第4話 アビス②

「それでその深淵アビスが出没したってのはどこなんだ?」

「北に向かった先の二つ目の村の近くだよ。小さな山のふもとにある村なんだが、その山の奥で見かけたらしい」

「ああ、さっき今日中には辿り着けるとか言ってた……」

 ノエルはちらりとアリスに視線をやる。――どうする? 都を目指すならそこでこの二人と別れて先に進めるし、そうなれば魔人であることがバレないかという心配もせずに済む。

 だが深淵について探るなら、二人の騎士について行って捜索を手伝うという手もある。

 どちらにせよこいつらから離れない限り相談することもできない。とりあえず二つ先の村までは五人で一緒に行くことになってしまい、食後の休憩もそこそこに出発した。

「山の中でその深淵をどうやって探すんだ? 魔力の塊ってことならある程度近づけば探知はできるんだろうが」

 ノエルは改めてニコラスの歩く様を観察する。この男は熊を背負っているときですら腰の剣だけはテオドールに預けていなかったが、今もまるで隙がない。

「気長に山狩りするしかないねえ。幸いと言っていいかわからないが、ちょうどその山に関しては幻獣の目撃情報もあってね。幻獣討伐しながら歩き回るさ」

「幻獣? 安全なのか、その村?」

「見たっていうのは人里離れた山中だからね。魔人三人の方が優先事項ってことで先にこっちに来たんだが、君らのおかげで手間が省けたよ」

「あのー、その幻獣って、話には聞いたことあるけど、周りで見たことある人がいなかったから、実はよくわかってなくて……」

 ドロシーが遠慮がちに聞いた。彼女が住んでいた村の規模だと、詳しく語れる者がいなくても無理はない。

「まあ実際に見た人の方が少ないよね。遠くから発見できたならともかく、近くで見た人は大体死んじゃうしね、騎士でもないと。テオ、説明してあげて」

「ご存じのとおり、我々騎士は人類に仇なす存在を武力をもって討伐するのが仕事です。元々は各地のコミュニティでそうした能力に秀でて、そういう仕事を請け負うようになった者たちが交流し、やがて騎士を名乗るようになったのが始まりと言われています」

 それまで言葉少なだったテオドールが、聡明さを伺わせる流暢な様子で語り出した。

「我々が対処する人類の脅威は主に二つ。厳密には今朝ニッキーが退治した熊のような野生の獣も、太古の魔法を失ってしまった今の人類にとっては侮れない危険ですが、ああいう野生動物は人類にとって明確な敵とは言えないので除外します」

 背負った荷物の肩紐から手を離し、人差し指を立てる。

「一つは魔人。奴らは一見すると普通の人間と変わりませんが、常人より攻撃衝動が飛び抜けて強い傾向にあり、感情が昂ぶると顔や身体に固有の紋様が浮かび上がります。そしてこの状態になると、人間として誰もが持つ魔力とは別に、『魔人の魔力』とでも言うべきものが確認できるようになります」

「この魔人特有の、普段は感知されない魔力。これが厄介なんだ。おかげでぼくらには、衝動を抑えて人に紛れてる魔人を見つける術がない」

 そう、ノエルもアリスも、魔人の力を抑えた状態では常人と変わらない魔力――精々平均的なそれの一・五倍程度の強さしかない。少なくとも平均の三倍を超える魔力があるニコラスから見れば凡人の範疇だろう。

「魔人が発生する原因は謎ですが、魔人としての力が目覚めるのは幼少期の、ある程度複雑な感情を獲得する年齢になってからというのが定説です。大抵は何かをきっかけに攻撃衝動を暴発させ、コミュニティで事件を起こし、魔人であることが発覚する。魔人として生まれつく者に共通点はなく、親の血筋やましてや育て方のせいでもありません。ただ不運としか言いようがない。まあそれでも親や環境のせいにしようとする人が後を絶ちませんが……」

「これはみやこの大学舎で学んだ知識人の友人が言ってたんだがね。人間の心理として、人に降りかかる不幸や災厄には何らかの原因があってほしい、ただの不運や偶然であってほしくはないと思ってしまう傾向が誰しもにあるらしくてね。魔人の発生にそうやってわかりやすい原因を求めてしまうのも、無理ないのかもね」

