第5話 オープニング5

 翌日、セディアは、手伝い先の病院の先生に記憶喪失の件を相談してくれた。

 結果は、高熱による記憶喪失という症例自体はあるものの、治療法は不明とのことだった。

 高熱により脳に過度な負担がかかったため、というのが原因と推測されているが、この世界の医学ではあまり解明できてないらしい。

 治療法は不明だけど、時間とともに自然に回復、つまり徐々に記憶が戻っていくことがあるとのこと。


 うん、あまり詳しくないけど、何となく思ってたとおりのイメージだな。

 もしかしたら、記憶喪失になったはずみで前世の記憶が戻ったんじゃなくて、前世の記憶が戻ったはずみで記憶喪失になったとか??

 どちらにしろ、記憶喪失であることは変わりないし、大差ないか。


「ごめんね、ヒロ君。力になれなくて……」


 セディアは家に帰ってこの話をしてくれた時、申し訳なさそうに謝ってくれる。

 いや、セディアは全然悪くないよ。


「ありがとう、セディア。でも、大丈夫だよ。時間が経てば戻るかもしれないし、記憶がなくても困ることなさそうだし。忘れちゃったことも、これから覚えていけばいいかなって」


 本当にそう思う。

 もちろん、過去の大事な思い出を失ってしまったことは、とても悲しいことだけど。

 でも、現在や未来の方が大事だと思うし、無理に過去を追い求めるのは損な気がする。

 なにしろ、現在はセディアがいてくれるしね。


「迷惑かけちゃうかもしれないけど、ごめんね、セディア」

「ヒロ君…… 大丈夫だよ、私がいるからね」 


 僕のことを不憫に思ったのか、セディアは瞳を潤ませてじっと見つめてくる。

 

 ま、まずい。

 セディアの潤んだ瞳をみると、昨日の興奮がよみがえる……

 落ち着け、ヒロ、まだ真昼間だ。


「でも、ヒロ君、本当にえらいね。前よりも、男らしくなったみたい。記憶が無くなって、人が変わっちゃったのかな」


 セディアは冗談っぽく笑ったけど、僕は内心ドキッとした。

 そう、もしかしたら人が変わっちゃったかもしれないんです……


「ま、まさかー 人が変わるなんて、そんなことあるわけないよ、うん」

「もちろん冗談よ。でも、万が一、本当にヒロ君の中が変わってたら、どうしよう……?」


 なんか、不穏な感じになってきたな。

 急いで話題を変えよう。


「そういえば、本を読んでて、気になったことがあったんだけど」

「うん、私もお家にある本は一通り読んでるから、なんでも聞いてね」


 この家には、子供向けの本もたくさんある。もともと別荘だったので、時々泊まりに来た僕達の暇つぶしに用意されていたもののようだ。

 その中の『初めての世界の歴史』という本に、少々、いや、大分気になる内容が記載されていた。


「『初めての世界の歴史』にさ、昔からこの世界は数百年に一度、封印された『魔王』が復活して、その度に『勇者』も顕現して、激闘の末に再び『魔王』は封印されて平和になる、みたいなことを繰り返しているって書いてあったんだ。あれって本当の話なのかな?」

「うん、本当だと思う」


 やっぱり、子供向けとはいえ歴史書に書いてあるくらいだし、本当なんだ。

 こういう考え方、よくないと思うけど…… 『数百年に一度』というのが、僕がこの世界で生きている間じゃないといいな。


「……ヒロ君も男の子だから、こういう話に興味持っちゃうよね。実はね、最近『魔人』の影響力が強くなってきていて、『魔王』が復活する前兆じゃないかって、町でも噂になってるの」


 うわーーー!?

 不穏な感じになってきたから話題を変えたのに、もっと不穏になった!

 しかも、歴史書に載ってない、嫌なワードがでてきた……


「ま、『魔人』……?」


 思わず呻いてしまった僕の声を聞いて、セディアは詳しく説明しだしてしまった。


「うん、あの本にはそんなに詳しく書いてなかったよね。ヒロ君にもわかるように、優しく教えてあげる」

「いや、あの、別に……」

「そもそも『魔人』っていうのはね——」


 『魔人』とは、いわゆる魔物と違い、人間の言語を理解するという。

 伝承にある悪魔と人間の中間のような姿であり、生態など不明な点が多い。

 そして『魔人』が恐ろしいのは、存在するだけで『悪意』の力を周囲に放出し続けており、普通の人間は近づくだけで深刻な影響を受けることだ。

 さらに『魔人』の数が一定数に達すると、『魔王』が復活するという。

 過去の歴史では、『魔王』復活後に『勇者』が顕現して『魔王』と『魔人』を倒すが、時間の経過とともにいつの間にか『魔人』が復活し、そしてまた『魔王』も復活する、という流れが繰り返されている——


「ありがとう、セディア。うん、もう大分わかったから、大丈夫かな」

「それで魔人は最大で7体存在するの—— あ、ずっと話しちゃって、ごめんね。そろそろやめようか」 


 ——7体?

