第19話 慈善ではなく、投資
城に呼ばれたのは、昼を少し回った頃だった。
行き先は、いつもの商業ギルドではない。
領主の居城。理由は聞かされていなかった。
広間に通されると、領主はすでに席についていた。
形式張った挨拶はなく、こちらを見て静かに口を開く。
「商業ギルドから、君の噂は聞いている」
それだけで、だいたい察しはついた。
「異世界から来ていることもな」
否定はしなかった。
今さら隠す意味はない。
「この街に、随分と貢献してくれた。まずは礼を言わせてほしい」
そう言って、領主は小さく頭を下げた。
思っていたよりも率直な態度だった。
しばらく、探るような会話が続いた。
なぜこの街を選んだのか。
なぜ商業ギルドと組んだのか。
なぜ、あそこまで深く関わったのか。
三上は、できるだけ簡潔に答えた。
「短期で抜く気はありません」
領主の視線が、わずかに鋭くなる。
「長く続いて、結果的に儲かる形を作りたいだけです。
人が増え、物が回り、壊れにくい形で」
「理想論ではないか?」
「理想でも、数字が出れば事業です」
沈黙。
それを破ったのは領主の方だった。
「現状を説明しよう」
机の上に、簡素な報告書が置かれる。
「今、この領では近隣からも薬草を集めている。
君の提案通り、代価として肥料を渡す形にした」
三上は頷いた。
「結果、薬草の収量は平均で四倍だ」
控えめな数字だ。
実際には、それ以上の地域もあるはずだった。
「食糧事情も改善した。
働ける者が増え、森の奥まで薬草を取りに行けるようになった」
つまり——
人が余り始めている。
三上は、その言葉を聞き流さなかった。
「……余力が出てきている、という理解でいいですね」
領主は一瞬考え、頷いた。
「そうだ。
働けるが、行き先のない者が出始めている」
三上は、少し間を置いてから口を開いた。
「では、お願いがあります」
領主の視線が、わずかに鋭くなる。
「孤児院の寮を、増設してください」
即答だった。
「今の建物では、人が増えるほど無理が出ます。
寝床だけでなく、洗濯場、炊事場、保管庫も必要です」
領主は黙って聞いている。
「それと、家事要員です。
掃除、洗濯、炊事を担う人間を、数名常駐させてほしい」
「雇用、ということか?」
「ええ。
技能はいりません。
毎日来て、決まった仕事を回せる人でいい」
領主は腕を組んだ。
「費用はどうする」
そこが、本題だった。
「商業ギルドへの報酬と、相殺してください」
一瞬、広間の空気が止まる。
「私が受け取っている報酬の一部を、
そのまま人件費と施設維持に回してもらえればいい」
領主は、三上をまっすぐ見た。
「つまり、君は金を取らずに人を動かす、と?」
「違います」
三上は首を振った。
「今は取らないだけです」
領主の視線が、わずかに細くなる。
「孤児院の子供たちも、いずれ大きくなります。
働ける年になれば労働者になるし、稼げば消費者にもなる」
「彼らがこの街に根を張れば、
町の規模は自然に広がる」
少し間を置いて、続けた。
「人が増え、物が回り、需要が安定する。
そうなれば、私の商売も長く続きます」
「短期で回収するより、
結果的に利益が大きいと考えています」
広間に、静かな沈黙が落ちた。
領主は三上を見つめ、ゆっくりと息を吐く。
「……なるほど。
慈善ではなく、投資というわけか」
「はい」
「分かった」
領主は短く言った。
「寮の増設と、人員配置はこちらで手配しよう。
この件は、君の事業の一部として扱う」
三上は頷いた。
「失敗すれば、次はない」
「構いません」
それでいい。
城を出ると、街の音が耳に戻ってきた。
人の声。荷車の軋む音。
確実に、一年前とは違っている。
三上は歩きながら思った。
——ここは、もう回り始めている。
——次は、地球側だ。
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