第9話 同時視聴

「冷房大丈夫か? 寒くないか?」

「うん。丁度いいよ」

「じゃ、再生するぞ」


 いろいろあったが、ようやくアニメの視聴を開始できる。

 持ってきた皿にポテトを広げ、コーラで喉を潤す。


 万全の状態だ。


「ん? なんか絵が……」

「どうしたの?」

「いや……俺が小学生の頃に観てたアニメほど凄くはないなと……」

「それってもしかして鬼退治のやつ?」


 俺は頷く。

 あの頃は社会現象になっていて、みんなあのアニメを観ていた。父さんにせがんで、家族全員で映画館に行ったのも今ではいい思い出だ。

 俺の中ではあれがアニメの基準になっているのだろう。


 どうしてもあの作品と比べると画面で見劣りしてしまう。


「ちょっと迫力不足というか……なんというか」

「ふふっ。大丈夫。アニメは絵だけじゃないよ?」

「わかった。見続けよう」


 視聴を続ける。

 内容は原作の通り。主人公は一目惚れした女の子を追ってとある名門校に進学する。


 だがそこは「異能」を持つ高校生たちを育成する機関で、主人公は手違いで何の能力も持たないままそこに入学してしまう――というもの。

 当たり前のように異能力を使いこなす同級生たちを前に「これからの学園生活はどうなるのか?」というところで一話は終わる。


「普通に観れてしまった……」

「どうだった?」

「初めは絵の迫力がないと思って、ちょい期待度が下がった。でも動いてるところ観ていくうちに、そこは全く気にならなくなったな」

「画面が派手じゃないだけで、作画自体は高クオリティだからね」


 まぁそういう違いはわからないんだけど。


「声とBGMの効果なのかな。没入感が凄かった。それに……」

「それに?」

「好きなキャラが動いてるだけでなんか……感動する」


 元は小説だったから、各シーンは完全に俺のイメージに左右されていた。中には「これってこんなシーンだったのか!」という驚きもあった。

 話の内容自体は知っているのに、結構楽しむことができた。


「そうそう。それもアニメ化の醍醐味だよね! やっぱり桜庭くんはわかってるな~」

「ラノベだとそこまでだったキャラも好きになれそうな気がする」

「うんうん。じゃあ続けて二話も観ようか」

「ああ。よろしく頼む」


 そのまま2話、3話、4話と続けて視聴していたのだが。


『いやぁん! もうバカー! 知らないんだからー!』

「な、なんだこれ……」


 俺の知らない話が始まった。

 プールの授業で男子たちが女子に対してセクハラをするっていう内容の……こんな話ラノベであったか?

 それに画面の肌面積が一気に増えてその……非常に気まずい。


「望月さん……ええとこれは?」

「これは所謂アニオリというやつでして……」


 アニメオリジナル展開……略してアニオリ。


「中でもこれは男性読者向けのサービス回だね。女子の露出が多くて、ちょっとだけエッチな回だよ」

「そ、そうか……なんかみんなキャラ違う気がするのはそのせいか」


 凄いな。メインヒロインの乳とかバインバイン揺れている。

 気まずさのあまり、チラリと横目で望月の様子を窺う。すると、バッチリ目が合った。なんでお前こっち向いてるんだよ。前見ろ前。


「どう?」

「いやどうって?」

「男子の意見が聞きたいんだ。やっぱりこういうシーンがあると嬉しい? コーフンするのかな?」


 えぇ……何を聞かれているんだ俺は。いや、一般男子の俺の考えを聞きたくて、望月はこういうことをしてくれている訳で。


 だったら俺は正直に思ったことを答える必要があるよな。


「ええと。これはアニメで……言ってしまえば絵な訳で。だからその……嬉しいとかエロくて嬉しいみたいなのは感じないかな」

「そっか……二次元には興奮しないんだ。桜庭くんは、まだその領域レベルなんだね」


 あれなんかディスられたか?


「じゃあさ……三次元ならどうなのかな?」

「え、それって……」


 さっきまでテーブルを挟んで座っていたはずなのに。いつの間にか望月は隣に座っていて。

 輪郭とか声とか匂いとか。その存在感はアニメとは段違いで。手を伸ばせばすぐに触れられる距離で。

 改めて……整った顔してるよな。まつげ長い。


「現実の女の子なら……どうなのかな?」


 大きくて透き通った目が、試すようにこちらを覗いている。

 そして、俺の部屋とは思えないくらい、柔らかくていい匂いがする。俺の部屋……そう、俺の部屋。

 誰も見てない空間に二人きり……ならいっそこのまま。


『なにイチャついとんねーん!!』

「……っ!?」


 その時。テレビから聞こえたツッコミの声で我に返る。

 危ないところだった。


 俺、いま何しようとしてた?


