第1話 魔人たち②
一足先にドロシーの村にやって来たらしい三人の先客。ただの通りすがりや平和的な要件ではなさそうだ。魔人が三人集まってそんな用で田舎の村を訪問するとは思えないし、対峙する村人たちも殺気立っている。
それにそのうち一人の、痩せた男の服装には見覚えがあった。
「あっ、てめえ! さっきはよくも!」
こちらの気配に振り返った痩せぎすの魔人が叫んだ。鼻が無残に潰れてひどい面になっている。
「まあまあ抑えて。――やあ、君がドロシーだね」
隣の背の低い男が痩せぎすをなだめると、ドロシーに語りかけた。魔人にしては身ぎれいで穏やかな物腰だが、あんな奴とつるんでいるようなら程度が知れるというものだ。
もう一人の男はノエルより頭一つ分も上背が高い。今まで出会ったことがないような巨漢だ。こいつは口を開くことなく緊張感のない顔つきでこちらを見ている。
「ちょうど今村の人たちにお願いしてたとこなんだよ。君にぼくらの旅の手伝いをしてほしくてね」
「……え?」
「ぼくたちは探し物をしててね。情報が集まる都へ行くんだけど、道中雑用を手伝ってくれる人間が欲しいんだよ。さっき仲間が森で君を見かけて、ちょうどいい子を見つけたと思ったようでね」
「は? え? わたし、いきなり追いかけられたんだけど……」
「ああ、君がかわいくてつい暴走してしまったようだ。まあ旅の間はそういう相手もしてもらうだろうけど、そんなに長い旅じゃない。すぐ家に帰ってこれるよ」
小男は魔人らしくない温和な笑みを浮かべていたが、語る内容は魔人そのものだった。――自分たちの奴隷になって奉仕しろ。まともな人間なら言えるはずがない。ましてやこんな少女相手に。
ドロシーが絶句して立ちすくんでいると、小男は振り返って村人たちに向けて声高に言った。
「さて、そういうわけであの子は我々が借り受けるが、構いませんね? まあどうしても抵抗するというなら、力ずくで奪うことになりますが……やってみますか? そっちは九人――ああ、既に八人か」
たしかに村人たちのうち一人は額から血を流し、倒れている。息はあるようだったが、戦力にはなりそうもなかった。
「八対三。我々魔人も無敵じゃない。槍で突けば血を流すし殺せる。けど八対三じゃあねえ。いっそ村人総出でやってみますか? 女子供も力を合わせれば数の力でぼくらを殺せると思いますよ。でも住人のほとんどは死ぬことになる。たった一人を守るために。そんなの無駄だと思いませんか?」
小男の言葉に、住人たちを取り巻く空気がやや変化していくのがわかった。臨戦態勢で殺気だった男たちに、徐々に迷いが侵食している。
「それにさっき聞きましたが、あの子の保護者はこの村の代表なんでしょう? 両親がもう死んでるとか。しばらくお借りしても、悲しむ親もいないならちょうどいいでしょう」
――両親がいない。ドロシーはさっき一言もそんな話をしていなかった。
蒼白になっているドロシーの表情を見やる。――気楽な根無し草暮らし。ノエルは自分の言葉を悔いた。
「さて、これで平和的解決ですね。では彼女は連れて行きますよ」
「ま、待て!」
村の代表と思しき男が発した声からは、既に強い意志が感じられなかった。
村人全員の命をドロシーの尊厳や生命の安全と天秤にかけて、もう後者を差し出すことを、半ば受け入れてしまっていた。
「いい加減にしやがれ。胸糞わりい」
ノエルは小男にというより、この場の全員に吐き捨てた。何もかもが不愉快だった。下劣な魔人たちも。自分の命も仲間の身も守れない弱い村人たちも。もしかしたら何も言えずにいるドロシーでさえも。
ノエルを見る村人たちが一様にぎょっとした。顔に浮かび上がる魔人の紋様を見たせいだろう。
魔人の力の解放で、攻撃衝動と殺意がより強まる。これで躊躇なく三人の息の根を止められそうだ。
「二度見逃す気はない。今度は面が潰れるだけじゃ済まないぜ」
「舐めんなよ、三人相手に勝てると思ってんのか」
「雑魚が頭数揃えたくらいで粋がるなよ。まとめて相手してやる」
ノエルが駆け出すと、一瞬遅れて痩せぎすも向かってきた。一度叩きのめされた割には恐怖を感じさせない動きだったが、魔人というのは得てしてそういうものだ。攻撃衝動が自制心を上回り、後先考えず行動する。
