第7話 認めるということ

 県大会決勝の前日。

 グラウンドには、夕暮れの風が吹いていた。


 俺は一人、ブルペンにいた。

 肩を作るつもりはなかった。

 ただ、投げたかった。


 ナックルを。


 指先から、静かに離す。

 ボールは、ふわりと揺れて、落ちる。


 「……相変わらず、気味の悪い球だな」


 後ろから、監督の声。


 振り向くと、

腕を組んだまま立っていた。


 「明日、先発はお前だ」


 意外だった。

 だが、何も言わない。


 監督は、しばらく黙っていた。


 「正直に言う」


 低い声。


 「俺は、ナックルが嫌いだ」


 やっぱり、と思った。


 「制御できない。

 責任を取れない。

 だから、選手に投げさせたくない」


 監督は、ボールを一つ拾った。


 俺に、放る。


 反射的に、掴む。


 ズシッと、重みが伝わった。


 「だがな」


 監督は言った。


 「お前の球は、

 “制御していない”んじゃない」


 ゆっくり、言葉を選ぶ。


 「制御しすぎている」


 胸が、詰まった。


 「捕手が言った。

 スカウトも、同じことを言った」


 監督は、俺を見る。


 「俺だけが、

 分かってなかった」


 深く、頭を下げた。


 「……すまなかった」


 高校の監督が、

選手に頭を下げる。


 それだけで、

空気が変わった。


 「明日は、制限なしだ」


 監督は、はっきり言った。


 「勝負所でも、最初からでも。

 お前の判断で投げろ」


 視界が、熱くなる。


 前の人生では、

絶対になかった瞬間。


 「ただし」


 監督は、少しだけ笑った。


 「責任は、俺が取る」


 その一言で、

すべてが報われた気がした。


 監督は、背を向ける。


 「――勝ってこい」


 夕焼けの中、

俺はボールを握った。


 強くは、握らない。


 ただ、支配する。


 明日、

俺はナックルを投げる。


 最初から、最後まで。

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