第14話 予約が取れない理由
変化は、急ではなかった。
最初の数日は、いつもと同じだった。
予約表に、ぽつぽつと新しい名前が増えるだけ。
だが、名前の横に付いたメモが、少しずつ変わる。
「紹介」
「知人から」
「同じ職場の人に勧められて」
無料体験のチケットが、静かに効いていた。
プレミアムコースを受けた客は、施術後、鏡の前で長く立ち止まる。
従業員は、何も言わない。
聞かれたら、
「良かったら、またどうぞ」
それだけだ。
それでも、客は次の予約を入れていく。
理由を説明しないまま、納得して帰る人が増えた。
一週間が過ぎた頃、予約の空きが目立たなくなった。
「来月、取れますか?」
そんな電話が増える。
三上は、回転率を無理に上げなかった。
詰めれば回る。だが、それは壊れる前兆でもある。
代わりに、昔この店で働いていた従業員に連絡を取った。
腕はある。
辞めた理由も、だいたい把握している。
「また一緒にやりませんか」
条件は、正直に伝えた。
忙しくなること。
だが、無茶はさせないこと。
数人が、戻ってきた。
その頃から、SNSに名前が出始めた。
店名は伏せられている。
だが、写真がある。
照明の下で、妙に整った肌。
加工にしては、不自然に控えめだ。
《正直、意味わからん》
《何も説明されないのに、肌つるつる》
《エステでここまで変わる?》
景表法も、広告も、関係ない場所で、言葉が先に走る。
三上は、それを見て、胸の奥が少し冷えた。
想定はしていた。
むしろ、こうならなければおかしい。
それでも、不安は消えない。
説明していない。
説明できない。
噂だけが、独り歩きしている。
既存店だけでは、回らなくなり始めた。
そこで、少し離れた場所に新しい店舗を出すことにした。
駅からは遠い。
だが、静かで、駐車場が取れる。
少し大きめの箱。
内装は最初から、すべてプレミアムコース仕様にした。
十室。
回転は遅くていい。
密閉。
静音。
説明は最小限。
オープン前から、予約は埋まっていく。
SNSには、店名が出るようになった。
《ここ、やばい》
《通うしかない》
《肌が戻らない》
どれも、こちらが書かせた言葉ではない。
止めようもなかった。
三上は、スマートフォンを伏せた。
売上は、順調だった。
従業員も、足りている。
数字だけ見れば、成功だ。
だが、胸の奥に、小さな違和感が残る。
これは、まだ始まりに過ぎない。
そう、分かっていた。
説明しないまま、
説明できないまま、
人が集まり始めている。
三上は、初めて思った。
――これ、止められるのか。
答えは、まだ出ない。
予約表だけが、静かに埋まっていった。
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