後編

「まこっちぃ様ぁ~、来ましたよぉ~!」

 ライブ終了後の握手会とチェキ撮影で声をかけてくるのは、デビュー当時から応援してくれている女性たちのグループだ。自分より年上の女性たちが、敬うような物言いで話しかけてくれるのは、嬉しいよりも何だか面はゆい。彼女たちは「真琴推し」のファンである。服装やメイク、ネイルなどは真琴のメンカラである紫色を使ったコーディネート。バッグには二頭身にデフォルメした真琴の似顔絵イラストが印刷されている缶バッジを付けている。年齢を詳しく聞いたことはないが、どうやらアラフォー世代もいるらしい。その分、ファッションも華やかで購買力も高い。口さがない連中なら「太客」と揶揄するかもしれない。

 「ユリヤさん、ナミさんも! 今日も来てくださったんですね、ありがとうございます」

 「うふふ、今日はね~、初めての人もいるんですよぉ~」

 「ね~。ほら、ミユちゃん、ご挨拶して」

 背中を押されておずおずと出てきたのは、真琴と同世代くらいの若い娘だった。

 「は、初めまして…」

 はにかみながら声をかける様子は何とも初々しい。他の女性ファンと異なり、すれていない印象が好感を持てた。ミユと名乗るその若い娘は、夏の商店街祭りで踊る真琴に「一目ぼれ」したという。その時、会場で盛り上がっていた常連ファンと知り合ったのをきっかけに、ライブハウスに連れてきてもらったのだそうだ。初の推しとの握手とチェキ撮影。そして二言、三言言葉を交わすと、彼女はとても満足そうに帰って行った。

 だが、この頃から既に「古参VSにわか」の対立の兆しが見えていたのだ。古参ファンがやたらに幅を利かせ、「新参者」を冷たくあしらう。新参でも古参グループと仲良くすれば彼女たちに可愛がってもらえるが、それが気に入らないファンもいて当然だ。また、そんな新規ファンが不平を漏らした時の古参ファンの言い分が、これまた傲慢なのだ。

 「だってアタシらは、まこっちぃ様を推すファミリーなんだよ! 好き勝手に推すのって、人としてどうなの?」

 古参チームでもリーダー格の女性ファンがそう言っていると聞いたとき、真琴はぞっとした。推してくれるのはありがたい。だが、推し方なんて人それぞれだろう。なぜ徒党を組みたがるのか。

 楽しいはずのライブ会場での空気は、いつしかギスギスしたものに変わっていった。真琴は何か起きそうで心配だったし、運営にもそれとなく配慮できないかと相談を持ち掛けていた。だが、真琴の懸念はその後見事に的中してしまったのだ。


 

 「ちょっと聞いてくださいよ、まこっちぃ様ぁ! 常識ないヤツいるんですけど!」

 チェキ撮影の後、憤懣やるかたないといったていで訴えてきたのが、例の古参グループたちだった。

 口々に訴える彼女たちの言い分をまとめると、実にくだらないものだった。先日初めてライブを観に来てくれたミユという若い娘と、明後日の真琴のバースデーライブのために準備したプレゼントが自分たちと被った、と言うのだ。

 「ちゃんと、まこっちぃ様のメンカラに合わせたリップなのに、被っちゃったら意味ないじゃん!」「これだからニワカはもう……!」

 いい歳して口々に新参者のファンを非難する彼女たち。自分のファンとはいえ、あまりにも幼く自己中心的な振る舞いに、真琴は唖然とした。そして、その日以来、ライブハウスにミユの姿を見ることはなくなった。



 「映画のオーディション……ですか?」

 カフェというには古臭い、昭和臭のする喫茶店。真琴は企画書と相手の顔を交互に見つめた。

 「うん、主人公のライバル役でね、スケートの経験ある子が欲しいって。で、俺に誰か心当たりないか?ってさ。真琴ちゃん、やったことあるんだって?」

 男はそう言うと、音を立てながらアイスコーヒーを吸った。彼は過去に何度か仕事で関わりのあった広告会社の社員だ。今一つパッとしない風貌で、どこにでもいそうなくたびれたオッさんという感じだが、意外にも仕事は有能。多方面に顔が利くのか、これまでにも何度かメンバーともども広告やイベントの仕事で世話になっていた。この日も「ちょっとお茶でもしないか?」という軽いノリで声をかけてきたのだ。

