第4話 アビス①

「やあ、今日は熊鍋にしようか? それとも焼き肉?」

 村人に頼まれて仕留めたらしい熊を背負った、長髪に無精髭の男がにこやかに聞いてきた。どうやらノエルたち三人をこの村の住人だと思っているようだ。

「あっ、えーと……わたしたちこの村の者じゃなくて……」

「そうなの? 旅の人か。どこから来たの?」

「……隣村です。南の」

 ドロシーは一瞬だけ逡巡したが、結局正直に話すことにしたらしい。嘘をついてもこの騎士たちが村に戻ってドロシーのことを聞いたらすぐにばれる。怪しまれて追いかけてこられる方がまずいから、この判断は正解だろう。

「そうなんだ。ぼくらちょうどそっちの方に行く予定でね。魔人をやっつけに行くんだけど、もしかして聞いたことないかな? 三人組の魔人で、一人は大男で一人は小男らしいんだけど」

 ドロシーが隣のアリスと顔を見合わせ、ノエルの方を振り返った(彼は先頭を歩くとつい早足になってドロシーを置き去りにしてしまうので、二人の後ろを歩くようにしていた)。中途半端に嘘をつくと墓穴を掘るだけだろう。ノエルは頷いて後を引き取る。

「その三人ならおれたちが倒した」

「というかほとんど彼が一人で倒してます」

 アリスが付け加える。一度ついてしまった嘘はこうして突き通すしかなくなるというわけだ。

「君が? 騎士にしては若いなあ」

「いや、おれは騎士じゃなくて、ちょっと剣の心得があるだけだが……」

「ちょっと? 魔人三人を相手にできてそれはないだろう。名のある騎士に師事したんじゃないか?」

 この騎士の推測は正しい。ノエルが剣を教わった相手はみやこでも名の通った騎士で、町の子供たちはみんな彼に剣を教わっていたものだ。

 だが彼の教え子の一人が魔人だったという事件は、おそらく噂として広まっている。この騎士がそれを知っていれば、目の前にいるノエルこそがその魔人だと疑ってくるかもしれない。

「いや、師匠は剣の腕は確かだったが、騎士協会には入ってなかったよ」

 だからここは嘘を重ねるしかない。

「へえ、それはもったいないな……君は協会に興味ない? うちは腕の立つ人間はいつでも大歓迎だよ」

「あー……ちょっと考えてみるかな。さて、先を急ぐからおれたちはそろそろ行くよ」

 ノエルが適当に会話を切り上げにかかる。ぼろが出る前に早くこの騎士から離れたい。

「まあ待ちなよ。ぼくらも方向は同じさ。この熊を解体して味見したら出ようと思ってたところだ。一緒に行かないか? 次の村もその次の村も近いから、出発が遅れても野宿になったりはしないよ」

「……あんたらは都まで戻るのか?」

「いや、残念ながらまだ仕事が残ってる。途中の集落で探し物をね」

「ニッキー、それ以上は部外者には……」

 それまで黙っていた線の細い少年が口を挟んだ。聞いていたとおり随分若い。ノエルよりも下、ドロシーと同じくらいの歳だろう。

「テオ、そう固いこと言うなよ。こうやって旅人から情報収集するのも大事だぜ。――おっと、申し遅れたね。ぼくはニコラス。ニッキーと呼んでくれ。この子はテオドール。都の協会から派遣されてきた騎士だ」

 こちらも名乗らざるを得ない流れになってしまった。まあ黒髪の男に金髪の女に赤毛の少女ときたら、親類縁者の旅とは思われていないはずだ。なんなら既に怪しい一団だと目を付けられていてもおかしくない。

「わたしはドロシーっていいます。えーと……昔から一度都を見てみたいと思ってまして。この二人が都の方に旅をしてると聞いて、途中まででもご一緒させてもらおうかと……。こんな機会でもないとなかなか都までなんて行けないから……」

