第12話 分からない場所に立つ

 エステに行ってみたが、正直、よく分からなかった。


 白い内装。控えめな照明。柔らかい音楽。

 施術台に横になり、天井を見ながら、三上は自分が完全に場違いであることを自覚していた。


 説明は丁寧だった。

 肌の状態。ターンオーバー。保湿。

 言葉は分かる。だが、それが経営とどう結びつくのかは、まったく見えてこない。


 終わったあと、鏡の前で「いかがですか?」と聞かれ、三上は曖昧に頷いた。

 良いか悪いかを判断する基準を、持っていなかった。


 店を出て、駅まで歩きながら考える。


 ――自分が施術するわけにはいかない。

 ――効果があるものを使ってもらうだけでも、金を取るのは難しい。

 ――なら、立場を変えるしかない。


 オーナーになる。

 店員を雇う。


 思いついたときは乱暴な発想に見えたが、考えれば考えるほど、それが一番筋が通っている気がした。


 問題は、知識がないことだった。


 三上はパソコンを開き、「エステ 起業 コンサル」と打ち込んだ。

 それなりに候補は出てくる。肩書きも、実績も、言葉だけなら立派だった。


 数人に連絡し、最初に会ったのは、駅前のファミレスだった。


 席に着くなり、相手はよく通る声で話し始めた。


 「今動かないと、一生このままですよ」

 「この業界、勝ち組に入れる人は限られてます」

 「実は、表に出ていない“方法”がありまして」


 三上は、途中から話を聞いていなかった。

 言葉が、すべて同じ重さで並んでいる。危機も希望も、区別がついていない。


 水を飲み干し、会計を済ませると、そのまま席を立った。

 もう会うことはないだろうと思った。


 二人目は、喫茶店だった。


 年齢は五十代前半。スーツは着ているが、派手さはない。

 名刺を出し、軽く挨拶を交わしたあと、相手はすぐに言った。


 「正直に言います。エステは厳しいです」


 三上は少し驚いた。


 「競争は激しいし、参入障壁は低い。始めやすい分、潰れやすい。

 だから、失敗する前提で考えた方がいい」


 余剰資金でやること。

 本業に影響を出さないこと。


 その言葉を聞いた瞬間、三上は逆に安心した。

 楽観的な話をされないことが、信頼につながった。


 話は、淡々と進んだ。


 「決まるのは、だいたい三つです」

 「立地、価格とメニュー、最後に人」


 立地。

 通いやすさ。生活動線。


 価格とメニュー。

 相場から大きく外れないこと。分かりやすいこと。


 そして、従業員。


 「この業界、効果はどこも大差ない、という前提で回っています」

 「だから差が出るのは、人です」


 三上は、その言葉を噛みしめた。


 肌への効果について、コンサルは一切触れなかった。

 それが、この業界の常識なのだと分かった。


 家に帰り、聞いた話を自分の状況に当てはめる。


 立地は、問題ない。

 定期的に通う理由を、こちらが作れる。


 メニューも、同じだ。

 どこにもないものになる。


 残るのは、人。


 経営も、エステも、素人。

 自分一人では、どうにもならない。


 だからこそ、ここだけは譲れなかった。


 次に会ったとき、三上ははっきり言った。


 「従業員の質を、最優先にしたいです」

 「できれば、最初から信頼できる人たちがいる形で」


 コンサルは少し考え、頷いた。


 「それなら、新規で立ち上げるより、既存店を買った方が早いですね」


 赤字だが、固定客がいる店。

 オーナーが高齢で、引退を考えている店。

 人は残したまま、看板だけが変わるケース。


 「条件が合えば、居抜きでいけます」

 「設備も、人も、そのまま使える」


 三上は、初めて具体的なイメージを持った。


 ゼロから始めるのではない。

 すでに回っている場所に、自分が入る。


 買うのは、店そのものじゃない。

 信頼と、日常だ。


 コンサルは言った。


 「時間はかかりません。ただ、決断は早い方がいい」

 「迷っている間に、条件は変わります」


 三上は頷いた。


 今回は、「今動かないと」という言葉が、営業には聞こえなかった。

 ただの事実として、受け取れた。


 帰り道、空を見上げる。


 まだ何も始まっていない。

 だが、少なくとも、ギャンブルで金を増やしていた頃よりは、はっきりと前を向いている気がした。


 これは、逃げではない。


 人の手を借りなければ成り立たない、

 ちゃんとした仕事だ。


 三上はそう、自分に言い聞かせた。

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