第6話 ドレス①

前回までのあらすじを兼ねた登場人物紹介


ノエル:魔人。十代後半。黒髪。普通の人間に混じって生活した期間が長いのでそれなりに学がある。剣術もその頃人間から教わった。成り行き上アリスとドロシーを旅に同行させることに。“深淵アビス”と呼ばれる存在の情報を追っている。


アリス:魔人。十代後半。金髪の長髪。格闘術を教えてくれた師がいるらしい。日課の鍛錬は攻撃衝動の発散も兼ねる。冥王と呼ばれる人物を探している。


ドロシー:ノエルとアリスに助けられた少女。十代半ば。赤毛。弓矢が得意。麓の村に一時置いていかれた格好。


ニコラス:都の騎士協会から派遣されてきた凄腕の騎士。長髪にひげ


テオドール:ニコラスに同行する若き騎士。麓の村に一時置いていかれた格好。


チェール:黒い鎧の魔人。村人に“深淵(アビス)”を探させていた。学はなさそう。ノエルの予測では噂の冥王とは別人。


ケビン:双剣を持った魔人。チェールの仲間。




「ほう、なぜこの男が冥王ではないと思うんだ?」

 崖を下りきったケビンが逆に訊いてくる。これで三対一の構図にはならなくなったが、情報を聞き出すのが優先だ。

「まず集団の頭に向いてそうな奴じゃないのが一つ。もう一つは――」

「なんだとてめえ!」

 激昂するチェールを無視して続ける。

「――その黒い鎧がどう見ても普通の鎧じゃないってことだ。噂になるなら、そのことも込みで語られてるだろ」

魔装態ドレスですね」

 アリスが言った。騎士協会のニコラスもその言葉を知っている様子だ。

 目の前のチェールの全身を包む黒い鎧は、明らかに本物の、金属で作られた鎧ではなかった。板金鎧プレートアーマーにしては身体にフィットした、まるで元々そういう構造の生き物のような流麗なシルエット。そして鎧など着ていないような、鈍重さを感じさせない動き。それらも特異ではある。だがもっと奇妙なのは、鎧の輪郭が靄のように揺らめき、微かに煙のような何かが立ち昇っていることだ。

 これは魔力で作られた鎧だ。

「魔力を物体化して身にまとう、一部の魔人に特有の魔力の使い方――誰が呼んだものか、魔を装うドレス戦闘形態、魔装態。たとえ魔力の弱い人でも、一目見れば普通の鎧じゃないのはわかるはずです」

 魔装態は普通の人間の目にもはっきりと見える。さっき助けた村人の様子からも、チェールの魔装態を見て戸惑っていたのは明らかだ。

「なのに冥王の噂で聞くのはただ黒い鎧という話だけ。おそらく冥王は魔装態ではない本物の鎧を着ているはず」

「その冥王って奴の噂なら我々も聞いてるよ」

 ニコラスがチェールから視線を切らないまま口を開く。どうせ自分たちが魔人だとバレていたならそっちの情報も聞いておけばよかった、とノエルは悔やんだ。

「僕も君らと同意見だ。冥王というのは普段から本物の甲冑を着込んでる酔狂な奴だ。……しかしあれが魔装態か。あのなりで身軽なのも納得だ」

 魔装態の特徴の一つが、ほとんど重さを持たないことだ。どれだけ大きく頑丈な魔装態を作れるかはその魔人の能力によるが、チェールのような全身鎧であっても、身体の動きを制限することはない。重さもないし、硬い金属のようでいて、同時に肉体の一部のように動作に合わせて柔軟に関節部の形状を変える。実物の甲冑のようなデメリットがない魔力の鎧。

「でも、魔装態を全身に展開して、鉄の鎧のような強度を得ることはできないだろう? でなきゃこっちの攻撃をよけないはずだ」

 そう、この男がさっきニコラスの一撃を素早くかわした以上、おそらくこの魔装態は、腕利きの騎士の斬撃が全く通らないほどの強度はない。

「悪くない推理だな、人間。だからお前の相手はこっちだ」

 ケビンが双刀の切っ先をニコラスに向ける。

「そうそう、オレは人間とつるんでるわけのわかんねえ魔人を先に痛めつけてやらねえと……な!」

 一瞬で攻撃態勢になったチェールが、先ほどより更に低い姿勢で飛び込んでくる。剣での迎撃が間に合わないほどに――転がされないよう踏ん張ってタックルを受け止めようと腰を落として迎え撃つ。

「上!」

 アリスの警告の叫びが耳に飛び込むのとほぼ同時にそれは襲ってきた。低いタックルと見せかけての大振りなパンチ。下に意識が向いていたノエルが反応できたのは、それが側頭部を直撃する寸前だった。

 歯を食いしばって耐える――間に合ったのはそれだけだったが、それだけでもまだ僥倖だった。完全に意識外からの一撃なら失神してもおかしくなかった。

 吹っ飛ばされたノエルが立ち上がる前に、チェールが覆い被さってくる。まずい。鎧に包まれた相手に上に乗られたら、もはやこちらが下から殴ったところでびくともしないだろう。

