第3話 攻撃衝動①
「冷静に考えると村で一泊しておくべきでしたねえ」
木漏れ日が朝の森の空気をわずかに暖め出す中、寝袋から出てきたアリスがそうぼやく。
寝起きのせいか、ほどいた金髪が爆発していて、ふわふわと掴み所のない印象が余計に増している。昨日この女が魔人三人をあっさり倒したのが夢だったように思えてくる。
「いや、あの流れから『魔人は追い払ったんで、私たちも魔人だけど一日泊めてください』とはならんだろ……」
「そこを気にせず押し通してもよかったかなと思うんですよ」
その場合ノエルは一足先に村を去っただろうが、もしやそれを見越してアリスは先んじて村を出てくれたのだろうか。いや、それは考えすぎか。
「うーん、おはよう……」
アリスの寝袋からドロシーも顔を出す。
「おはようございます。よく眠れました?」
「うん、ぐっすり眠れた……意外なくらい……アリスと寝てると、なんだかお母さんと寝てるみたいで落ち着く」
「え~、私とドロシー、ほとんど歳は変わりませんよ~」
すっかり打ち解けた二人を尻目に、ノエルは寝袋を畳んで荷物に収める。
昨晩追いかけてきたドロシーは、アリスとノエルの旅に同行して都まで行きたいと懇願した。
「助けてくれたのに、お礼をちゃんと言えなかったから……」
息を切らしながらドロシーはそう言った。
「それだけ言いに来たにしては、随分大荷物のようだが」
指摘すると、ドロシーは息を整えて頭を下げた。
「こんなことを頼むのは図々しいと思うけど……お願い、わたしを都まで一緒に連れて行って。足手まといにならないようにするから」
ノエルはアリスと顔を見合わせた。村人が自分を助けてくれなかったから、村を出たくなったのだろうか。
「ドロシー、村の人たちがあなたを守るのを諦めそうになったこと、失望するのはわかります。都に行って広い世界を見たい気持ちもわかる気はします。でも私たちの旅について来るのは、とても危険ですよ」
アリスは真剣な面持ちで諭す。彼女の言うとおり、軽い気持ちで来る気ならよした方がいい。
「私は冥王と呼ばれてる人物を探してます。どこかで目撃情報を掴んだら、都に行くより優先してそっちに向かわなきゃいけません。都まであなたを送り届けられるかもわかりません」
「それでもいい。危ない目に遭う覚悟はできてる。どうせあなたたちが助けてくれなかったら、どうなってたかわからない命だもん」
「せっかく助かった命を粗末にすることもねえんじゃねえか」
ノエルも口を挟んだ。
「それに一時の自棄で故郷を捨てて、後悔しても知らねえぞ」
「今出て行くのを諦める方が、きっと後悔する。考えたの。これから先、わたしを差し出そうとしたみんなと暮らすこと。罪悪感で気まずくなってる村の人と、何もなかったみたいに以前と同じように過ごすこと。そんなの、絶対息が詰まる。嫌になって村を出たくなるに決まってる。それなら今――」
「いい護衛がちょうど二人もいる今、一緒に行くのが得策って考えたわけだ」
なかなか強かな奴だ。ノエルはその計算高さにむしろ好感を抱いた。ドロシーは一瞬言葉に詰まったようだが、すぐに開き直る。
「そう、あなたたちと一緒に行ける今が一番のチャンスなの! だからお願い、一緒に連れてって! 役に立つのを見せるから」
ドロシーはノエルたちの背後に視線を向けながら、背負っていた弓を手に取った。素早く矢をつがえると、斜め上方に向けて射る。
振り返ると、木々の枝の間を小型の鳥が落下するところだった。
野生の動物は魔力による殺気探知が――少なくとも人間ほどには――できないとされている。魔人にはよけられる弓矢も、動物を狩るには当然有効だ。
「なるほど、これはおれにはできないな。あんたは?」
