文芸部の女神様が『取材』と称して甘えてくる件

瀧岡くるじ

第1話 ぐいぐい来る

 俺、桜庭葉介さくらば ようすけは暇を持て余している。


 灰色だった中学時代を反省し、高校デビューを目論んで入学初日にスベり散らかし……。

 以降、無事ぼっち街道を邁進中だ。


 高校一年生の六月といえば本来、夏休みに向けて恋に部活にとイベント盛りだくさんの時期だろう。


 だが俺には何もない。

 友達なし。部活なし。恋人なし。夢とか目標……特になし。

 とにかく何もない。虚無だ。


 そんな何もない学校生活がこんなに苦痛とは思わなかった。

 入学からの二ヶ月。このたった二ヶ月が、俺には永遠のように長く感じられた。


 どれくらい暇だったかというと、文芸部の部長らしき人から押しつけられた部誌。そこに掲載されていた部員たちの小説をすべて読みきってしまうほどに暇だった。


 だがこの行動が、俺の人生を大きく変えることになるとは思ってもいなかった。


 この時までは。


「ようやく見つけました」


 廊下を一人歩いていると、一人の女子が立ちはだかる。


「初めましてでいいのかな? 私、望月です。同じクラスなんだけど……覚えているかな?」

「お、おう……」


 忘れるわけがない。


 肩まで伸びた艶やかな黒髪と大きく澄んだ瞳。

 きっちりと着こなした制服の上からでも分かる細い体躯。華奢なのに背筋はまっすぐ伸びていて、自信と芯の強さを感じる。


 望月文乃もちづき ふみの。俺の所属する一年B組でもトップクラスに可愛い、いわゆる一軍女子と呼ばれる女の子だ。


 文芸部に所属する望月は男子たちから『文芸部の女神様』と呼ばれ崇められている。

 入学当初は彼女目当てで文芸部に入部したがる男子が殺到。入部のために文学に関する試験が行われるという異例の対応がされたとかされてないとか。


「ええと。桜庭くん……ですよね?」

「ああ。それは間違いない」


 そんな学校の有名人が俺を探していたらしい。


「それで、俺に何か用なのか?」

「はい。今日はお願いがあって来ました」

「お願い……?」


 人気のない廊下で陰キャと二人きり。

 こんなところを誰かに見られたらいらん誤解を招く可能性がある。

 それだけのリスクを冒してまで俺にお願いとは……。


「単刀直入に言います。私の執筆活動の手伝いをしてください」

「は?」


 思いもよらない言葉に思わず声が出た。


「手伝い……なんで俺が」

「これです」


 彼女が取り出したのは文芸部の部誌。そのページを開いてパラパラとめくる。

 その余白にはギッチリと文字が詰め込まれている。


 それは、全て俺が書いた感想だった。


「読んでくれた上に、感想まで書いてくれたんですよね? それもこんなに沢山」

「ああ。感想募集中って書いてあったからな」


 だから読んだ作品には全部感想を書いて、昨日文芸部の部室に置いてきたのだ。

 馬鹿正直に名前欄に記入までして。


「私、嬉しくて……何度も桜庭くんの感想を読み返してしまいました。これ、半分くらい私が書いた作品なんですよ」


 そうか、文芸部の女神様は当たり前だけど文芸部なんだよな。そこまで意識してなかった。

 結構ズケズケと思ったままのことを書いてしまった気がするけど、大丈夫だろうか。


「そんなに喜ばれる感想を書いた記憶はないんだが」


「うん……。中にはあちゃー厳しいなーって感想もあったけど……でも納得がいくものだったよ。私には貴方が真剣に物語に向き合った結果、出てきた感想だってわかるから。だから、やっぱり嬉しいんです」


「いや嬉しいのはわかったけど……感想くらいみんなくれるだろ? 君はこの学校じゃ有名人な訳だし」


 何せ文芸部の女神様と呼ばれるほどの美少女だ。この子の美声が教室に響けば、必ず周囲の男子が反応するほどの有名人。

 そんな女子の書いた小説。普通の男子なら読みたがるだろうし、もし感想が求められているなら全力でひねり出すはずだ。


 だが俺の言葉に、望月は寂しそうに目を伏せて首を振った。


「残念ながら。部誌を受け取ってはくれますが、その後読んでくれる人はごく少数。わざわざ感想を書いてくれた人なんて、貴方だけでしたよ」

「マジか」

「小説ってね。全然読んでもらえないんです」

「でも悪いけどさ。俺は小説とか全然素人なんだ」


 俺が眼鏡を掛けているから勘違いしたのかも知れないが、元々読書をするタイプではない。

 それどころか、普段は漫画すら読まないタイプだ。


「俺なんかより、文芸部の人たちにアドバイスをもらった方がいいぞ」

「いいえ。文芸部の方針はみんなで仲良く楽しく。作品を書いて発表しても角の立たない、当たり障りのない感想しか貰えません」

「馴れ合いってことか」

「言い方が悪いですが、その通りです。その点、桜庭くんは容赦のない感想をくれました!」


 容赦ないとまで言われると、ちょい胸が痛いな。


「ギリギリ作者を貶めない的確なツッコミ! 自分とは違う読者目線の疑問。これこれこういうのが欲しかったんだよ~って思って。私の小説のレベルアップには、桜庭くんの力が必要と確信しました」