「経験はあります。でも小学生の頃の話ですよ。父の仕事の関係で北海道の苫小牧市に住んでいて、体育の授業で習っただけです」

 北海道というとスキーの印象が強いが、釧路や十勝、苫小牧のように太平洋側の市町村は、比較的降雪量が少ない。そのため体育の授ではスキーでなくスケートが取り入れられている。

 「いやいや、そりゃ頼もしい。基礎ができているのと、そうでないのでは全然違うからね。どうだろう、受けてみないかい?」

 「映画の撮影って……どのくらい時間をとられるものなんでしょうか? その……アイドルの仕事と両立するかどうか」

 「できるかどうか、じゃなくて、やるかやらないか、じゃないの? もっとも真琴ちゃん、今、アイドルの仕事を続けるかどうか悩んでいるとは思うけどねぇ~」

 「それは……」

 「ま、何なら卒業しちゃう手もあるんだしぃ~」

 とぼけた口調で彼は言う。やっぱりこの人は鋭い。彼が言う通り「七色少女歌劇団」から離れたくなっている自分がいる。その一因として、ファン同士の諍いに嫌気がさしているのも事実だ。

 「オーディション、受けてみます。後のことは受かってから考えればいいんだし」

 「うん、分かった。そんじゃプロデューサーに伝えとくわ。じゃあまた後でね~」

 テーブルの上の伝票をさっと取ると、彼は手をひらひらとさせながら去って行った。

 その瞬間だった。

 ――大丈夫。受かるよ、それ……

 女の声が聞こえた気がした。


 あの声の言う通り、オーディションに合格した真琴は、結局「七色少女歌劇団」を辞めることを決めた。卒業ライブではそれなりにさみしい気もしたのだが、最前線でべそをかきながらペンライトを振っている古参グループを見た途端、どうでもよくなった気がしたのには我ながら呆れてしまった。そして、やはりミユの姿は会場になかった。

 そこからはとにかく多忙だった。映画の撮影はもちろん、スケートや演技のレッスン、他のオーディションなど、目まぐるしい日々が続いた。例の男の紹介で、小規模だがしっかりした事務所に所属も決定。担当のマネージャーは面倒見が良い上に親しみやすい、姉のような存在で頼もしかった。事務所の社長も、温厚でともすればボンヤリした人に見えつつも、真琴に振る仕事には手を抜かず、彼女を丁寧に育ててくれた。

 そして気が付けば、当時とは全く違う世界に身を置くようになったのである。


 小野寺は手首の数珠を何度か触った。彼女の口元が何かを呟き、視線は中空を彷徨っている。ほんの数分だが、無音の状態が続いた。真琴は小野寺を心配そうに見つめるしかできなかった。

「……ふふ、そういう事だったのね」

 小野寺が小さな笑い声をあげ、何度もうなずいた。

「その時の声、ミユさんって言う方に似ていなかったかしら? ええと、ちょっと細くて色白で、大人しそうな雰囲気の方。……髪の毛は焦げ茶色のセミロングで少しウェーブがかかっていて……ああ、左目の下にほくろがあるわね」

 「――!」

 既に忘れかけていた彼女の面影が脳裏をよぎった。見たこともあったこともない彼女の容姿を的確に言い表す小野寺に、真琴は目を大きく見開いたまま頷いた。

 「呪いをかけたの、このミユさんだったのよ……」

 「何で……」

 はにかみながら控えめにほほ笑む彼女と、呪いという言葉のイメージはあまりにも不釣り合いだ。

 「この方……というかこの方の血筋かしらねぇ。いわゆるそっち系なのね。まぁ、わたくしも同類みたいなものだけど」

 小野寺が言う「そっち系」とは、おそらく霊能者ということだろうか。

 「ご先祖が拝み屋さんというか、たぶんそういう仕事を担っていたのかもね。彼女にはその血が色濃く残っている……というか、先祖返りみたいなものね。おそらく後ろにもそういう方々が憑いているみたい。ええと、お茶のお代わりどうかしら?」

 「あ、お願いします」 

 二杯目のお茶を飲みながら、小野寺が経緯を説明する。ミユのルーツにある存在や、彼女についている集団は、あまり高等な霊ではないらしい。どちらかというと狐狸妖怪に近い存在でいわゆる「憑き物筋」に近いそうだ。

 「普段は大人しいのよ。でも自分たちのご主人様がいじめられていると分かると、怒って仕返しをしようとするのね。ミユさんがご主人、背後にいる集団は部下のようなもの……といえば分かるかしら。だから彼らは『ウチのご主人様に何するんだー!』って。それでね、おそらくだけど、このミユさんって方、例の常連さんたちにボロクソに言われたみたいね。あまりにも理不尽だって怒っているのよ、彼女」」