 上から拳が降ってくる。指先まで魔装態に包まれた拳は硬く、防御しても腕にダメージが入る。

 だがそこにアリスが飛び込んできて、再び前蹴りでチェールを蹴り飛ばした。

「魔人ですよ」

 複数形に訂正したアリスも魔人の力を解放している。

「ああ? お前も魔人かよ! どうなってんだ!」

 アリスの額と両頬の紋様を見てチェールが叫ぶ。奴からすれば騎士はともかく魔人が二人も敵として現われるのはなかなか理不尽ではあるだろう。

「すまない、助かった」

「簡単に上に乗られすぎです。タックルで倒されてしまったら、脚を使って相手をコントロールして――」

 アリスが先を続ける前にチェールのタックル――と見せかけた右の大振りのパンチが、今度は彼女に襲いかかった。

 しかしその拳は空を切っていた。上体を大きく反らしたアリスの鼻先を掠め――同時にアリスが突き上げた膝が、チェールの胸部の甲冑に突き刺さっていた。攻防一体の見事な一撃だった。

 更に身体を一回転させながら蹴りを繰り出し、踵を同じ位置にぶち込む。

「うがっ!」

 鎧に罅が入り、その一部がわずかに剥がれ落ちて、チェールの素肌が覗いた。金属とは明らかに違う壊れ方。しかし本物の鎧ほど硬くないとはいえ、膝と踵の二撃で魔装態に穴を開けるとは。

「不用意に攻めるな! その女、かなりの使い手だ。丁寧にじわじわ圧力をかけて組み付け!」

 ケビンが初めて声を荒げてチェールを叱責した。その間も正対したニコラスから視線を外さない。

「掴んでしまえば、お前の鎧を砕くような攻撃はできまい。たまにはこっちの言うことも聞いてくれ!」

「あー……的確に嫌な助言を投げてきましたねー」

 アリスが苦笑する。なるほど、確かに強い打撃を打つにはある程度の空間が必要だ。密着されたら体格の大きいチェールに振り回されるだろう。体格差が関係なくなるほどの魔力差は両者の間にはない。

「……そうか。じわじわと。圧力を」

 呟きながらチェールがアリスににじり寄る。装甲に身を包まれた相手にこれをやられると、アリスからすれば攻撃方法が限られてしまう。先のような前蹴りや膝蹴りや一回転する派手な蹴りは身体の硬い部位を当てるからいいが、拳で硬い甲冑を殴れば自身がダメージを負うだろう。もし魔力で拳を傷つかないほど強化できたとしても、甲冑越しに相手にどれだけダメージを与えられるかといえば心許ない。

「ちょっと待てよ。おまえの相手はこっちにもいるのを忘れんなよ」

 ノエルは剣の柄に手をかけたまま、両者の間に割って入ろうと進み出る。

「いえ、あなたはニコラスの方を気にかけてください。彼の相手はまだ手の内を晒してませんから」

「おいおい、おれたちがあいつを助ける義理なんて――」

「僕も魔人に助けてもらう気はさらさら――」

 同時に口を開いたその刹那、ケビンが動いた。

 刃が大きく湾曲した奇妙な双剣を交互に繰り出し、ニコラスに襲いかかる。だがニコラスも下がりながら一本の剣で巧みに双剣を捌いていく。

 遅れてチェールもアリスの間合いに踏み入る。アリスが脚を大きく上げて前蹴りを放とうとするが、チェールはしっかりその脚を掴む準備が出来ていた。脚をすくわれる――ノエルがそう思った瞬間、アリスの脚が半円を――というより?マークの軌跡を逆に描き、前蹴りかと思われた足先がチェールの側頭部を叩いていた。

「うおっ!」

 立ち位置とタイミングのせいでどちらの攻防にも横入りできず、完全に観客と化してしまっていたノエルが思わず声を上げる。だがチェールは奇妙な軌道の蹴りにも怯まなかった。アリスが蹴り脚を戻す前にその脚を掴むと、前進して彼女を転倒させようとする。

 アリスは片脚を相手の肩に担がれながらも、もう片方の脚で飛び跳ねながらなんとかバランスを取っていたが、服を掴まれてしまいあっさり担ぎ上げられた。

「ヒラヒラした服なんて着てるから! 待ってろ!」

「ノエル! こっちはいいからそっちを!」

 助けに入ろうとしたのを、アリスが制止した。――そっちをと言われても。一瞬振り返ったが、ニコラスはしっかりケビンの連撃を防ぎ切っている。今はアリスの方がまずい状況では。そう思いながら再び視線を戻すと、アリスを抱え上げたまま走り出したチェールが、怪力で彼女の身体を放り投げたところだった。

 宙を舞った彼女の身体の行方には、地面はなかった。アリスの身体があっさりと崖の下に消えていくのが、妙にゆっくりに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アビスドランカー 宮野優 @miyayou220810

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画