」


 ——いける!

 苦戦を覚悟してたけど、私達の力は十分に通じるし、まだ余力もある。

 リートも本気じゃないだろうけど、私の精霊士としての力も見せてないし、このまま押し切れそう。

 あとは、どのタイミングで『精霊召喚エレメント・サモン』を使うか……


 『精霊召喚エレメント・サモン』は強力だけど、発動するのに少し時間がかかる。

 そして、このダンジョンは悪意に満ちてるから精霊の力も十分に届かない。

 召喚できるとしたら1体……


 エリナは攻撃の手を緩めないまま、次の手を思考していた。

 油断せず、慎重に、優勢に進んでいると思っていた。


 この場所で一番力を発揮できそうなのは『土の精霊』だけど、今は優勢。

 こちらの手の内を見せるのはまだ早いかしら——


「もう遅いよ」

「…………え?」


 少年の声を聞いた時、一瞬で全身の毛が逆立つような悪寒を覚え、エリナは思わず攻撃の手を止めて後ろに飛び退いた。


「所詮は人間…… 強いって言ってもこの程度か。七魔人相手に様子見をするなんて、そんな甘い考えで僕に勝てると思ったの?」


 改めて見ると、リートはまるでダメージを受けてないように見えた。


 え、なんで…… さっきまで、ダメージが当たっていたはずなのに?

 もしかして、回復してるの!? 私が与え続けているダメージ以上に??


 混乱して思わず手を止めたエリナを前に、リートは悠然と両手を交差して頭の上に掲げた。


いちの罪業——『怠惰悲嘆の忘我スロウストリスト・ロウド』」


 一瞬、リートの交差した両手を中心に、すべての物が色を失い、白黒の世界が広がったかのような錯覚を覚えた。

 その直後、凄まじい怠惰と悲嘆がパーティー全員に襲いかかる。


 あ、まずい—— これは、本当にまずい————

 片膝をついて、かろうじて持ち堪えるエリナの後ろから、叫び声が聞こえる。


「ああああああ、いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 思わず後ろを振り向いたエリナの目に映ったのは、両手で顔を覆い、天に向かって泣き叫んでいるマリアの姿だった。

 その姿は、周りにいる白骨死体と同じ格好だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、許して、もう許して————」

「——マリア!?」


 皆、並の冒険者よりはるかに強い精神耐性を持っている。

 でも、この近距離で、避けようのない『悪意』の範囲攻撃には耐えられなかったんだ——


 そして、マリアの右前あたりには、テディが頭を抱えてうずくまっていた。


「テディ!?」


 テディは、かろうじて精神が汚染されるギリギリのところで耐えているようだ。

 でも、とても戦える状態じゃない——

 あとは……


「マリア!! テディ!! しっかりしろ!!! リート、術を解け!!」


 同じくダメージをうけているはずのガイは、猛然とリートに突っ込んでいた。

 一見すると我を失っているようだが、大剣を横に構え、相手が避けにくい剣撃を狙っていた。

 一撃必殺ではないが、あれなら、リートが回避しようが防御しようが、その時に隙ができる!

 その隙に——


「さっき言ったよ、遅いって」


 リートは回避も防御もしなかった。

 大剣の剣先が届く寸前に、一瞬でガイの懐に入って拳による打撃を腹部に放つ。


「——がっ!?」


 バキバキっという、明らかに骨が折れた不快な音を響かせて、ガイの体が後ろに吹き飛ぶ。そして、入口の壁付近まで吹き飛ばされたのだろう、壁に激突した凄まじい衝突音が鳴り響いた。

 ガラガラと壁が崩れる音を、エリナは呆然と聞いていた。


 マリアは、あの格好のまま動かない。

 テディも、うずくまって動かない。

 ガイも、壁に叩きつけられた後、動く気配がない。

 ——3人とも失神しているようだ。


 リートは、ゆっくりとエリナの方に振り返る。


 これが——

 これが、七魔人…… 勝てるわけないじゃない………


 エリナの呆然とした表情をみて、赤い目をした少年は冷然と言い放った。


「お姉さん達はここでお終いだよ——

 さあ、悲嘆の果ての底無しの怠惰に泣き叫べ」

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