悲願の花弁――それは、世界が壊れる前に拾われた花。

SeptArc

第一話 名も知らぬ花

「花、か……。」


教室の窓際で、雄和は小さくつぶやいた。

十月に入ったばかりだというのに、空気はもう夏の名残を失っている。窓から差し込む光も、どこか色が薄い。


「どうしたんだよ。いきなり。」


隣の席から、気の抜けた声が飛んできた。祐一だ。椅子を乱暴に引き、どさりと腰を下ろす。


「いや、この本。」


雄和は机の上の文庫本を指で叩いた。


「花について書いてあってさ。」


「花ぁ。」


祐一は露骨に顔をしかめた。


「そんなもん、考えたことねぇよ。前にお前と見たやつくらいだろ。」


その一言で、雄和の思考が引き戻された。

四日前。十月のはじめ。そして――ありえない形をした、あの花。


「……ああ。」


それ以上、言葉は続かなかった。



その日の放課後、街中の本屋で奇妙な記事を目にした。


若穂で奇妙な彫刻発見!

道の真ん中に人型の石像?


見出しだけで眉をひそめる内容だった。若穂。雄和と祐一の故郷だ。


「若穂って……。」


「俺たちの地元じゃねぇか。」


先に口を開いたのは祐一だった。

小さな町だ。事件も事故も、滅多に起きない。こんな記事が出るような場所じゃない。


「今週末、オフだろ。」


雄和は言った。


「久しぶりに帰らないか。」


「はぁ。めんどくせぇ。」


「どうせ暇だろ。」


「……。」


数秒の沈黙のあと、祐一は鼻で笑った。


「仕方ねぇな。行くか。」


その軽さに、少しだけ救われた気がした。



土曜日。

バスを乗り継ぎ、駐輪場に置いておいた自転車で山道を抜ける。


若穂の山は、色づき始めていた。赤と黄色が混じった木々が、どこか現実感を薄れさせる。


「紅葉、きれいだな。」


祐一が言う。


「あの山でよく遊んだな。」


「ああ。」


十五年過ごした町だ。忘れたはずなのに、風景は簡単に思い出させてくる。


記事の写真を頼りにたどり着いたのは、小さな公園だった。滑り台と鉄棒、ブランコがあるだけの場所。


「……ないな。」


人型の彫刻は、どこにもなかった。


「なぁ雄和。」


祐一が何か言いかけた、その瞬間だった。


「――っ。」


鈍い音とともに、祐一の体が前に崩れた。


「おい。」


駆け寄ろうとして、雄和は足を止めた。

祐一の足首に、何かが絡みついている。


草じゃない。ツタでもない。

地面から突き出した、歪な――花。


赤黒い花弁。節目で分かれた異様な形。太すぎる根が、岩のようなものに絡みついている。


「……なんだよ、これ。」


祐一が呟いた。


その瞬間だった。

頭の奥を、何かが掻きむしった。


音じゃない。

耳を通らない。

直接、脳に――。


「う、あ……。」


視界が歪む。吐き気と、痛み。

叫び声が自分のものか、祐一のものか、わからなかった。


だがそれは、十秒ほどで唐突に止んだ。


「……今の、聞こえたか。」


「……ああ。」


二人は、同時に花を見た。

原因は、これしかない。


「なぁ……どうする。」


雄和は、喉が渇くのを感じながら言った。


「……持って帰らないか。」


沈黙。

そして、祐一が笑った。


「正気か。」


「お前もだろ。」


数秒後、祐一は石を拾い、根を削り始めた。

夕暮れの中、花弁が一枚、地面に落ちたことに、二人は気づかなかった。


ーーーーーーーー

あとがき


今までの作品とは雰囲気の変わった作品を書いてみました。これ、実は学生時代にあっためておいたものなのです。

そのまま無に帰すのも可哀想なので、

少し修正し投稿しました。



これからもどんどん上げていくので、もしよろしければ、

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これからもよろしくお願いいたします。

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