第2話 オープニング2

 外に出て初めて、家が小高い丘の上に建っていることに気づいた。

 日ざしはそれほど強くなく、心地良い風が吹いていた。


 うわ、風が気持ちいい!

 外に出て、こんな心地良い風に吹かれるのは、久々な気がする。

 なんかテンションあがってきた。


「ふふふ…… ヒロ君、外に出ただけなのに楽しそう。よかったー」


 綺麗な青い髪を風になびかせながら、セディアも嬉しそうに笑った。


「でも、気をつけてね。ヒロ君、病み上がりなんだから…… 少しでも辛かったりしたら、私に言うのよ」


 確かに、ちょっと頭がボーッとするけど…… 大丈夫そうだ。


「じゃあ、果樹園に案内するね。家の裏の、すぐそこだから」


 先頭に立って案内してくれるセディアの後をついていく時、ふと家の窓に目を向けた。

 光が反射して、意外にしっかりと自分の姿が映されている。

 黒色の髪に、それなりに整った顔立ちで、何より若い。

 若い…… って、なんで若いって思うんだ?

 ——僕の中で、僕の姿がもっと年をとっているイメージがあるから??


「ヒロ君、どうしたの?」


 ボーッと家の窓を見ている僕を心配して、先に進んでいたセディアが僕の方に振り向いて声をかけてくれる。


「あ、ごめん……」

「そっか、記憶が無いから、自分の姿もそこの窓で初めて見たんだね。大丈夫だよー、ヒロ君、格好いいから!」


 あからさまなお世辞と分かっていても嬉しいな。

 でも、本当に僕は運がいい。

 セディアみたいな綺麗で優しいお姉さんが側についてくれて、なんて幸運なんだろう。

 この幸運を考えたら、記憶喪失なんて全然大したことないな。

 よし、セディアに余計な心配をかけないよう、とりあえず今は色々考えるのはやめておこう。


 家の裏手にまわると、家の建つ丘のすぐ下に果樹園が見えた。果樹園の先に川があり、その先には森が見えた。別の方向には、大きな街も見える

 話には聞いてたけど、結構大きな町だな。

 セディアも働いてるっていうし、今度行ってみたいな。


「ここよ。ここがうちの果樹園。結構立派でしょう?」

「うん、そうだね」


 本格的な果樹園、とまではいかないけど、家庭菜園よりもはるかに広い。

 木になっている果物は…… リンゴ?とか、ブドウ?とか、かな。


「うちの果樹園はね、リンゴとかブドウとかを育ててるんだ」


 当たった。

 こういう物の名前とかは、記憶喪失でも忘れないもんなんだね。

 あれ、そういえば、僕はこの果樹園のお世話をしてるんだっけ。


「ねえ、セディア。果樹園のお世話って、どうやるんだっけ?」

「うん、教えてあげるね。まず、そこのほうきでお掃除して、それから——」


 セディアは、自分も一緒にやりながら、僕に教えてくれる。

 僕は不慣れな感じでお世話するも、セディアは色々褒めてくれた。

 ほうきの持ち方が上手とか、さすがに無理があるような……

 でも、やっぱり褒めてもらうのは嬉しい。

 暖かい日差しと心地良い風もあいまって、とても幸せな時間を過ごした。


「お疲れ様。そろそろ休憩にしようか」


 頃合いを見て、セディアが声をかけてくれた。

 全然疲れてないからこのまま続けてもいいんだけど……


「ヒロ君、体弱いんだから、無理しちゃダメよ」

 

 確かに…… あまり調子に乗らないで、ちょっと休んだ方がいいかな。

 適当に座ると、セディアもすぐ横に座った。


「この果樹園、私、大好きなんだ。ここに避難してきた時、すごい心細かったの。その時はお金のこととかよくわかってなかったし、お仕事もしたことなかったし、生きていけるのかなって……」


 小さな商家だけど、それなりの資産家の一人娘ってことは、お嬢様だったんだよな。

 それが急に家族と離れて、僕を養って生活することになったら、どんなに不安だったろう……


「そんな時、ここの果樹園で自然に果物がなっているのを見て、すごい安心したんだ。いざとなったら、ここの果物があるから、飢えて死ぬことはないんだって思って。今思うと心配しすぎだよね」


