第5話 黒鎧②

 怪我人から更に話を聞こうとしたところで追手の気配がした。案の定ニコラスに追いつかれてしまったらしい。

「その人から離れろ」

「だから人間に危害を加える気はねえって言ってるだろ」

「ニコラス、この方が言うには、村の住人は四人の魔人に無理やり山頂へ連れて行かれたそうです。私たちで争うよりも、その人たちを救出するのが騎士として優先すべきことじゃないですか?」

 アリスがノエルとニコラスの間に立って説得を試みる。ニコラスは驚いた顔をしたが、怪我人が何も訂正しないのを見て今の話を信じたらしい。

「なるほど、そうさせてもらうよ。不確定要素の魔人を二人斬った後にね」

「一人で私たち二人を相手にして、その後魔人の集団とも戦う気ですか? それは無茶ですよ」

「無茶も時にはやらなきゃいけないのが騎士なんだよ」

「私たちと手を組みましょう。三人で力を合わせれば、確実に住人を助けられます」

 このままではらちが明かない。ノエルはいい加減うんざりしてきた。

「ああもう、面倒くせえ」

 ノエルは屈み込んで怪我人を抱え上げると、有無を言わさず背負った。

「おい、手を出すな」

「何もしねえよ。とにかくこの怪我人を村まで連れてくぞ。それとも怪我人おぶって自由に動けないおれと行動するのが怖いか?」

 口を開きかけて詰まったニコラスにアリスがたたみかける。

「とにかく一時休戦しましょう。まずこの方を下山させる。私たちがおかしな動きをしたら剣を抜けばいい。私たちもあなたを信用します。村の住人を危険に晒すような戦いはしないって」

「……いいだろう。その人の安全が優先だ」

 とりあえず話が着き、来た道を引き返そうとした矢先に、その気配がした。ノエルは思わず舌打ちした。

「ちっ、次から次へと」

「向こうの方が先にこっちに気づいてますね。魔力探知が得意な人たちみたいです」

 山道を駆け下りてきたのは、二人の魔人。索敵能力は高いようだが、魔力量はノエルたちの方が上だ。

「おっ? まだ村の住人がいた……ってわけじゃなさそうだな。まさか騎士か?」

 ニコラスとノエルが腰に下げた剣でそう判断したらしい。一般人が武装するにしても普通はニコラスのように立派な剣は持っていない。

「人間を使って山狩りをしてるってのは本当か?」

 ノエルが聞き返すと、二人は顔を見合わせて嗜虐的な笑みを浮かべた。

「おい、このガキ質問に質問で返すなんて舐めた真似してくれちゃってるぞ。殺すか?」

「そりゃあ殺すしかねえだろ。見ろよ、いかにも反抗的な面してるじゃねえか」

「そうだな。命令を聞きそうにねえ顔だ。もう一人の男は?」

「騎士かもしれないなら当然殺るだろ。怪我人も山狩りに使えそうにねえから要らねえ。女だけは殺すなよ」

「当然。もったいなくて殺せるわけねえよ」

 下卑た笑みの二人と対照的にしかめ面になったアリスが正面から視線を外さずに問う。

「ニコラス、一時共闘で構いませんね? 今なら三対二です」

「……おかしな真似をすれば容赦なく斬るよ? いいね?」

「勝手にしな。おい、下ろすぞ」

 背中の怪我人に声をかけてその場に下ろすが、すぐには魔人の力を解放しない。ただの人間だと油断させた方が有利だ。

 無警戒に正面から突っ込んでくる二人。ノエルはアリスの前に立ち塞がるように一歩進み出て迎撃する。もう一人の敵にはニコラスが正対する。これで位置関係的にニコラスはアリスに斬りかかれない。手ぶらのアリスよりはノエルの方が斬撃に対応できる。これだけ魔人に敵意を燃やすニコラスなら乱戦の最中隙を見てノエルとアリスを始末しようとしてくることも考えられる。

