第3話 オープニング3
昼食をとった後、セディアが少し厚手の本をもってきてくれた。
「ヒロ君、この本、読める?」
受け取ってみると、とりあえず表紙の文字は読めそうだ。
よかった、記憶喪失だけど、文字はちゃんと読めるんだ。
「文字は読めるんだね。よかったー。これでお家でお勉強できるね!」
いや、全然よくないです。
とはいえ、さすがに文字が読めないのは不便だし、よかったかな。
ちなみに、表紙に書かれている文字は……
『初めての魔法』
おお!? 魔法!!
色々ありすぎて何からすればいいかわからないけど、とりあえず、魔法、使ってみたい!
早速セディアに聞いてみる。
「僕って魔法使えたのかな?」
「うーん、ヒロ君が魔法使っているところ、みたことないわ。使えなかったのかも……」
え、使えないの?
朝の話だと、属性魔法は結構な人が使えそうな気がしたんだけど……
僕の悲しそうな表情をみて、セディアは少し可笑しそうに笑って説明してくれる。
「属性魔法は『火』『水』『風』『土』の4つの属性があって、精霊の力を借りて行使するってお話したよね。だから、精霊の力を借りれる人じゃないと使えないの」
精霊の力を借りれる人……?
セディアは話を続ける。
「例えば『火』の魔法だと、普段から『火』を扱ったり、感謝したり、大事にしたりとか、そういう行いをしてると、精霊と心が通じて力を貸してくれるんだって」
うーん、なるほど、そういう理屈なのか……
あ、だから、僕は今まで何もしてないから魔法を使えないってこと??
僕の様子を見て、セディアはクスクスと笑い出した。
「笑っちゃったりしてごめんね。でもヒロ君、急に魔法に興味持ち出して、可笑しくなっちゃって…… 前はね、『冒険者になるわけでもないし、魔法なんて必要ないよ』って言って、全然興味なさそうだったんだよ」
昔の自分に呆れつつも、気になるワードが出てきた。
「冒険者? 冒険者っていう職業があるの?」
「うん、あるよ。国や個人からの依頼をギルド経由で受けて、ちょっとしたお手伝いから魔物の討伐まで、色々なことをするお仕事よ」
あ、まずい……
なんか、話の流れが危険な気がする。
折角、綺麗なお姉さんとスローライフができる流れだったのに、誰が冒険なんてするもんか。
よし、話題を変えよう。
「それでね、冒険者にはランクがあって——」
「セディア、ありがとう。冒険者の話も興味あるけど、できれば魔法の話をもうちょっと聞きたいな」
ちょっと強引かなと思ったけど、セディアはむしろ嬉しそうだ。
「そっか、よかった…… ヒロ君、ちょっと変わったから、冒険者に興味を持ったりするのかなって心配しちゃった」
「心配?」
「うん、だって、冒険者になったら、いつも危険なお仕事することになるし、ほとんどお家に居ないだろうし…… ヒロ君、体弱いから心配だし、寂しいし、私、死んじゃうかも……」
ちょっとロマンを感じたけど、やっぱりないな、冒険者は。
記憶喪失になって、今は他に頼れる人がいないからってこともあるだろうけど、セディアから離れたくないしなぁ……
この後も色々話したけど、魔法は興味があるので、使えないことは承知の上で、本を読んで勉強することにした。
この家には他にも色々な本があるらしいので、家の手伝いの合間に読んでみようっと。
時間はいっぱいあるしね。
「え、本を読みたいの?? ヒロ君、えらいねー」
「前の僕は読んでなかったんだ?」
「うん、なんか目が疲れちゃうからって、全然読もうとしなかったよ」
前の僕は、外出も控えてこの家にいて、あり余る時間を何に費やしていたんだろうか。
「お家のお手伝い以外? 私とお話したり、部屋でゴロゴロしたり、色々してたよ」
——いくら体が弱いからって、さすがにだらけすぎじゃないだろうか。
もしかして、本当に罰が当たって記憶喪失になったんじゃないか、僕は。
その後、セディアが色々と家事をしてくれるので手伝おうとしたが、あまり動かない方がいいと心配されたので、大人しく本を読んでいた。
確かに、午後になったら体が重くなってきた気がする……
僕はのんびりと本を読んでいたが、ふと窓に目をやると、夕日が沈み始めていた。
窓際に立って、改めて外の景色を見てみる。
空一面が朱色に染まる中、夕日の一部分だけが黄金色で、それが徐々に沈んでいくのが物悲しく見えた。
こんな綺麗な景色、初めてみたみたいだ……
食事は初めて食べた感動はなかったのに、なんで景色には感動するんだろう。
昨日の僕はこの景色を見ていたはずなのに……
漠然とした不安を感じる中、夜が訪れた。
セディアが部屋をまわって、ランプを灯していった。
そろそろ前世の記憶のことを話さなきゃ……
そう思いつつ、夕食の時も話し出すきっかけがなく、結局寝る時間になった。
「ヒロ君、今日は色々あって疲れたでしょう。ちょっと早いけど、そろそろ寝ようか」
色々と思いあぐねていたら時間がたってしまった。寝巻き姿のセディアも綺麗だなーとボーッと見ていたら、声をかけられて我に帰った。
そうだ、前世の話なんてどうでもよかった!