痩せぎすが跳躍して拳を振り上げる。何て雑な攻撃だ。戦い方を何も学ばない子供のうちに社会から放逐されて、それから魔人の高い魔力で強化された身体能力頼みの戦いを続けてきたのだろう。魔人として生まれてきた男の不幸について一瞬思いを馳せる――裏を返せばそれだけの余裕を持って対処できる一撃だった。相手の拳をよけると同時にこちらの拳を叩き込む。そのはずだった。
邪魔してきたのは小男の投石だった。痩せぎすが跳んだタイミングと合わせて高速で放たれた石
こちらも何とか防御はできたが、反撃しようとしたところに再び投石が襲ってきた。なるほど、住人が一人倒れていたのはこれを食らったせいか。
殺気の探知で目視していない投石にも反応はできるが、この連携は厄介だ。ノエルは反撃よりも位置取りを優先して動く。小男と自分の間に痩せぎすが来るような位置を取れれば、仲間の背中に当たるのを恐れて投げられなくなるはずだ。
「なるほど! それじゃあこうしましょう!」
小男は笑いながら大きく振りかぶって――その殺気と目線が自分に向いていないことにノエルは気づいた。
全力の投石が向かう先は、背後のアリスとドロシーだった。
「クソっ……!」
ほとんど考える間もなく自然に身体が動いていた。投石の軌道に飛び込み、受け止めようとしたがわずかに逸れて左の手首に激痛が走る。
そのまま地面を転がり、立ち上がろうとしたところを痩せぎすに蹴り上げられる。咄嗟に頭部を防御しようとしたが、相手の爪先がめり込んだのは鳩尾(みぞおち)だった。
「カハッ……」
急所への強烈な一撃。魔人の強化された身体でも、思わず膝を着きそうになる。
――なぜ会ったばかりの人間を庇うような真似を。
甘さを見透かされ、漬け込まれた。思わず助けに入ってしまうような人間が近くにいるまま、無警戒に戦闘を始めてしまった。
だが反省している場合ではない。とにかく目の前の勢いづいた男の猛攻を捌ききる――と思った矢先に、沈黙していた巨漢が動いた。
駆け引きも何もない、ただ純粋に速さと重さをぶつけてくる突進。よけようにも痩せぎすが足止めしてくる。二秒でノエルの所まで猛進してきた巨漢が頭から突っ込んでくるのを、かろうじて頑丈な肩で受けるも、衝撃で吹っ飛ばされた。
無様に転がり、すぐに立ち上がろうとしたそのとき。追撃しようとしていた痩せぎすと巨漢の足下に、矢が突き立った。いや、突き立ったというよりは力なく落下したという方が近いか。
「あー、やっぱり矢は投げても上手く飛びませんねー」
アリスがこの期に及んで気の抜けた声を出した。ドロシーが射ったのではなく、アリスが矢を放り投げた? おれを助けようとして?
「おい、あんたは引っ込んで――」
「三人がかりに加えてこんな卑怯なやり方は、さすがに見過ごせないなと」
そう言ってお辞儀をするように屈み込むと、長いスカートの両側のスリットを留めていたボタンを外した。
「ちょっと懲らしめてやろうかと思いまして」
「あ? おまえ不意打ちで魔人を投げ飛ばして勘違いしてんじゃねえぞ。おまえもさらうぞ? それともこの場でめちゃくちゃにして――」
「勘違いはそっちですよ」
男の目の前まで無造作に足早に向かってきたアリスが、一瞬立ち止まった次の瞬間――
バキッという音が響くとほとんど同時に――痩せぎすの男の身体が崩れ落ちた。
アリスが飛び込みながら横から振り抜いた拳が、魔力で頑丈になっているはずの男の顎を捉え、一発で意識を断ち切っていた。
――魔人の男がほとんど反応すらできなかった。直前の仕草を見て、アリスの足下の方に気を取られたのか? それもあるだろうが、しかしこの速さ、そして破壊力はあまりにも――
小男の判断は早かった。間髪入れず、投石がアリスを襲う。
しかし彼女はそれを、拳で打ち落とした。明らかに人間以上の速度と頑健さ――
「……そういうことかよ」
「私、ただの人間なんて一言も言ってませんよ?」
微笑む彼女の額と両頬の下の方に、左右対称の黒い紋様が浮かび上がっていた。
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