前編
「みなさまご機嫌よう、『スピ☆スピWorld』のお時間でございます」
その口調は柔らかく、かつ上品。しかし声はダミ声で正真正銘男の声である。
ここは都内の撮影スタジオ。ローズ系の色調で整えられた上品な雰囲気のソファとテーブル。背後にはやや暗めの色調のカーテンをかけ、脇には大ぶりな花瓶に花が活けられている。一見すると、お洒落なサロン風のしつらえだ。
席の中央に座っている厚化粧のいかつい大女は、女装タレントのエリカ・ギガントス。オネエキャラかつオカルトや心霊好きという趣味が高じて、スピリチュアルを扱う番組のMCを任されているのだ。
「スピ☆スピWorld」は、動画配信サイトによるトーク番組。毎回エリカが霊能者や占い師、ヒーラーなどスピリチュアル系の人を招き、いろいろな話を聞く。時には芸能人やタレントを招いて、いわゆる霊視や鑑定も行う。
「さて、皆さま。今夜のスピリチュアリストは…霊能者・
エリカの声に合わせて、還暦前後と思われる和服姿の女性が出てきた。霊能者というより、お茶や俳句の先生といった方が違和感なさそうな、ごく普通の地味な中年女だ。手首に巻いている数珠が、かろうじてそれっぽく見えるといった感じだろう。
「あら~、センセ、今日も渋く決めていらっしゃいますのね~。これ、紬?」
エリカが小野寺の着物を見ながら訪ねる。
「はい、これは大島紬っていうの。でもよく見ていらっしゃるのね、さすがエリカさん、お目が高いですね~」
「あらやだぁ~、センセってば。褒めても何も出ないわよぉ~」
そんな調子で軽く笑いを取った後、エリカはスタジオ上手に目を向ける。
「そして本日のスペシャルゲストは! 女優の
拍手と共に現れたのは、すらりと長身の若い女性。アイボリー系のパンツスーツが、彼女のスタイルの良さを強調している。肩の辺りで切りそろえた髪はサラサラしてツヤがある。陶器のような肌に、切れ長の目。アジアンビューティーらしさを強調したメイクが似合っている。
「どうも初めまして~、西川真琴です」
整った顔立ちだが、笑うと愛嬌もある。
「ようこそ~。あらやだ、間近で見るとホント、お綺麗~」
「え~、そんなぁ、照れますねぇ」
「今日はようこそお越しくださいました。西川ちゃん、実はこの番組をよくご覧になっていらっしゃるとか?」
「そうなんです、もう、大好きで! 特に小野寺先生の霊視とかすごいなぁって。だから、前から出たかったんですよ、この番組」
「――とかなんとか言っちゃってぇ~、本当は番宣なんでしょ?ば・ん・せ・ん!」
エリカの「イジり」に真琴は「違いますよぉ~、やーだー」と苦笑する。確かに、番組の終わりに来月公開の彼女の主演映画のPRの時間を設けてはある。ゲストが自分の出演する映画やドラマ、舞台などのPRを設けるのは、どの番組でもよくある話だ。
「ってゆーか! せっかく番宣やるなら小野寺先生に霊視してもらえる番組に出たいじゃないですかぁ!」
「ホラぁ、やっぱり番宣狙いじゃん!」
「いや、だから番組に出たかったのはホントですってばぁ~」
二人のやり取りにスタジオのあちこちから笑い声が聞こえ、霊能者も笑いをかみ殺していた。
女優・西川真琴、二十五歳。埼玉県出身。
高校時代に地元のアイドルグループ「七色少女歌劇団」に所属し、アイドル活動を始める。二十歳でグループを卒業し、以降は本格的に女優としての活動を始める。引退した年に映画「氷上のカナリア」でヒロインのライバル役を好演。翌年は深夜ドラマ「一杯いかが?」に出演し、居酒屋の看板娘役で人気を博す。以降、映画やドラマ、舞台などに多数出演し、女優としてのキャリアを着実に重ねている。
「でも、何といっても大ブレイクはアレよアレ!朝ドラの『ハツ江姉ちゃん』!」
エリカが吠えるように訴えると、小野寺もうんうんとうなずく。
真琴が二十二歳の時に出演した朝ドラ「明日は晴れる」。終戦直後の東京の下町を舞台に、懸命に生き抜いた女性を描いた作品で、真琴はヒロインの姉を演じた。幼い頃に戦争で母を亡くした妹を、年の離れた姉が母代わりになって育てる。だが、不運にも姉は不治の病に侵され、最後まで幼い妹を気遣いながら死んでいく。やがて成長したヒロインは、姉のような人を救いたいと看護師を志す……というのがドラマのあらすじである。ハツ江というのが彼女の役名で、劇中では皆から「ハツ江姉ちゃん」と呼ばれ親しまれていた。
