第2話 お弁当

 昼休み。望月からの指示通り、非常階段にやってきた。

 円形のノブを回して外に出ると、一瞬むわっとした空気。その後、爽やかな六月初旬の風が吹き抜ける。


「来てくれたんですね」

「まぁ呼ばれたからな」


 望月は踊り場に寄りかかりながら、弁当を持って待っていた。

 俺の姿を確認した望月は満足そうに笑うと、階段にハンカチを敷いて、椅子代わりに腰かける。


 俺も彼女に続き、階段に座る。ただし横に並ばないように、数段上に座った。


「それで、急に昼めしなんて、一体どういうつもりなんだ?」


 望月が振り返り、自然と上目遣いになる。

 その可愛さに思わず、自分のポジション選択が正しかったことを確信した。


「知らないんですか? 最近のラブコメでは、主人公とヒロインが非常階段で二人でお昼ご飯を食べる展開が熱いんですよ」


 いやなんだそれ。ラブコメとか知らんし。

 俺は主人公じゃないし、お前もヒロインじゃないだろう?


「先ほども言いましたが、これは取材です」

「取材ねぇ」

「はい。キャラクターの心情を理解するために、私も同じことをしてみようかと。というわけで作ってきました」


 望月は自分の弁当箱の包みを開く。卵焼きや唐揚げにウインナーなど、定番のおかずがぎっしりと詰め込まれている。

 空腹も相まって、まるで宝箱のように輝いて見えた。


「作ってきたってまさか」

「はい。手作りです」


 学年でもトップクラスの美少女である望月の手作り弁当。思わず唾を飲み込む。

 こんなもん、教室で広げたら男子相手に金取れるだろ。


「ヒロインが手作りしてくるという展開も多いんですよ。あの……お口に合うと嬉しいのですが」


 望月は少し不安げにそう言った。


「待て待て。お口に合えばって……もしかして」

「はい。貴方に食べていただこうと、作ってきました」


 女子にしては量が多いとは思っていたが、まさか俺にくれるつもりだったなんて。


 こちらを気遣ってか、ご飯ものはなくおかずがメインのようだ。

 幸い俺も今日の昼はおにぎりとサラダチキンのみ。追加でおかずが貰えるのはありがたいといったところなのだが。


「もしかして、他人の手作りは無理ってタイプですか?」

「そんなことはない。だからそんな泣きそうな顔はしないでくれ」

「それはよかったです。では、どうぞ。あ、お箸はこれを使ってください」


 にっこりと割り箸を手渡された。

 準備もいい。


 だが俺は、引っかかることが一つあった。


「あのさ」

「はい、なんでしょう?」

「やっぱりこういうことを頼むなら、同じグループの男子に頼めばいいんじゃないか?」

「いえ、そういう訳にはいかないんです」


 俺は首をかしげる。実は仲が悪いとか?


「そうではなくてですね。私が所属するあのグループの男子二人。風間くんと田原くんが女子にモテるのは知ってますよね?」

「ああ。今朝も風間が『先輩女子に告られた』とか言っていたな」


 その話を抜きにしても……見ていればわかる。

 グループ外の女子達からの風間たちへの熱い視線も、その周囲にいる女子たちへの冷たい視線も。


 コミュニティにおいて、目立つというのはいいことばかりではない。

 未熟な人間は他人をどうしても好き嫌いの二つに分類する。


 クラスの中心である風間グループを好きな人間もいれば、嫌いな連中もいるということだ。


 風間たちがいい奴か悪い奴かは関係なく、他人から認知されるということは自然とそういう目を向けられると言うことだ。


「そんな中、取材とはいえ私が二人に手作り弁当なんて作ったらどうなると思います?」

「まぁ。女子たちからの反応はよくないだろうな」


 確実に角が立つだろう。


「その点、桜庭くんなら問題ありません。誰も怒りませんし」

「はいはい俺なら安心ですね」


 少なくとも俺なら、他の女子から反感を抱くことはないだろう。逆に俺が男子たちから殺されないように注意する必要は出てくるが。


「けどさ。こんなことして俺が勘違いしたらどうするんだ?」

「勘違い?」

「俺も男だからな。もしかして望月は俺のこと好きなんじゃね? みたいな勘違い。それをする可能性があるだろう」

「それなら心配いりません!」


 だから何でそう言い切れるんだよ。昨日から思っていたが、コイツの俺に対する謎の信頼感はなんなんだ?


「部誌につけて頂いた感想。あの忖度も容赦もない内容から、その可能性はないと判断しました」

「ああ……なるほど」


 部誌に掲載されていた望月の作品からは本気度が伝わってきた。

 だからこそ思ったことを正直に書いたのだが、それが逆によかったらしい。


 まぁそもそも。


 それを抜きにしても、望月相手には身分が違いすぎて、勘違いなど起こす気すらないのだが。


「というわけでお弁当を食べてみて下さい。取材ゆえに本気で作ったので」

「そこまで言うなら遠慮はしないぞ。いただきま――っ!?」


 箸で唐揚げをつまみ口に運ぶ。

 衣は程よく香ばしく、中からじんわりと肉汁が滲んだ。

 噛むたびに広がる素朴な旨味に、思わず息をつく。


 これは美味い……!


「うむ……もぐもぐ」


 望月文乃。ビジュアルがよくて頭もよくて運動もできて。小説も書けておまけに料理も上手いのかよ。


 そりゃ女神と言われる訳だ。納得。


「ふふ。どうですか?」


 女神こと、望月と目が合う。まるで悪戯の成功した子供のように無邪気な顔で、俺の感想を待っているようだった。


「すごく美味しい」

「それはよかった」


 教室では見たことない、女神様の素の笑顔を見られたことに満足しながら、彼女の作った弁当を満喫するのだった。



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