「あ~……そりゃ怒りますよね」

「で、彼女の怒りが呪いを生み出したわけ」

「まぁ、分からなくもないですが……」

 あの常連たちは狭い仲間内でしか通用しないルールに固執して、新規のファンをはじき出そうとしたのだ。自分たちの常識が世間の非常識になっていることを気づいていないか、気づいていても認めようとしていなかった。

 「でも、それがどうして私の呪いにつながるんでしょうか?」

 「ふふ、そこが彼女の賢いところだったのよ。いい? 当時、貴女のことが好きすぎて、贔屓の引き倒しみたいになっていた彼女たちとは、今どうなっているかしら?」

 「そういえば、もうずっと会っていませんね……」

 「なぜだと思う?」

 「そりゃ、あの頃とは状況が違うし……あ!」

 小野寺がうんうんと頷く。

 「そうよね。こう言っちゃあアレだけど、地方都市でライブや握手会やっているローカルアイドルと、色々な賞を受賞した人気急上昇中の女優とでは格が違うわ。貴女はもう、気軽に握手したりチェキを撮ったりできるような、気安く『会いに行ける』ような人間ではなくなってしまったのよ。だから、彼女たちは貴女に会いたくても会えないの。そして貴女がそうなるように仕向けたのが……」

 「ミユさん……なんですね」

 「そう。ねぇ、ちょっと目を瞑ってこれを触ってみて」

 小野寺は自分の数珠を真琴に握らせた。

 目を瞑っているのに、真琴の目の前には奇妙な光景が見えた。まず視界に入ったのが、灰褐色の毛糸玉。その毛糸玉がゆるゆると解けると、その中心部には手を合わせて祈る若い女性――ミユの姿があった。

 ――どうか、どうか、真琴さんが出世して、一般人の手の届かないような大女優になりますように。私にひどいことを言ったあの人たちが会いたくても会えないような、そんな存在になってくれますように……

 ――心得ましてございまする、我が主よ!

 ――主さまの頼み、我らが引き受け申した!

 ――それ、皆のもの、行きますぞえ!

 ミユの祈りに、あちこちから返事が聞こえる。そして、さっきまでふわふわと解けていた毛糸のようなものが、次々と小さなフェレットのような生き物に姿を変えてものすごい勢いで飛び出していった……。

 「……今のは?」

 「五年前のミユさんね。ちゃんと視えたようで良かったわ。どう?これで納得がいったかしら」

 「あの、フェレットみたいな生き物は……?」

 「あれが、ミユさんのしもべ……俗に、管狐くだぎつねとか、飯綱いづなとかって言われる存在」

 とんでもないモノを見せておきながら、にこやかにほほ笑む小野寺に、真琴はただただ頷くしかない。確かにあれはミユだったし、今の自分を振り返れば納得せざるを得ない。

 「これが貴女にかけられた『呪い』の正体。そもそもの動機が恨みから来ているのね。それで私が『呪い』だと思ったのよ」

 「この呪いは、先生でも解けないのですか?」

 「まさかぁ! 言っちゃなんだけど、彼女はたまたまそういう才を持っているけどしょせん素人よ。こっちはプロですもの、この程度の雑魚が祓えないわけないじゃないの」

 小野寺が愉快そうにけらけらと笑う。その笑顔の中に、彼女なりのプライドがあるのも分かる。

 「で、どうする? 解く?」

 「もちろん! ……と言いたいところですが」

 真琴は少しだけ考える。

 「せっかくここまでやってきたのが、もしかしたら無くなっちゃうかもしれないって思うと……。それに……」

 「それに?」

 「呪いって解けたら相手に返って来るって言うじゃないですか? この場合、ミユさんがどうなるのかちょっと心配な気もするんですよね……」

 「そうねぇ……じゃあ、ちょっとだけ細工を施しておきましょうかねぇ」

 小野寺が数珠を繰りながら、中空を凝視する。

「……そのミユさん? 今は海外にいるみたいね。英語が堪能みたいで、映画関連の仕事をしている……というか、修業中の身ってところね」

 小野寺の霊視は海を越えても通じるのだろうか。

 「で、ね。彼女からかけられた呪い、半分だけお返ししましょう。そうすれば、彼女もまた貴女のように出世ができるから」

 そう言うと小野寺は真琴の背後に向かい、手刀を切りながら何かを呟いた。

 「そう遠くない未来、貴女たちは再会できるようになるわ。『あの子』たち、嬉々としてミユさんの許に走って行ったもの」

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