ハツ江が登場したのはドラマの序盤で、子役が演じるヒロインの少女時代だけであった。しかし短い出演期間であったにもかかわらず、その印象は視聴者に強くインパクトを与え、亡くなったシーンが放送されるや否やSNSで「ハツ江ロス」という言葉が散見されたほどである。
「もーアタシ、アレで朝からボロ泣きしたわよ~、ねぇセンセ」
「そうですよね、わたくしもね、子役のお嬢ちゃんがね、ハツ江姉ちゃ~んってお布団に突っ伏すシーン見てね、もう何とも言えなくてねぇ」
これを機に、真琴の知名度は急上昇し、現在に至るわけだ。元ローカルアイドルという肩書も吹き飛ぶくらい、彼女の演技力や魅力は光り輝いているうえに、ぽっと出の芸能人にありがちなSNSの炎上騒ぎや、恋愛騒動とも無縁の日々を送っている。
昨年出演した映画では助演女優賞を獲得し、再来年の大河ドラマでは武田信玄の妻・三条の方を演じることが内定と、まさに行くところ敵なし、順風満帆な日々を送っているのだ。
「さて、そんな西川真琴ちゃんを、これからセンセが鑑定してくださいます。西川ちゃん、心の準備はよろしくって?」
「は、はい。緊張しますけど。小野寺先生、よろしくお願いいたします」
「はい、それじゃ、観ていきましょうね……」
小野寺は手首に二重に巻いていた数珠を外すと、それを手に持ち直して何度かこすり合わせるような動きをした。唇が小さく動き、口の中で何かを唱えているように見える。
と、彼女の動きが止まった。真琴の顔をじっと凝視している。だが、その表情は、エリカもこれまで見たことのないような、困惑したようなものだった。
「これって……呪いなの?」
かすれた声でつぶやいた小野寺の言葉に、その場にいたスタッフまでもが固まった。
「ええとね、心配しないでね。守護霊様たちもちゃんといらっしゃるのよ、貴女には三人の守護霊様が見えるわ。時代も服装もバラバラだけど、貴女を見守っていらっしゃるの。それは間違いないわ。そのうちの一人が言うには『ご飯はちゃんと食べなさい。でも早食いは体に良くない』って仰っているわね」
小野寺の言葉に、真琴もようやく一安心した様子を見せた。
「そういえば、撮影中なんかは合間に何かサッと食べられるものばかり選んでいました」
小野寺も初めて見る何かに困惑したものの、ようやく落ち着いたらしく、ぽつぽつと鑑定結果を話し始める。
「貴女の守護霊も、ちゃんと貴女を見守っていらっしゃるの。それは間違いないわ。でもね……」
首を傾げながら小野寺は続ける。
「貴女がここまで目覚ましい活躍を遂げたのは、私たちのせいではない……って」
「センセ、それって西川ちゃん自身の力で頑張ったってことでしょ?」
「うーん、それはもちろんよ。貴女もすごい頑張っている。けどね、それに輪をかけて、貴女がどんどん出世するように仕向けている人がいるのよ」
「それは誰か、熱心なファンが願を掛けているとかじゃないの? 西川ちゃんが大スターになれますようにってお祈りしているとか」
「そうねぇ……この辺り、ちょっとうまく説明できないんだけどね、願掛けとは別のモノを感じるの。だからわたくしは『呪い』って言葉を口にしちゃったんだけどねぇ……」
小野寺は普段から大げさな物言いをしないことで知られている。どこぞの占い師のように「地獄に落ちるわよ」などと脅すこともないし、鑑定中に分からないことがあれば正直に「分からない」と言う。それゆえに信頼できる霊能者と言われているのだ。
小野寺はそこまで言うと、再び真琴の背後を見つめる。そして何度か頷くと、ようやく安心したように笑みを見せた。
「ひとまず守護霊様たちからのお言葉を伝えるわね。『お前に掛けられたそれは、私たちにも今一つ理解はできないが、お前を害するモノではないことだけは保証する。だから心配するな。万が一そのモノがお前に何かしようとしたときは、私たちが全力で阻止するから、安心して仕事を続けろ』ですって」
「はぁ……」
今一つ腑に落ちない表情を見せる真琴に、エリカがからかいの言葉をかけた。
「あらやだ、消化不良みたいな顔しちゃってェ~。胃薬飲む?」
「やだぁ、もう、エリカさんってば~。あ、でも先生、一つ聞いても良いですか?」
「はい、どうぞ」
「その……先生の仰る『呪い』はいつ頃からかけられているんでしょうか? その、私が生まれたときからかけられているとか?」