 望月が放つ異様な雰囲気に呑まれそうになっていた。


「はは。こういうシーンは流石にちょっと気まずいな……でも女子たちにバレたから、これから制裁シーンになるんだろうな」

「だね……。それで……三次元はどうなの?」


 その話まだ続けるの? せっかく俺が話を逸らしたのに? ううむ。


「俺には……ちょっと刺激が強いかもしれない」

「そう……なんだ。刺激は感じているんだね」

「ああ……」

「そっか……」

「これも取材なのか?」

「そう……だよ」


 それ以降、しばらく望月の口数は少なくなった。


 いや気まずいて。


 とはいえそんなサービスシーンも5話以降はなくなり、硬派で熱い展開が続くと、再びそれまでのようなテンションで視聴することができた。


 さっきまでの妙な空気はなんだったのか。アニメの熱に当てられるように、俺と望月の会話も白熱していった。


 アニメってスゲェ。


 そして、ついに俺たちは途中休憩も挟まずぶっ通しで12話……つまり最終話まで視聴した。

「最後まで観てしまった……」


 ちょっと観るつもりだったのに。もう夕方になってしまっている。


「悪いな。最後まで付き合わせてしまって」

「ううん。私も楽しかったよ」

「そう言ってくれると助かる……なんというか止め時が見つからなくてな」

「わかる! すっごくわかるよ! 一度観始めるとなかなかやめられないんだよ!」


 しばし、熱く感想を語り合う。とはいえ、楽しい時間はあっという間に過ぎるもので。

 そろそろ暗くなるし、もう解散しないといけなくなった。


「今日はわざわざありがとうな。観てよかった。楽しかったよ……て。何をしているんだ望月?」


 最終話の収録されていた四巻のディスクを取り出した望月は、再び第一巻のディスクをプレイヤーにセットした。

 なんだろう。望月はおかしくなってしまったのだろうか。


「ふふっ。ブルーレイ版にはオーディオコメンタリーが特典として収録されているんだけど……気になる?」

「何それメッチャ気になる」


 俺が食いつくと、望月の目の奥がギラリと光る。


「サブスクが普及した今、アニメ・映画のブルーレイディスクの売り上げは年々減少傾向にあるのはイメージできるよね?」

「ああ」


 俺も相当なファンじゃないと買わないだろうなとは思った。


「だからこそ、昨今のブルーレイは購入特典が豪華なんだ。そのひとつがオーディオコメンタリーだよ」

「そのオーディオコメンタリーってのはなんなんだ?」

「いろいろあるよ。キャストさんやスタッフさんの座談会形式のものもとか。でも今回は……見た方が早いかな?」


 再び、さっき見た1話が始まる。だが……。


「あれ。本編とは別にキャラが喋ってる?」

「うん。学スキのオーディオコメンタリーは、キャラクターコメンタリーとも言われていてね。本編をキャラが振り返る形式で、より作品を深く楽しめるようになっているだよ」


 しかも台詞は全部、原作者書き下ろしなんだとか。確かにキャラ同士がアニメを見ている風に声で掛け合いをしている。


「これはちょっと面白いな」

「でしょでしょ。これこそがこのディスクの本番と言っても過言ではないよ」

「高い金取るだけあって充実のサービス内容だな」


 しかも掛け合いが結構面白いし……何より新鮮だ。


 結局そのまま一巻収録分のコメンタリーを見続けてしまい……気付いた頃には午後六時を回っていた。


「んんっ……流石にもう帰ろうかな」


 そのくらいで、互いに体力の限界がきた。望月はぐっと伸びをする。


「だな。もう暗いし送っていくよ」

「ふふ。ありがとう。あれ? 桜庭くんスマホ鳴ってるよ?」

「あ、母さんからだ。悪いちょっと出るわ」

「うん。お構いなく」


 母さんからの電話。なんだろう。


「もしもし……うん。ああ……わかった。適当に済ませておく」


 わずか30秒ほどで電話は終了した。


「何の連絡だったの?」

「母さん今日このまま夜勤に入るらしくてさ。帰って来れないから夕飯好きにしろって連絡」

「昼間も働いてたんだよね? そのまま……夜勤?」

「看護師でさ。こんなの日常茶飯事らしい」

「ひゃあ……過酷だなぁ」


 そうだな。でも病気や怪我で不安な人たちを支える立派な仕事だと思うし、頑張っている母さんを俺は誇りに思っている。

 まぁもう少し人間らしい働き方になって欲しいという思いもあるが。


「寂しくないの?」

「え?」

「だってお兄さんは家を出てて、お父さんもいないんでしょ? 家に一人でいる時間が多いんじゃない?」

「確かに……ちょっと寂しいって思うこともあったけど」


 今は違う。


「最近は望月がラノベ貸してくれるから、そんなに寂しくはない」

「……っ! そっか。うん。それならよかった」


 望月は納得してくれたのか、慈愛に満ちた表情でそう言った。

 そして。


「ねぇ桜庭くん」

「なんだ?」

「よかったら夕飯、一緒に食べない?」


 思いがけない提案をしてきたのだった。



***

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