 これもまた、嫌な数字だな。

 テンプレ的な奴らが出てきそうな、そんな気配が……

 折角『魔人』の話が終わったのに、思わず質問してしまった。


「7体って、特別な呼び名はあるのかな? 例えば、そう、『七つの大罪』とか、そんな感じの呼び名とか……」

「ううん、別にないよ。そのまま『七魔人』って呼ばれてるわ」


 あれ、絶対それらしい呼び名があると思ったのに……

 でも、予想に反して特別な感じじゃなくて良かった。

 例の奴らだったら、絶対これから面倒なことになる気がしたんだ。



「それでね、『七魔人』はそれぞれ『怠惰』『憤怒』『暴食』『嫉妬』『強欲』『色欲』『傲慢』の『悪意』の力を取り込んでいるんだって」

「そのまんま『七つの大罪』じゃないか!!」

「え、ご、ごめんなさい??」

「あ、こちらこそごめん、つい……」


 恐れていたテンプレ的なワードがでてきてしまったので、ついセディアに突っ込んでしまったけど……

 まずいなぁ、これ、七魔人と順番に戦って、最後に復活した魔王を倒すとか、そういう王道ストーリーなんじゃ無いかな。


 結局、気になって、この話を続けることにする。


「魔王は、どれくらい強いんだろう……?」

「勇者以外に倒した記録がないから、普通の冒険者だと絶対に倒せないってくらい強いってことだと思う。それに魔王自体の強さはもちろんだけど、それよりも怖いことがあって…… 眷属である魔人や魔物を強くしたり、呼び出したりできるの。それで、今まで単体でも脅威だった魔人や魔物が、組織された『魔王軍』となって人類の危機になるんだって。どんな魔物でも強制的に呼び出せるって話で、本当に怖いわ……」


 ああ、確かにそんなのが出てきたら、どんどん魔物を送り込まれて人類の危機になるな……


「……それで、最近、魔人の影響力が強くなってるの?」

「そうなの。魔人は精霊の力が及ぶ地上では弱体化するから、自分のダンジョンから出てくることはないんだけど…… 最近、7体の魔人が揃ってしまったせいか、影響力が強くなってるみたいで、今まで影響がなかった地域にも、避難命令が出たんだって……」


 明らかに僕が不安そうな顔をしてたんだろう。

 セディアはすぐに話を続ける。


「でも、ヒロ君、大丈夫! 国王様から、この国の一番強い冒険者パーティーに七魔人の討伐依頼が出てるの。この国でも3人しかいないSランクの精霊士さんがリーダーなんだよ」

「精霊士?」

「うん、属性魔法は精霊の力を借りるっていったでしょ? 精霊士は力を借りるだけじゃなくて、精霊自体を召喚して仲間として戦ってもらえるんだって。世界でもその人しかいないって位、すごい力なのよ!」


 セディアの話を聞いて、ふと思い出した。

 前世で、妖精が仲間になって一緒に戦うアニメが流行ってた気がする。

 セディアも熱く語ってるし、案外そういうのが好きなのかな?

 あれ、そういえば……


「その精霊士さんが勇者なのかな?」

「ううん、違うと思う。勇者は魔王が復活した後に顕現するって言われてるし」

「勇者じゃなくても魔人は倒せるの?」

「……勇者のパーティー以外で魔人を倒した記録はないと思う。でも、勇者を待っていると、その間にたくさんの犠牲がでるから、なんとか七魔人を倒して魔王復活を阻止できないかってことで、討伐依頼がでたらしいわ。国内最強のパーティーだし、もしかしたら、初めの1体はもう倒してくれてるかも」

「そっかー……」


 さすがに魔王は無理でも、魔人なら最強パーティーで勝てるんじゃないかってことか。


 それにしても、勇者枠が余ってるのか……

 セディアが仕事に行っている間、ちょっと外に出て体を動かしたりしてみたんだけど、予想通り、僕は普通以下の身体能力っぽい。

 なにせ、体が弱くて午後はほとんどゴロゴロしてるしね……

 その上、魔法の方は一朝一夕で使えるようなものではないみたいだし。

 僕が勇者枠になることは、絶対無いと思うんだ。


「——そろそろお腹すいたよね。ご飯作るから待っててね」


 ニッコリ笑うセディアの笑顔は、相変わらず綺麗だ。

 このまま平穏無事にスローライフ編に突入できるように、精霊士さん率いる冒険者パーティーの皆様、どうか七魔人を討伐して下さい……!

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