 随分べらべらと事情を話すなと驚いたが、すぐに思い直す。これは時間稼ぎだ。こうして話している間に、騎士に怪しまれない自己紹介を考えろというドロシーの気遣いだ。

「私はアリスと申します。旅の途中でこちらのノエルと出会って意気投合しまして、一緒に都を目指してるんです」

 昨日偶然出会ったくだりは説明しない方がよさそうだ。細部を語るほどに嘘がばれやすくなる気がする。

「へー、もしかして二人はそういう関係?」

「ふふっ、どうでしょう。ご想像にお任せします」

 ――いや、そこははっきり否定しろよ。次々に嘘を重ねるせいで、もはや設定を覚えきれなくなりそうだ。

「あー、まあ他人にぺらぺら話すことじゃねえからさ、わかるだろ?」

 やむなくノエルも調子を合わせる。この騎士二人と別れたらしっかり文句を言ってやらねば。

「野暮なことを聞いちまったようだね、失礼」

「いいんだ。それより探し物っていうのは?」

 ノエルは何とか会話の内容を軌道修正しようと試みた。

「ああ、君らも聞いたことないかな? “深淵アビス”って呼ばれてる存在のことを」

「――その話、詳しく聞かせてもらえますか?」

 アリスが真剣な表情で食いついた。口には出さずともノエルも同じ思いだった。

 深淵――正にそれの情報を求めて、ノエルも都を目指していたのだ。



「うん、いい味だ。我ながら仕留めた後の処理がよかった。グロいものを見せちゃって、テオにはかわいそうなことをしたけどね」

「いえ、僕も慣れていかなきゃいけませんから……情けないところを見せてしまいすみません」

 狩りで仕留めた獣はすぐに内臓を抜き取らないと味が落ちるという話はよく聞く。だが獲物の解体というのは初めて目にするとなかなか残酷に見えるものだ。この歳まで見たことがないというのは都の若者らしいなとノエルは思った。

 急いで出てきたばかりの村に引き返すことになり、よりによって騎士と熊鍋を囲むことになるとは思わなかった。周りでは村中の人間が集まり、このニコラスという騎士が気前よくくれてやった熊肉を煮たり焼いたりして、ちょっとした祭りの様相を呈している。

「内蔵抜くのはねー、最初はキツいよね。どう? 君らは熊肉は初めて?」

「私は二度目ですね。でも前に食べたときよりずっと美味しいです」

「おれは熊は初めて食うが、こいつは美味いな。ミソも久しぶりだ」

「泥みたいな見た目だから驚いたけど、これ本当に美味しいね。さすが都って何でもあるんだ」

 アリスもノエルもドロシーも、素直に鍋の味を賞賛した。昨夜のただ解体して焼いただけの鳥とはまるで違う。

「ニッキーは剣だけじゃなく、料理の腕も一流なんですよ」

 テオドールがまるで自分のことのように自慢げに言う。

「騎士は仕留めた獲物をその場で食うことも多いが、ぼくに言わせりゃみんなもっと調理の仕方を工夫すべきだよ。なるべく美味しくいただいてこそ、奪った命に敬意を払えるというものさ」

「肉食獣は特に上手く処理をしないと、臭みが強く出てしまいますからね」

「おっ、わかってるね。解体する前の、仕留め方の時点で工夫が要るんだ。例えば消化器を傷つけてしまうと、胃や腸の内容物の臭いが肉についてしまって味が酷くなる。だから狩るときは、腹に剣を突き刺さないように気をつける」