アリスに聞くと、首を横に振って微笑んだ。
「私も飛び道具はまるでダメです。さっきの魔人みたいな投石も」
「狩人のおかげで手軽に肉が食えるなら、おれは歓迎だ」
「――そうですね。ここまでされたら、もう来るなとは言えませんね」
そうして三人の旅が始まった。
三人の初めての共同作業は森で火を
その日はそのまま火の近くで休むことにした。ドロシーが持ってきた寝具が毛皮ですらないただの大きな布だったので、綿入りの大きい寝袋を持っていたアリスがドロシーを一緒に入れてやった。
しかし立派な寝袋があるとはいえ、森で野宿よりは人里で泊まれる方が快適に決まっている。そうした一夜を過ごした上でのぼやきが「村で一泊しておくべきだった」というわけだ。
女二人が少し周りを見てくると言ってその場を離れたので、ノエルは朝の日課にしている剣の点検を済ませておく。今回の戦いでも抜かれることのなかった剣――この刃が再び誰かを斬ることは本当にあるのだろうか。
少ししてアリスが一人だけで戻ってきた。
「せせらぎが聞こえる方に行ってみたら、ちょうどいい川があったので、水をくんできました。ドロシーは水浴びしてるところです」
「ひとりにして大丈夫なのか?」
「周りに危険がないのは確認しましたし、弓矢もありますし。『ノエルに覗かれたら困るから見張っておく』と言って私だけ戻ってきました」
「覗くわけねえだろ!」
「冗談ですよ。まあ覗く気がなくても、知らずに川の方に来ちゃったらまずいので。それにドロシーがいないうちにやりたいこともありましたし」
そう言うとアリスは、おもむろに服を脱ぎだした。
呆気に取られたノエルは目を逸らすこともできず、朝日にさらけ出される彼女の肢体を見つめていた。寝るときに着ていた肌着も脱いで畳んで、ほぼ胸元と下腹部の下――見えてはいけない箇所を隠すだけの下着姿同然の格好になっている。
魔人が普通の人間よりずっと強く抱く衝動として、一言で破壊衝動とか攻撃衝動としてまとめられることが多いが、その中には性的な衝動も含まれることはよく知られている。
これはまさか、そういうことなのか? ドロシーを遠ざけたのは、朝から昨日知り合ったばかりの男と一戦交えるためだったと? 澄ました顔してとんでもない女だ。
などということが一瞬で頭をよぎったが、アリスはノエルの想像をよそに近くの木の幹の前に立つと、それを思い切り殴りつけた。
両頬と額に黒の紋様。魔人の力を解放している。
「昨日の、今日で、こんなとこ、見せたら、怖がらせ、ちゃいますからねっ!」
拳、拳、拳、拳拳拳拳、肘、膝、低い位置への蹴り、と連打しながら話し続ける。
「こうやって、攻撃衝動を、発散しないと、よくないの、わかりますよね!?」
「えっ? ……ああ、うん。わかるよ」
「昨日の、魔人への、怒りが、まだ収まらないんで、ここで、吐き出しておかないと!」
ハイペースで上中下と高さを変えた蹴りの連打を続け、樹皮をボロボロにしていく。頬が上気し、汗が流れる。どうやら単に汗で服を汚したくないから脱いだだけのようだった。
――それにしても美しい姿だ。
これだけの速度で打撃を繰り出し続けながら、上半身の姿勢が崩れない。大きく前のめりになることもないし、重心が浮き上がっている様子もない。体幹がぶれることなく打撃を出し続ける難しさは、ノエルも身をもって知っている。
やはり、この女は魔人として強いだけでなく、武術の技量が一流だ。
「なあ、魔人の衝動を発散したいなら、動かない的じゃ退屈じゃないか」
声をかけるとアリスが手を止めた。ノエルは肌着を脱いで、上半身裸になる。
「軽く手合わせ願えるか」
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