 クソっ、余計なことに気を回しながら戦うのは面倒だな――と思ったが、相手の魔人が繰り出した一撃で、その不安が杞憂だったことがわかった。手にした鉈――こいつ自身も山の中を伐開しながら“深淵アビス”を探そうとしていたのか――を力任せに叩きつけてきたが、隙だらけだ。

 ノエルは鞘ごと長剣を下から上に振るう。狙いは相手の刃ではなくその下――柄を握った手。指の骨が折れる音と悲鳴。その残滓が山にこだましている間に、剣を手放したノエルの拳が相手の腹部にめり込んだ。たまらず上体を屈めて後ずさりした相手を追うように一歩踏み込むと、ふくらはぎ目がけて真横から思い切り蹴り込む。膝から崩れ落ちそうになったところに更にもう一発。立っていられなくなった相手が倒れ込む。

「こんな感じで合ってるか?」

 振り返らず声を張ってアリスに聞く。

「当てる箇所はそこでいいですけど、立ち位置は相手の正面から少しずれた方が反撃をもらいにくいですよー」

「なるほどな」

 その間ももちろん視界からニコラスの姿は外さない。こちらも既に決着はついていた。刃渡りの長い鉈を激しく何度も叩きつけてくる相手――ノエルの相手より素早く力強い――に対して受けに回っていたが、間合いが詰まって密着しそうになると、手首を返して剣の柄頭で相手の顎をはね除け、相手が怯んだ一瞬で袈裟斬りにした。器用な奴だ。

 大量に出血して倒れ伏した魔人を見下ろし、ニコラスが告げる。

「その傷じゃ魔人でも助からない。楽にしてやるから、残りの仲間の人数と君らの狙いを話すんだ」

「あ……う……お、俺たちは四人。……深淵を探しに、村の人間共を使おうと……」

 瀕死の魔人が息も絶え絶えに吐いた情報は村人の語っていたものと同じだ。嘘ではなそうだ。

「そうか。最期に言い残すことがあれば聞こう」

「……くたばれ」

 ニコラスが瞬時に足下の魔人の首をはねた。躊躇のない流れるような太刀筋だった。

「さて、そっちの君の遺言は?」

 続けてもう一人の方にも切っ先を向ける。

「待てよ。もう勝負はついた。何も殺すことはねえだろ」

「村の住人を強制労働させるような奴を野放しにしろと? 生かしておけばまた人間に害を為す」

「待った! 言い争いしてる場合じゃなさそうですよ」

 アリスの制止がなくても、ノエルもニコラスもすぐに気づいただろう。――新手が近づいている。

 そいつらが現われたのは崖の上だった。

 野山をかき分けてくるには難儀しそうな、頭から脚まで全身に黒い鎧をまとった顔の見えない男。

 刃が大きく湾曲した奇妙な剣を両手に一本ずつ携えている、長髪のしかめ面の男。

「デカい魔力に誘われて来てみりゃあ……てめえら! 何あっさりやられてやがるんだ!」

 鎧の男が怒鳴り声を上げると、倒れた魔人が慌てふためいた様子で弁解した。

「す、すまねえチェール! こいつらただの騎士じゃねえんだ! 一人は魔人だ」

「ああ? なんで魔人がクソ騎士と一緒にいるんだ?」

 チェールと呼ばれた男はそう叫ぶと――躊躇なく崖を飛び下りた。

「なっ!?」

 足場などほとんどない崖を転がるように、全身を打ち付けるように下りて――いやむしろ落ちてきた。鎧を着ているとはいえ、村人が骨折した崖をこんな無茶なやり方で――むしろ鎧の重量でよりひどい有様になりそうだが……

