第2話 平和的解決②

 アリスは痩せぎすの男の方へ向かった。ちょうど意識を取り戻して起き上がろうとしているところだった。

 男の掌を、アリスは容赦なく踏み砕いた。気がついたばかりの男は殺気に反応してよけることさえできなかった。

「くああああっ!」

 妙にくぐもった声で悲鳴が上がる。男の顎がぶち割られているせいで絶叫さえ上手く上げられないらしい。

 アリスは平気な顔で踵を返すと、今の悲鳴で起き上がってきた大男の元へ悠々と歩を進める。男は仲間が痛めつけられたことを理解すると、アリスに殴りかかった。だが脚を傷めた巨漢の動きは精彩を欠いた。振り上げた拳が落とされる前に、アリスの恐るべき速度の左の回し蹴りが男のあばらに打ち込まれていた。

「ぶふううっ!」

 こちらも顎が折れているらしい巨漢の呻きもどこ吹く風と、アリスは気絶した小男に歩み寄り、今度は肩を踏み砕いた。

「ふんっっん!」

 痛みに飛び起きた小男も無視して、アリスは村人たちを振り返る。

「さて皆さん、見てのとおり三人とも顎が砕けておりまして、しばらくはまともにものも食べられません。おまけに拳と肋と肩を砕かれて、とても悪さなんてできないでしょう」

 たった今自分がそれらの骨をへし折ったのだとは思えない口ぶりで、他人事のように話す。

「だからその物騒な物を下ろして、見逃してあげませんか? 私も自分がボコボコにした相手がこの後リンチで殺されるのは寝覚めが悪いので……」

 これだけの凶行を見せつけた女に言われて、村人たちが逆らえるはずもなかった。全員が武器を持った手を力なく下ろし、中には地面に武器を取り落とした者もいた。

「さて、これで平和的解決ですね」

「あんたの平和の定義はどうなってるんだよ……」

 だがこれで誰も死なずに場が収まったのは確かだった。

 三人の魔人たちは低い声で唸りながら立ち上がるとこちらを一瞥いちべつしたが、もはや捨て台詞を残す余裕もないようだった。互いに目配せすると足早に村を駆け出て、ノエルたちがやって来た方向に引き返していった。

「それじゃあ私たちはこれで失礼します。行きましょうか」

「え? あ、ああ」

 さも当然のように一緒に出発する流れになっていたが、それについてここで問答する気にもなれず、アリスについて行くようにノエルも村を出た。一度振り返ると、ドロシーが何か言いたそうにこちらを見つめていたが、結局何も言わなかったのでこちらも無言だった。

 互いに黙って歩いているうちに、夕日が落ちてきて暗くなってきた。

「なあ、なんだか成り行きで同じタイミングで出発しちまったが」

「ああ、私とドロシーを庇おうとして怪我したんですから、治るまで同行しますよ」

 魔人は魔力量の差で普通の人間より怪我の治りも早い。それに投石を食らった手首も骨に異常はなさそうだ。固辞してさっさとさよならしてもいいが……

「余計なお世話……と言う資格はなさそうだな。あんな無様なところを見せちまった後じゃな」

「でも私が出て行かなくても、三人全員斬るつもりだったんでしょう?」

「まあな……だがそうなればおれもこの程度の怪我じゃ済まなかった。結果的にはみんな、あんたに救われたことになるな」

「私の先生の教えなんです。『殺さずに済むなら殺すな。人は誰かを殺す度、心におりを溜めてしまう。それは魔人が相手でも同じだ』って」

 先生、というのはアリスに格闘術マーシャル・アーツを教えた人物だろうか。

「心に澱か……少しわかる気はするよ。恩人の家族を探す旅をしてると言ってたな。その先生の家族か」

「ええ、そうです。そう……」

 アリスは目を伏せると、一度口を開きかけて、躊躇った後でまた語り出した。

「『殺しは理不尽な暴力から身を守るとき、どうしても手加減できないときだけ』。先生はそうも言ってました。でも私は一度だけ、その教えを破ると決めているんです。私は――」

 立ち止まった彼女は、こちらに目を向けて真剣な表情で宣言した。

「冥王を殺すために、旅をしてるんです」

 冥王――巷で噂されている、魔人の集団を率いているという奴か。アリスの師の家族もその一員のようだが……

「それはどういう――いや、ちょっと待て」

 微かに聞こえた音にノエルは耳を澄ました。

「今、足音が聞こえなかったか?」

「誰か走って追ってきてますね」

 二人は立ち止まって、来た道を振り返って待った。

 夕暮れを越えて紫がかった夜空の中を、息を切らして駆けてくるのはドロシーだった。弓と矢筒と大きな荷物を背負っている。

 彼女が何を思い追ってきたのか、何を言うつもりなのかはわからない。

 ただ長い一人旅が一旦終わり、道連れが二人できたらしいことだけは、なんとなくわかった。

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