もしかしたら、万が一かもだけど、人生最大のイベントが今夜かもしれない!
「そ、そうだね、そろそろ寝ようかな」
若干震える声で返事をして、セディアの後に続いて寝室に入った。
ちょうどそのタイミングで、セディアは寝室のランプの灯を消していた。
こ、この後どうすればいいんだろう?
寝巻きを脱いで、ベッドに入ればいいのかな??
いや、落ち着け、ヒロ。
もし期待した展開じゃなかったら、記憶喪失とはいえ、いきなり脱ぐのはただの変態だ。
まずはセディアの出方を注意深くうかがうんだ……!
カーテンの隙間から夜の景色を見るふりをしつつ、セディアの様子を注意深くうかがっていると、セディアは先にベッドに入って、僕を見てニッコリ微笑んで軽く手を振った。
「今日は本当に驚いたけど、ヒロ君がヒロ君のままでよかった。私、明日もお仕事休みだから、安心してね。おやすみ、ヒロ君」
そしてセディアはそのまま横向きになり、目をつむった。
「お、おやすみ、セディア」
…………
いや、そうだよね。
セディアからしたらヒロは完全に弟役なわけで、そういうことがあるわけないよな。
わかってたから、別に残念じゃないぞ、僕は。
おとなしく寝よう……
ベッドに入る時はドキドキしたけど、ベッドが広いせいか、それほどセディアの存在を意識せずに横になることができた。
なにより、僕も相当に疲れていたんだろう、すぐに猛烈な眠気に襲われた。
こんな綺麗なお姉さんの横で寝られるなんて、きっと良い夢見れるはず。
あれ、そういえば、何か話そうとしたことがあったような?
また明日、話せばいいか……
………………
…………
……
気がつくと、僕は、寝ている僕を見ていた。
僕が僕を見ている…… 幽体離脱? じゃなくて、これは夢だ。
ベッドに寝ている僕は、30才くらいに見える。
寝ているというか、うつ伏せになって、まるで倒れ込んだみたいだ。
部屋は、物は少ないけど、カバンとか洋服とかスマホとかノートパソコンとかが乱雑に散らかっている、いつもの僕の部屋だ。
ああ、そっか……
一瞬で、全部思い出した。
今見ているのは、僕の前世の、最後の日だ。
前世の僕は、いつも次の心配ばかりしていたんだ。
いつも不確かな将来を心配して、将来の安心を得ることに必死で、その時その時を楽しめなかったんだ。
中学生の時は、高校の心配をして。
高校生の時は、大学の心配をして。
大学生の時は、会社の心配をして。
学生時代は、良い思い出も悪い思い出もない。
周りの話題についていけるよう、配信動画を見たりとかSNSとかよくやってたけど。
面白いと思うよりも、周りに遅れないように必死で、疲れることが多かったなぁ……
そして今見ている会社員の僕は、将来安心して老後を迎えられるように、一生懸命働いてたんだっけ。
大して頭も良くないのに、無理して頑張って、身の丈に合わない会社に入って。
日々の仕事についていくのに必死で、休日も仕事の遅れを取り戻すために働いたりして、ひどいもんだった。
成績が悪いから、上司から叱られても反論できない。
いつも必死だから、同僚が出世しても妬む気力もないし、もちろん自分が出世しようなんて思わなかった。
毎日疲弊してあまり食欲も無くて、いつも体調悪かったけど、心配してくれる恋人なんていなかった。
唯一の楽しみは、偶に取れた休みに、一日中、何も考えず寝てることだったっけ。
あ、僕が起き出した。
何をしようとしているのかは、知っている。
丸一日何も食べてなくてお腹がすいたので、コンビニに買物に行くつもりだ。
思った通り、僕はノロノロと服を着替え始めた。
このまま行くと、僕は、僕の最後を第三者視点で見れる。
——僕の前世最後の行動に意味があったのか、わかるんだ。
コンビニに行く途中の交差点を、青信号で渡る。
僕の前には、中高生くらいの女の子が一人、先に歩いていた。
そして、車側は赤信号のはずなのに、スピードを緩めないトラックが交差点に突っ込んでくる。
僕は、このまま交差点を渡るとトラックにひかれると思って足を止めたが、前を歩いている女の子はイヤホンで音楽を聞いているからなのか、気づいていない。
僕は反射的に飛び出して、女の子を突き飛ばした。
あんなに疲弊していたのに、なんでこんな行動ができたんだろう。
前世の最後の記憶は、眼前に迫ったトラックだ。
そして今、僕が見ている交差点では、僕はトラックに吹き飛ばされて……
女の子の姿は直視できないけど、トラックの下敷きになったみたいで見当たらない。
2人とも即死したようだ。
僕の前世の最後の行動に、意味はなかった。
いや、僕の前世の全部が、意味なかったのかな。
夢も希望もない人生だった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます