第2話 史実が崩れ始める

 レイは毎晩、ケイの包帯を替えてくれた。レイはケイの腹の傷口に手を当てる。傷口を塞ぐほどではないが、手を当てられると仄かに暖かい感じがした。これも魔法の一種なのであろう。


「……痛む?」


「いや、大丈夫だ」


 そう答えると、レイは少しだけ安堵したように息をついた。


 レイはそっと背後から抱きしめてくる。このようなことをされるのも久しぶりだが、純真に私のことを心配する気持ちに触れ、嬉しく思う反面、少女のわずかな胸の膨らみが背に当たっていることに恥ずかしくなった。体は少年だが、中身は60歳近い大人なのだ。


「……生きてて、よかった」


 その一言が、胸に重くのしかかる。


 私とレイがタクゲンの奴隷になったのは、ダイの国が滅んだからだ。シンとダイとでは10倍近い国力の差があった。シンは乱立する国々を滅ぼしダイに狙いを定めた。


「最初から、勝ち目はなかったんだ」


 誰に向けた言葉でもない独り言を、レイは黙って聞いていた。



 紀元376年。


 シンはダイに兵を向けた。


 父、タクバツセキは戦うことを選んだ。降ることも考えたが、シンの種族とは昔からの因縁がある。彼らは同じ遊牧民にも関わらず、早くから中央に介入し、他の種族を見下しいる。フケンの前王は暴虐であった。フケン自身は違うとも聞くが信用できなかった。


 負けることは必定。周囲の国々はシンに討たれ、ダイに協力する勢力は居ない。ダイとエンの関係もよくは無く援軍を期待できない。負けても、降っても運命は同じだった。ならば戦うしかない。


 だが父の思いも虚しく、部下の将軍や貴族は降伏する者が続出した。彼らは財産や領地を差し出し、命を得た。その中でもソンキンの裏切りは衝撃であった。


「あいつが……?」


 あの名を聞いた瞬間、父の表情が強張ったのを覚えている。


 彼は最後まで父の味方の振りをしていたが、裏でフケンに繋がっていたのだ。


 シン10万人の侵攻に対して、ダイは5万人の兵で迎え撃った。もとが遊牧民であるダイは堅牢な城壁を持たない。主力のほとんどは昔ながらの軽騎兵であった。


「正面からぶつかれば、持たんぞ」


 そう進言した将もいたが、父は首を横に振った。


「それでも、やらねばならぬ」


 それが、王の言葉だった。


 それに対しシンも遊牧民であったが、フケンは早くから中央の制度を採り入れ、急拡大していた。軍制も歩兵団中心で、騎兵は遊撃が役割であった。


 正面からぶつかれば、シンは少なからず被害が出るであろう。タクバツセキは、騎馬による一撃でフケンを討ち取ることを考えていた。


 戦いが始まる。予想通り、シンはダイの騎兵の突撃に苦戦した。盾を構え槍を突き出す。それをダイの騎兵は何度も突撃を繰り返し、崩していく。


「いける……!」


 誰かが叫んだ。


 だが、二段目に差し掛かったとき、異変が起きた。ソンキンの部隊がタクバツセキの本陣を取り囲み、襲い掛かる。


「裏切りだ!」


 叫び声が戦場を裂いた。


 シンの歩兵も押し返す。フケンは遊撃の騎馬隊に合図を送る。騎馬隊を率いるのは、モクランという女将軍であった。


「女……将軍?」


 その姿を見た兵が、思わず呟いた。


 彼女はもともとダイ出身である。だがダイでは立身できなかった。女でも強力な魔法が使えたら出世できる。だがダイは、戦うのは男の役割という文化が強かった。


 モクランは強力な水と木の二系統を操る。ダイ以外の国であれば、確実に将軍になることが出来る。不遇なモクランにフケンは声を掛け、引き抜いたのだ。


 モクランはすぐに頭角を現した。眉目秀麗。前垂れから白い太ももが覗く。黒髪を一つに束ね、靡かせ駆ける姿は、兵たちの間でも憧れる者が多かった。彼女の突撃にシン側から歓声があがる。


「近づくな……!」


 誰かの制止も虚しく、モクランの木の魔法は麾下の兵たちの速度を上げる。剣を振るうと、水流が鞭のように伸びる。


 タクバツセキは魔法で土を盛り上げ、防御を厚くするが、モクランの騎兵は易々と乗り越える。そして土の壁の頂上から一気に駆け下り、タクバツセキの本陣を切り裂いた。


 ソンキンが呼応する。


「……無念だ」


 それが父の、最後の言葉だった。


 ソンキンの鉾が胸を貫いた。


 ダイの軍は壊滅した。そしてソンキンはダイの本拠地を襲う。シンの歩兵団も続く。本拠地と言っても、テントが集まった集落そのものだ。


「逃げろ!」


「子どもを先に!」


 叫び声が飛び交う。逃げ惑う民たち。シンの兵はそれを討ちまくる。羊が奪われる。もはや集落は地獄そのものであった。


 ケイはレイの手を取り、逃げようとした。


「ケイ……!」


 だがレイは転んでしまい、シンの兵に囲まれた。タクゲンもその中にいた。彼はケイとレイの格好を見て、王族だと見抜く。


「殺すのは容易いが……」


 タクゲンは顎に手を当て、笑った。


「奴隷にした方が、得だな」


 王族は魔法の素質が高い。いつか兵として使えば、手柄を立てることが出来るだろう。


 ケイは震えるレイを守るように庇ったが、タクゲンの蔦を操る木の魔法で縛り上げられた。


 こうしてダイは滅び、シンはその版図を支配下に置いた。


 この国は大河が二本流れている。北の大河と南の大河だ。もともと支配していた国は、八人の王族による後継争いにより乱れた。各地の王族たちは遊牧民の部族を引き込み争った。やがて遊牧民は力を持ち、独立して国を名乗りだす。


 中でも最も力があったのは、フケン率いるシンだ。シンは中央の勢力を滅ぼしていった。もともとの国は南の大河流域に逃れ、トウジンという亡命政権を立てた。


 シンは北のダイを滅ぼしたことで一気に版図を広げた。北側に残るのは、大河の上流域にあるリョウや、シンの北西にあるテイといった中堅の国々、そして東の強敵エンであった。シンはこれらを滅ぼすべく準備を進めている。


 私の知っている史実とは微妙に時系列が違う。この世界はどこまで私の知識が通用するのであろうか。


「……また、戦争だね」


 レイの声で、現実に引き戻される。


 やがてケイの傷口が回復してくる。

 戦いに駆り出される日も近かった。

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