第11話 説明できないもの
三上は、自宅のパソコンの前に座り、画面を切り替えながら調べものをしていた。
傷を治す――そう聞いて、最初に思い浮かぶのは医療だ。だが、医師免許のない自分がそれを行えば、問題になるのは考えるまでもない。善意かどうかは関係ない。結果がどうであれ、線は越えている。
薬として扱う場合も同じだった。製造過程、成分、安全性。どれも説明が求められる。説明できないものは、そもそも流通の土俵に上がれない。
では化粧品や食品はどうか。画面を追っていくうちに、こちらも本質は変わらないことが分かってきた。原料の由来、加工方法、再現性。効くかどうか以前に、「何でできているか」を説明できなければならない。
結局のところ、薬としても、食品としても、正規のルートで売るのは難しい――というより、無理に近い。
ふと、別のタブに開いていたSNSが目に入った。
痩せ薬。毛が生える美容液。飲むだけで若返るサプリ。
明らかに薬効をうたっているような商品が、いくらでも並んでいる。
これらは、どうにかして法をすり抜けているのか。それとも、アウトだと分かったうえでやっているのか。おそらく、両方だろう。
「効果がありませんでした」「中身は市販品と同じでした」「広告が誇張でした」
そう言い訳できるものの方が、社会的な責任は軽い。本当に効いてしまった場合の方が、よほど厄介だ。
ポーションが、それらと決定的に違う点は一つしかない。
本当に、すさまじい効果があること。
規模が拡大し、口コミが増えれば、違法性の問題は避けられない。静かに売る、という選択肢が成り立つのは、最初だけだ。
三上は、検索画面を閉じた。
考えていても答えは出ない。実物を見た方が早い。
――独自酵母エステ。
自宅からそう遠くない場所にある、小さな店だった。
*
「実は、こういう所、初めてで」
そう言うと、施術台の横に立っていた女性は、少しだけ笑った。
「そういう方、多いですよ。無理に信じなくていいですから」
室内には、ほのかに発酵したような匂いがあった。甘さと酸味が混ざった、説明しにくい匂いだ。強くはないが、消えもしない。
顔に塗られたパックは、ひんやりとしていて、しばらくすると温度が分からなくなった。手袋越しの指の動きは一定で、無駄がない。
「うちは、ぎりぎりのところでやってます」
女性は、独り言のように言った。
「保健所、厳しいですから」
三上は曖昧に頷いた。
自分も、同じことを考えていた。ぎりぎり。線の内側と外側。その間にある、説明できない何か。
施術を受けながら、頭は静かに回り続けていた。
効果がある“気がする”。その曖昧さが、この場所を成立させている。誰も断定しないし、誰も責任を引き受けない。
横になったまま、ふと視線を巡らせる。
棚の上に、アロマミストの装置が置いてあった。細かい霧を吐き出す、小さな機械。
――これで噴霧したら、どうなるだろう。
肌に直接塗るのではなく、空間に広げる。雑貨として売られているものだ。効能を言わなければ、線はかなり内側に寄る。
施術が終わり、店を出たあとも、その考えは頭から離れなかった。
帰り道、三上は雑貨店に立ち寄り、同じようなアロマミスト装置を一つ買った。
*
自宅に戻り、シャワールームに装置を持ち込む。
タンクに、美肌ポーションを注いだ。
慎重さはあったが、迷いはなかった。
両足の脛を、紙やすりで二か所削る。赤くなり、軽くヒリつく程度まで。片方にはラップを巻き、もう片方はそのままにした。
スマートフォンを手に、時間を測る。
霧は細かく、空気にすぐ溶けた。肌に水滴は残らない。ただ、湿度がわずかに上がる。
一時間ほど経ったころ、三上は立ち上がった。
ラップをしていない方の肌は、すでに赤みが引いていた。触れると、違和感がない。
一方、ラップを巻いていた方は、まだヒリヒリしている。
効いている。
それは、はっきりとした差だった。
全身を見下ろす。肌は均一で、つるつるしている。削った跡が分からない。
三上は、しばらくその場に立ったまま、何も言わなかった。
これは、塗布でも、摂取でもない。
空間に広げただけだ。
説明は、できなくなった。
だが――線は、まだ切っていない。
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