「小説のレベルアップ? よく書けてたと思うけど」


 俺でもスラスラ読めた。それはきっと読みやすい文章が書けていたということで……当たり前のようだが、相当すごいテクニックなのでは。


「よく書けてたじゃ困るんです。だって……」


 望月文乃は真剣な目でこう言った。


「私は、小説家を目指しているから」

「将来の夢ってヤツか?」

「……っ」


 俺の質問に一瞬躊躇うような素振りを見せてから、しかし望月は力強く頷いた。

 その表情は、夢に向かって真っすぐな人間だけが持つ、不思議な熱を持っていた。


 それを見て、下心などなく俺は力になりたいと思った。


「わかった。俺にできることならなんでも協力する」

「笑わないんですか?」

「笑う……何を?」

「ううん。何でもないです……そっか。貴方は笑わないんだ」

「……?」


 何が嬉しかったのか、望月文乃は小さく微笑んだ。


「では改めて。これからよろしくお願いします。桜庭くん」


 こうしてぼっち陰キャの俺と文学部の女神様の奇妙な協力関係が生まれるのだった。


***


 朝のホームルーム前。教室は騒がしい。

 中でも一番盛り上がっているのは、風間流星かざま りゅうせいを中心とした陽キャグループである。


「それでさー、昨日も先輩から告白されちゃってさー困るよなー」


 イケメン高身長で勉強も運動もでき、実家も金持ちと噂されている風間はクラスの女子たちの憧れの的だ。


 そしてその風間を美少女たちが取り囲む。


「もうー! 当然断ったよね? 流星は私のなんだから!」

 天真爛漫、金髪クォーター巨乳美少女の天童日向てんどう ひなた


「アンタのじゃないけど確かに断ったかどうかは気になるね」

 ファッションセンス抜群のクール系ギャルの霧島静香きりしま しずか


「あははー。で、どうなの流星?」

 バスケ部のホープでボーイッシュ系美少女の川島理澄かわしま りずむ


 楽しげだが風間に女の影がチラついた今、三人とも目が笑っていない。

 そんな風間狙いの三人は、男子たちから風間ハーレムとか呼ばれている。


「もちろん流星は断ったよ。今は恋愛より遊ぶのに夢中って言ってな」


 そんな風間ハーレムを一歩引いたところから見つめるのが風間の親友、サッカー部の爽やかイケメン田原直樹たはら なおき


「ふふっ。流星くんらしいね」

 そして、文芸部の女神様こと望月文乃。


 この六人が一年B組のクラスの中心で、物語の主人公とヒロインみたいな連中である。

 全員が全員顔のいいあの連中は、当然ながらクラスの輪の中心にいた。


「やっぱ夏休みはさぁー。ぱぁっと旅行とか行きたいわけよ。わかる?」

「わかるー! 私も流星と旅行行きたい~」

「お洒落なコテージとかで、みんなと一泊したいよね」

「おいおい。高校生だけで泊まりの旅行なんて行けるわけないだろ?」


 風間が馬鹿なことを言って、ハーレム軍団が賛同。そこに田原が冷静な返し……というのが彼らの会話の黄金パターンだ。


 グループ内で役割分担が済んでいて非常にバランスがいい。


 きっとこの一年、クラスが変わるまでずっと仲良しで、そしてこの一年B組の中心で居続けるんだろうな、アイツらは。


「くっそー風間のやつー」

「あんな美少女三人に好意を持たれているのに気づかないとは」

「羨ま死ね」


 そんな風間を羨む男子たちの声もそこかしこから聞こえてくる。


「くっ。俺たちの希望は女神様だけか」

「いや……女神様も風間のことが好きだろ」

「それか田原か」

「クソ~結局イケメンかよ~」


 確かに女神様こと望月が誰を好きなのかはちょっと気になるかもしれない。

 いつも陽キャグループの輪から一歩引いた位置にいる彼女。その本心は、果たしてどこにあるのか。


「……」

「ちょっと文乃ー? 話聞いてた?」

「あっ。ごめんごめん。なんの話だっけ?」


 望月は彼らの話に混じらず、一人操作していたスマホから視線を上げる。


「旅行。夏休みにみんなで行こうって話!」

「う~ん。私はお父さんが厳しいから泊まりは無理かな。部活でなら許可は取れそうだけど、学生だけだと無理かも」

「おーいノリ悪いぞ文乃!」

「そうそう。そんなん黙ってればいいじゃん」

「うーんそうだねぇ……あはは」


 望月……アイツ、もしかして思ったほどあの輪に馴染めていないのか?


 多分、望月は泊まりがけの旅行には乗り気ではないのだろう。それを悟られないように、でも自分が参加することにならないように、上手く躱そうとしている。


『私の執筆活動の手伝いをしてください』


 昨日見たあの真剣な表情とは違う、どこか貼り付けたような笑顔で。


「陽キャも大変なんだな……ん?」


 その時、スマホにメッセージが届いた。送り主は……望月文乃。

 昨日連絡先を交換していたのだが、早速メッセージが届くなんて驚きだ。


『今日のお昼休み、学校の非常階段に来て下さい。そこで待ち合わせて、二人でお昼を食べましょう』

「は?」


 思わず声が出た。反射的に指が動く。


『それってランチデートって言うんじゃ?』

『いえ、取材ですよ? ランチデートの取材です』


 取材……取材ねぇ。

 でも、もしこのやり取りが誰かに見られたら?

 ぼっちの俺が、文芸部の女神様とランチの約束なんて。

 

 ――まぁ本人が取材って言ってるし。問題ないよな?

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