 チェールは転がり落ちてきた勢いでそのままノエルたちの近くまで転がってくると、急に立ち上がって突進してきた。

「うお!?」

 問答無用の高速タックルに反応が遅れた。剣での迎撃は間に合わない。鎧の肩を打ち付けてきたのを鞘で受け止めるが、体格差もあって軽々と吹っ飛ばされる。

 ノエルが体勢を立て直す前に、既にニコラスが動いていた。鎧に向かって横薙ぎの一閃――だが重装備とは思えない身のこなしで、鎧の男は後ろに跳んでそれをかわす。

 しかしそこはアリスの間合いだった。前蹴りで――いつの間にスカートの裾のボタンを外して脚が自由に動くようにしていた――着地寸前の鎧の背中を蹴り飛ばす。しかしアリスは追撃することなくそこから飛び退いた。わずかな足場になりそうな箇所を飛び跳ねながら器用に崖から下りてきていたもう一人の魔人が、片方の剣を投擲してきたからだ。

 ――こいつら、二人で組んで戦い慣れていそうだ。全く。さっきニコラスが言っていた「魔人には戦う技術なんてない」という話は本当に何だったのか。

「ナイスアシストだぜ、ケビン! 仲間ってのはこうじゃねえとな」

 チェールは拾った剣をケビンに向かって放り投げた。奴が崖を下りきる前、今この瞬間なら三対一でたたみかけることもできるだろうか? だがノエルには奴らに聞きたいことがあった。

「あんたら、下の村の人間を拉致して“深淵アビス”を探させてたらしいな」

「それがどうした」

「どうやって見つけるつもりだったんだ? 深淵ってのは魔力の塊なんだろ? 近くにいれば感知できるんだろうが、広い山の中を適当に歩き回らせる気か?」

「はっ、これだから自分で考えねえ奴はよ。いいか、特別にオレ様が考えた賢い方法を教えてやる」

 チェールは崖の上を指差した。

「村の人間たちを全員山のてっぺんに集めんだよ。それでな、全員を別々の方角に真っ直ぐ進ませて、山を下りさせる。四十人もいるからな、これで隙間なく山ん中全部を探せるってわけだ」

「……ん?」

 あまりにも自信たっぷりに語るので一瞬納得しかけたが、どう考えてもおかしな理屈だ。

「いや、そうはならんだろ。頂上近くなら村人同士の距離が近くても、下に行くにつれて互いの距離が離れてく。ふもとの辺りじゃもう全然探せてない所ばかりになるぜ」

 視界の端でニコラスとアリスがこくこくと頷いた。目の前のチェールは全身鎧で表情さえ見えないが、わかってくれていないことだけはわかった。

「ええと……この小さい円が山頂付近としてだな」

 ノエルは土が露出している地面を選び、剣の鞘を使ってチェールからなんとか見えそうなくらいの小さな円を描いた。更にそれを囲むようにずっと大きな円を描く。

「この大きい円は、山が平らに近づく麓の部分だ。で、これが村人の進む道」

 頂上から麓まで真っ直ぐ一本の線を引く。村人は四十人いたとのことなので、等分すれば隣の村人の進路とは九度差になるわけだが、わかりやすさを優先して適当に二十度くらいの角度になるよう、もう一本直線を引く。

「なっ? 頂上ではすぐ隣にいても、下りていくうちに隣の奴との距離が離れるだろ?」

 チェールはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると仲間の方を見た。

「ケビン、お前こうなるってわかってたのか」

 矛先を向けられると、ケビンはノエルの位置からでもそれとわかるほど大きくため息を吐いた。

「こっちがそう言っても、お前は聞かないだろう」

 黙り込んだチェールに、ノエルが付け加える。

「大体山を真っ直ぐ下りるなんてことが土台無理な話だろ。崖もあれば川もあるのに。そんな馬鹿げた捜索に女子供まで動員したのか?」

 鎧で顔は見えないが、理不尽な怒りによって睨み付けられたのはわかった。

「……よくも虚仮にしてくれたな。その減らず口は永久に黙らせる」

 今の時間は一体何だったんだろう、という空しさに襲われながらノエルは気を取り直す。

「その前にもう一つ聞かせてくれや。魔人の集団を束ねてる黒い鎧の冥王ってのは、あんたのことじゃないんだろ?」

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