 簡単に言ってのけているが、これは高度な剣技の為せる業だ。剣一本で熊を屠るのに、倒し方を選ぶ余裕まであるということだから。

「なるほど。本来致命傷を負わせやすいはずの腹部をあえて避けて攻撃しないといけないなんて大変ですね」

「ただでさえ熊って生き物は毛皮と分厚い脂肪で斬撃が通りにくいからね。けどまあ、心臓を突き刺せば殺すのは難しくない。君は狩りはするのかな?」

「旅の途中の食料調達に少し。でも私たちの中で一番狩りが上手いのはドロシーですよ。昨日も遠くの鳥を見事に射落としてましたから」

 アリスに褒められ、ドロシーが得意げな顔で背負った弓を掲げる。ニコラスが拍手し、テオドールも控えめに微笑みながら手を叩く。

 だがこうして平和に鍋を囲みながらも、ノエルはこのニコラスという男に対して気を抜けずにいた。まずそもそもこの騎士は魔力の強さが常人離れしている。

「それにしても驚いちゃった。だってあなたの魔力、あの三人の魔人より上なんだもの」

 ちょうどドロシーがそれを話題に出した。魔人を超える魔力を持った人間をおそらく初めて見たのだろう。

 これほどの使い手なら、熟練の騎士の勘でノエルたちが魔人であると気づいてしまうことはないだろうか? へらへら軽薄な笑みを浮かべている目の前の男がいつ斬りかかってきても対処できるよう、ノエルは自分とアリスが座る位置関係、そして傍らの長剣の置き場所にまで注意を払っていた。

「まあかなり鍛えてるからね。ただ魔力量で劣ってたとしても、野蛮で力の使い方も知らない魔人如きに遅れを取る気はないけどね」

「魔人というのは、戦いの技術を持たないものでしょうか?」

 アリスが小首を傾げて訊く。つい昨日三人の魔人を格闘の技術で半殺しにしたとは思えない白々しさだ。

「幼少時に始末されるはずのところを逃げおおせて、森で獣同然に暮らしてる連中だからね。ぼくは今まで四人魔人を始末してきたが、技と呼べるほどのものを持ってた奴はいないよ。野生の研ぎ澄まされた本能を持っている分だけ、獣の方が手強いと感じたくらいさ」

「魔人にも個体差はあるんでしょうが、実際さっきニッキーが仕留めた熊の方がよっぽど手強そうですね」

 テオドールが追従するように付け足す。

「ああ、本当に野生の獣はいいね。人が食われることはあっても、それはお互い様。人の方が殺めればこうして血肉にできるし毛皮も利用できる。それに比べて魔人ってやつは最悪だ。破壊以外何ももたらさない。ぶっ殺しても何も得るものがない」

 ノエルは横目でそっとアリスを見る。穏やかな微笑で平静を保てている。自分は感情が表情に出ていないだろうか。

「そういえばさっき言ってた深淵アビスって、何のことなの? 単に深い穴って意味じゃないよね?」

 ドロシーが上手く話題を逸らす。いや、むしろこれが聞きたくて鍋を囲んでいたので、軌道修正してくれたと言うべきだが。

「……詳しいことはわからないが、それはらしい。だが何か強力な魔力を持った生き物なのかというと、どうもはっきりしない。目撃証言によると、黒い球体だったり、円錐を横に倒したような形だったりする。君らはウニってわかるかな? 浜辺にいる生き物なんだが」

「生憎海を見たことはないが、知ってはいるよ。黒いトゲトゲが全方向に伸びてる、丸い殻に覆われた生き物だろ。割って中身を食うと大層美味いとか」

 ノエルが答える。アリスとドロシーは知らない様子だ。

「そう、そのウニだ。あれは大体掌サイズの大きさなんだが。深淵はそのウニを人間サイズにしたような形だったという目撃情報もある。それが地面に転がってるんじゃなく、空中にフワフワ浮かんでるんだと」

「そりゃあ……空中に浮かんでる時点で生き物じゃねえんじゃねえか。その大きさで重さを感じない挙動は、生物じゃありえねえだろ」

「ところがこいつの動きには何らかの意思が感じられるそうだ。目撃者の一人は、こいつが伸ばした棘に腕を貫かれてる。幸い太い血管を逸れてて命に別状はなかったが」

「棘が伸びる? 生き物の身体はそんな急に伸びるもんじゃないだろ。いよいよ化物じみてるな」

「とにかく人間に攻撃してくる存在なのは間違いないようだから、騎士協会でも調査の対象にしようってわけ」

 しかしここまでの情報は、ほとんどノエルも知っているものだった。伸びる棘で攻撃してくるというのは初耳だったが。

 そしてノエルが知る深淵の噂には、今ニコラスが語らなかったものもある。都の騎士が知らなかったとは思えないから、知った上で伏せているのだろう。

 ――深淵は、触れた魔人に大いなる力を与える。そういう噂が魔人たちの間で真しやかに囁かれているようなのだ。

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