「そうねぇ……ええと……そうですか……はい、はい」
再び中空を見つめた小野寺は、真琴の守護霊たちからメッセージを受け取っているように見えた。
「そんなに古くはないって。きっかけは五年前、ちょうどあなたがアイドルを辞めた頃ね」
「五年前……」
真琴は何かを思い出すような表情をしていた。
「こんにちは、真琴さん。きっといらっしゃると思っていたわ」
番組の収録から一週間もしないうちに、真琴は小野寺が住むマンションを訪れた。自宅での小野寺は、ゆったりとしたエスニック風のワンピースを着ていて、結い上げている髪も下ろしている。テレビで見るよりも若々しい雰囲気で、これなら道ですれ違っても「あの霊能者だ」と気づかれにくいのではないだろうか。
「正直、番組ではあまり話したくなかったので」
「でしょうね、わたくしもよ。それにしても、お互いよく時間の都合がついたわね」
「……先生、分かっていらっしゃるんでしょう?」
変装用の帽子とマスクを外しながら、真琴が苦笑する。
「そうね、貴女の後ろの方々が裏で手を回してくださったのよ」
売れっ子の女優と、予約の取りにくい霊能者。互いに多忙で面会の時間など取れないはずなのに、偶然が偶然を呼び、それぞれ仕事にキャンセルが出たり、予定が延期になったりして、互いにまる一日、ぽっかりと空白のようにオフ日が取れたのである。
「やっぱり、キャンセルは守護霊様たちの差し金なんですか?」
「そうよ。わたくしにも『すまないが、今の予約を日延べさせてもらう』って使いをよこしてくださってね。まぁ、とりあえずお茶でも飲みましょう」
「ありがとうございます」
「……つまり、五年前のアイドルを辞めた時の経緯が絡んでいたんですか? それなら私も納得が行きます」
お茶を一口飲むと、真琴はぽつりぽつりと当時のことを話し始めた。
高校時代にオーディションのチラシを見かけ、研修生からスタートしたアイドル修業。その後、十七歳で「七色少女歌劇団」のメンバーの一員としてステージに上がった。平日は学校に通い、夕方からはダンスと歌のレッスン。土日は小さなライブハウスでステージに立つ。グループ名にちなみ、メンバーは七名、それぞれ担当の色を割り振られた。真琴の担当色は紫。
「メンバーカラー、略して『メンカラ』って言うんですよ」
「へぇ~、それぞれ色がねぇ……。何とかレンジャーみたいね」
「あはは、そんな感じですね。衣装もそれに合わせるし」
メンバーの中でも長身だった真琴は、他のメンバーと差をつけるためショートカットでボーイッシュな雰囲気を演出した。そのせいか「七色少女歌劇団」には、真琴目当ての女性ファンも多かった。
「宝塚の男役みたいだったのね、素敵」
小野寺がうっとりした表情でほほ笑む。
「楽しかったんです、本当に……」
小野寺はしばらく黙って真琴を見つめ、頷いた。
「メンバー同士の軋轢もないし、事務所の人もスタッフの人も、みんないい人だったのね。この頃の貴女、既にオーラがとても美しいもの」
真琴が差し出したスマホには、アイドル時代の彼女の画像が残されている。
アイドルグループというと男性ファンが多い傾向にあるが、「七色少女歌劇団」は女性ファンも多く存在していた。メンバーも運営も、将来をしっかり考えていたからこそ、長く継続できるような売り方を考えて行動していたのである。
例えば、地元の商店街が主催する催しなどがあれば、積極的に参加した。地域清掃活動のゴミ拾いにも参加したし、盆踊り大会などのお祭りにも参加した。地域FMのパーソナリティも務めたし、お声がかかれば幼稚園や老人ホームに訪問してパフォーマンスを披露することもあった。そうやって地道な活動を続けた結果、年齢層を問わず幅広い人々から愛されるようになったのだ。
また、メンバーの顔ぶれが正統派の可愛い系から、天然キャラ系、ちょっと色気のあるお姉さん系など、多種多彩だったため、その中から自分に合う「推し」を選びやすかったのも一因だろう。長身でボーイッシュなキャラを売りにした真琴が、女性ファンを多くつかんだのも無理はない。
「けどね、貴女自身にまとわりついているファンのオーラが、ちょっと……ねぇ?」
「はい。私がグループを抜けたのは、古参ファンと新しいファンとの諍いが原因でした」
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