第2話 平和的解決①
考えてみれば不自然だった。弓も他に目立つ武器も持っていないアリスが、森でどう食料調達するのか。山菜や木の実だけ採集するつもりだろうかと、そう思っていた。
だが魔人なら、素手で獲物を狩ることも可能だ。
呆気に取られていた巨漢が、ようやく臨戦態勢を取った。拳を振り上げ、アリスに叩きつける。
巨漢の目方は彼女の倍はありそうだ。高い魔力で身体能力を強化している魔人同士だろうと、体格差は大きな要因だ。
だがアリスは身を翻すようにしながら巨漢の腕を取り、拳の軌道を逸らすと同時に、バランスを崩して転倒させた。
「うーん、魔力で強化した筋力に任せて、適当に腕を振り回してるだけですね。こんなのはパンチとは呼べません」
巨漢は立ち上がると、アリスを睨み付けた。こいつは表情がわかりにくくなるような紋様をしているが、さすがに激昂しているらしい。なおもアリスに殴りかかるが、彼女の拳がその顔と腹に続けて打ち込まれる方が早かった。
巨漢はそれでも彼女に掴みかかろうとしたが、その足下に彼女の素早い蹴りが走った。ノエルには見えたが、おそらく対面した巨漢には見えなかっただろう。
それほど破壊力のある攻撃には見えなかった――が、効果は劇的だった。たった一発の小さな振りの蹴りで、大男の足の踏ん張りが利かなくなっている。
アリスは再び動作の小さい速いパンチを巨漢の面に打つと、怯んだ隙にもう一度同じ蹴りを見舞った。巨漢はそれでもう立っていられなくなり、その場に膝を着いた。
そしてちょうどいい高さに下りてきた巨漢の頭部を、アリスの容赦ない回し蹴り――スカートのボタンを外したのはこのためか――が捉えた。巨体が音を立てて沈み、動かなくなった。
「さて、そちらはまだ石ころ遊びを続けますか?」
「……いや、お嬢さんには通用しないようだ」
「あなた、この人たちよりも強いのに、どうしてこんな小細工を?」
アリスが小男に問いかけた。ノエルには三人の男の魔力の強さは同程度に感じられた。魔人としては取るに足りないレベルの存在。体格も考えると、全員素手なら小男が最も御しやすそうなくらいだ。
そして魔人の力を解放したアリスの魔力は、明らかにこの三人よりも強い。もしかしたらノエルよりも――
「……ぼくは人間社会での暮らしが長くてね。元々気が小さい男だったんです。衝動を抑えつけるのが上手くて、それが習慣になってたから、魔人の力を解放してもね……嫌いなんですよ、暴力が。この手で直接人を殴り殺すなんて」
小男は大げさにため息を吐いた。
「でも必要なら仕方ない」
そう呟くと、恐るべき速度でアリスとの間合いを詰めた。これは、魔力の使い方が上手い奴だ。効率よく自らの魔力を活用し、最大限の効果で身体能力を底上げできる使い手。
アリスは真っ直ぐ突っ込んでくる小男に向けて蹴りを突き出したが、小男は凄まじい機動力で横によけて、アリスの斜め後ろまで回り込んで拳を振り回した。
だが、アリスはその一撃を涼しい顔で防ぐと、続けて二発三発と繰り出される拳を掌で軽く叩き落とした。
「うーん、ただ速いだけですね。地面を蹴って生まれる力が、拳に全然乗ってない。予備動作も大きく見えやすい。これもパンチとは呼べません」
動揺か怒りか、初めて小男の余裕の表情が崩れて、大きく振りかぶった拳をなおも放とうとした瞬間、アリスの拳が男の胸元に突き刺さっていた。
「ふぐうっ!」
青ざめた顔の小男はその場に崩れ落ちるかに思われたが、手に隠し持った何かをアリスの顔に投げつけてきた。砂だ。
目潰しに怯んだアリスが思わず顔を覆って後ろを向いた一瞬。その隙を逃さず小男が背後から襲いかかる。
だが、後ろを向いたように見えたアリスは、そのまま一回転しつつ片腕を伸ばした。彼女の拳の底面は小男の意識の完全に外から、頬に叩きつけられた。
数本の歯を吹き飛ばしながら男が失神したとき、やっとノエルにもわかった。
――怯んだ振りをして相手の隙を誘ったのか。
「……
「ね? 見た目より強かったでしょう?」
「ああ、世間知らず扱いして悪かった」
今の立ち回りだけ見ても明らかだった。この女の強さは、単に魔人の魔力によるものではない。磨き上げられた確かな技術によるものだ。
倒れた魔人たちを見下ろす。アリスはこの後の始末をどうするつもりか。
「で、こいつらは? とどめを刺すのか?」
「まさか、もう戦えない相手にそんなことしません」
「だが、ここの連中はこいつらが起きる前に何とかしたいみたいだぜ」
魔人同士の戦闘に固唾を呑んでいた村人たちが、再び殺気立つのをノエルは感じていた。気絶した魔人たちはすぐにでも目を覚ます。その前に災いの元を絶っておくべきか、武器を手にしたまま決めあぐねているようだ。
「あー、確かに危険な魔人がまた動けるようになる前に何とかしたいですよね。そういうことなら……」
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