第1話 勇者との偶然。

 あれから何時間経っただろうか。店は繁盛しているが、未だにお得意さんの気配がない。


 そろそろ仕事がなく暇になる。だから、おっちゃんに何か仕事はあるのかと問いかけた。

 しかし、お得意さんが来るまでは何もするなと言われてしまう。

 これではやることはないだろうが。

 本当におっちゃんのお得意さんは訪ねてくるのだろうか。


「おっちゃんこの武器を買うよ」

「まいど。武器の扱いに気を付けろよ?」


「おっちゃん、これいくらだ?」

「二万ぐらいだ。ただその防具と一緒に買うなら、二十パーセントオフだぜ?」

「のった! それも買わせていただくよ」

「まいどー」


 おっちゃんの巧みな声掛けに、周囲は魚のように商売の波にのる。

 さすがの接客術。誰にも敵わない優秀な店主である。


「よし、そろそろ休憩にするか。カルエル、お前さんの稽古つけてやる」

「よろしくお願いします!」


 ようやくだ。俺は相手が準備している間に鞘から剣を抜き出す。

 おっちゃんとの実戦は百回ほどあるが、今のところたった一勝。


 それもそのはず。どうやらおっちゃんはパーティーの司令塔を務めていたらしい。

 だから、アルテアとは何度も会っているらしく、俺はその事実に驚きを隠せなかった。


「おっちゃんも昔はアルテアとタッグを組んだりしたんだぜ? まぁ今では最強の勇者と呼称されているがな」

「じゃあおっちゃんと勇者様が戦ったら勝てないの?」

「そうだな。アイツは世界最強だから、もう敵わないと思うぜ?」


「へー、でも次は俺が勇者の隣になるよ。だから応援して」

「はは、そうか。ならお前には朗報を伝えるとするか」

「朗報? 何かあるの?」


 おっちゃんは首を頷くと、突然腕を引っ張り、店の裏側に立てと言われた。

 そして、目を閉じろと指示された後、俺はそのまま待たされる。


 怖い。一体何があるのか分からない。まさかとは思うが殺されないよね?

 静かな裏地で怯えながらも、おっちゃんの合図まで目を閉じて、指示を待つ。


「いいぞ、入って来い」


 おっちゃんに声を掛けられた俺は裏地から入り、店内に足を進める。

 すると、そこには一人の青年がいた。


「やあ、こんにちは」

「え? あ……」

「どうだ? 驚いたか?」


 そこにいるのは胸の鎧と鞘を挿す端麗な姿。そして、透き通った静かな声。

 もちろん一目見ればわかる。

 そう、彼はアルテア・レイ・ライアー。

 魔王を倒した世界でただ一人の勇者である。

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