 ちょっと空気が重たい……

 まだ細かい話は聞けてないけど、当時はすごい大変だったと思う。


「でも、今はすごい幸せだよ。ヒロ君と2人でここに住めて、本当に幸せって思う。もしかしたら、ヒロ君の記憶喪失って、幸せ過ぎて罰があたっちゃったのかなって思うくらい」


 ここまで言われると、逆に気になるな。

 従姉弟いとこで幼馴染とはいえ、一体、僕のどこがいいんだろう…

 ちょっとストレートに聞いてみようかな。


「セディアは、僕のどういうところが気に入ってくれてるのかな?」

「弟っぽいところ」


 な、なるほど…… これはいわゆる、ブラコンのお姉さんってことかな。

 僕自身が好きっていうよりかは、ほとんど弟だけど、実弟じゃないっていう設定が、セディアの心に刺さったんだな、うん。


 妙に納得している僕を見て、セディアは慌てて追加でフォローしだす。


「あ、もちろん、それだけじゃないよ。ヒロ君は優しいし、格好いいし、あとそれから、えっと、なんだっけ——」

「……ありがとう、セディア」


 当たり障りのない褒め言葉が出てきた上に後が続かなくなってきたし、これ以上、深く突っ込まない方がいいな……

 よし、話題を変えようか。


「ところで、僕の記憶喪失のことなんだけど、昨日までは普通だったんだよね?」

「うん、まだ熱が下がったばかりであまりお話ししなかったけど、普通だった…… 隣で寝てる時も、気持ち良さそうにスースー寝てたわ」


 隣で寝てる!?

 いや、もしかしたらそうかなって思ってたんだけど、すごい状況だぞ、これは。

 もちろん、どう考えても、出来の悪い弟を優しい姉が添い寝してあげているっていう感じなんだろうけど……

 いや、まずいな、これは、僕は今夜大人しく寝られるのか??


 一人で悶々としている僕をよそに、セディアは話を続ける。


「それでね、ヒロ君の記憶喪失なんだけど、一度病院で診てもらった方がいいのかな……」


 あ、確かに……

 正直、今が幸せな状況なので、記憶戻らなくてもまぁいっかー位に思えてきてた僕と違って、セディアはちゃんと心配して考えてくれてたんだ。


「私、明後日お仕事で病院に行くから、今の状況を先生に相談してみるね。ヒロ君が高熱になった時のお薬も出してもらったし。その時はあまり外に出ないで寝ているようにって言われたんだけど、もし記憶喪失が別の病気で治療しなきゃいけないとなったら、病院に行ったほうがいいかなって」

「ありがとう、セディア。それでお願いしようかな」

「うん、任せて」


 ニッコリと微笑むセディア、天使だな……

 でも、朝起きた時はひどい頭痛で、二日酔いと間違えたくらいだったけど、今は大分良くなったみたいだ。

 うん、きっと大丈夫だ。


 ……二日酔い? 僕、まだ15才なのに、お酒飲んだことがあるってこと??


 いや、ないよな。

 やっぱりこの状態って、そういうことなのかな……

 何となく感じていた違和感の正体も、そういうことならわかるんだ。


 なんでか分からないけど、この世界で生まれてからの記憶が無くなった代わりに、もっと前のことがぼんやりと思い浮かぶようになってきてる。

 あまりはっきりとは思い出せないけど、前世の記憶の断片だろうか……


 セディアに話したら、どんな反応するかな。

 嫌われないといいんだけど……

 記憶喪失で、なんの取り柄もない上に体も弱いらしいこの僕が、ここでセディアに見捨てられたら、生きていける気がしないぞ……


「そろそろお家に戻りましょうか。今日はヒロ君、いっぱいお仕事したね。お昼食べて、まだまだわからないこといっぱいあるだろうし、ゆっくりお話しようね」


 あ、あれでいっぱいお仕事したことになるの?

 セディアとお話しながら、ちょっと掃除したり水を撒いたりしただけなのに……

 どんだけホワイトな環境なんだ、ここは。


 ひそかに衝撃を受けつつ、セディアと家に戻ることにした。

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