 ニコラスが補足する。まあなんとなくわかるような気はする話だ。

 テオドールが人差し指に次いで中指を立てて続ける。

「そしてもう一つの脅威が幻獣。こいつらは一見普通の生物にも見えますが、中身は全くの別物。人類がかつて魔法で生み出した人工生物と言われています。種類も多くて生態のほとんどは謎ですが、その多くが人間と遭遇すると攻撃行動を取ること、普通の野生動物と違い魔力を感知する能力が高く、おそらく魔力によって身体能力が増強されていることが知られています」

 幻獣の厄介なところはそこだ。魔力感知に優れるということは殺気に敏感ということでもある。おまけに幻獣はそこらの獣より賢い。飛び道具に反応するから、遠くから矢で射殺すことができない。排除しようと思えば正面から倒すよりほかない。

「我々騎士協会では発見された幻獣をランク分けしてます。単体では野生の大型肉食獣以下の脅威しかない、一般人でも対処できる低級幻獣。大型肉食獣や、それこそ魔人とも同程度以上の戦力を持った、最も種類が多い中級幻獣。そして――騎士にも基本的に対処できない、逃げる以外の手段がほぼない災害のような存在――高位幻獣」

 放浪生活も長くなるノエルは下級と中級の幻獣には遭遇したことがあるが、高位幻獣だけはお目にかかったことがない。

 人間には手が届かないと言われる絶対強者――だがだからこそ、単騎で仕留めれば最強の騎士の証明になるとも言われる存在。

「時に君らは幻獣と出くわしたことは?」

 ニコラスが聞いてくる。さて、どう答えたものか。自分たちの実力を推し量るための材料はあまり与えたくないが……とはいえノエルは一人で魔人三人を倒したことになっているし、これ以上嘘を重ねるといよいよボロが出そうだ。

「下級は何度か。中級は一度、飛竜ワイバーンってる。あんたは?」

「下級は覚えてないねー。中級は、ぼくも飛竜と、あとオウガを経験済みだ。鬼は二人がかりで討伐したが、本当に生きた心地がしなかったな」

 この男の隙のない物腰、平気で熊を背負って山を下りる身体能力を思えばはったりではないだろう。

「鬼を殺せる騎士協会が危険視する程度には、深淵ってのは危ない代物ってことか」

「そうです。我々はこの深淵を第三の脅威サード・スレットと呼び、その実態を調査しています」

 テオドールがそう言ったが、よく考えてみるとそれは奇妙な話に思える。確認されている被害が怪我人一人というのが本当なら、現時点でそこまで騎士たちが警戒するだろうか? やはり騎士協会は今明かした以上の情報を持っていると見るのが自然か。

 そんなことを話しているうちに次の集落に着き、小休止の後すぐに目的地へ向かう。以降は取り留めのない雑談が続く程度で、深淵についてそれ以上自然に探りを入れることはできなかった。



 和気藹々としていた空気に緊張が走ったのは、目的の村に足を踏み入れたときだった。

 村が、もぬけの殻だった。近づいても人間の魔力を感じないとは思っていたが、外に誰もいないだけでなく、屋内にも人間の気配がまるでない。

「……あんたら、ここを通ってきたんだよな?」

「一昨日通り過ぎたときは住人がいたんだが……」

 ニコラスは異変を探すように辺りを見回すと、ため息をついた。

「ドロシー、テオと一緒に家を一軒ずつ見てもらってもいいかな? 住人が隠れてるもしれない」

「隠れるって……何から?」

「わからない……ただ君も狩りをするならわかるだろ? 人間息を潜めれば自然と魔力の漏出も減って、探知に引っかかりにくくなるもんだ。探すには勝手に家に入って見て回るしかない。大丈夫、危険はないよ。この子は若いが腕は立つ」

 そう言ってテオドールの肩を叩く。

「ええ、心配ありませんよ、ドロシー。僕らで村の人を探して事情を聞きましょう」

 そう言って先立って近くの民家に向かう。ドロシーも釈然としない表情ながらついて行く。

 ニコラスはそれを黙って見送っている。なぜ子供二人を別行動させて突っ立っている?

「さて、この村で何が起こったにしろ……不確定要素は今のうちに排除しておくべきだろうね」

 ――殺気がノエルを刺し貫いた。

 ニコラスの抜き払った白刃が閃き、ノエルの首筋目がけて伸びたのは、それとほぼ同時だった。

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