第10話 再生という商品
三上は、地球に戻った。
この辺りで、生きた生物を手に入れるとなると、行き先は限られる。駅前から少し離れた熱帯魚店に入った。水槽の並ぶ店内で、店主に目的を告げる。
「初心者でも飼いやすい魚を」
手のひらより少し小さいサイズ。丈夫で、扱いやすいもの。数を伝えると、店主は頷き、該当する魚を指さした。
「家には、何もなくて」
そう言うと、水槽一式を見繕ってくれた。最低限でいい。余計な装飾はいらない。循環と水温、それだけが整えば十分だった。
家に戻り、水槽を設置する。水を張り、しばらく待つ。袋から魚を移すと、すぐに泳ぎ始めた。
三上は、鑑定を使い優良状態の二匹を取り出した。
包丁を持ち、加減を見ながら、同じように刃を入れる。深さも角度も揃える。
状態が不良になる。
瓶を開け、一匹にだけ、ポーションをかけた。
二匹とも水槽に戻した。
すぐに、どちらも泳ぎ出した。
片方だけ良になっている。
しばらくは、違いはない。だが、時間が経つにつれて差が出た。ポーションを使わなかった方の動きが鈍くなる。泳ぎが乱れ、底に留まる時間が増える。
やがて、その魚は動かなくなった。
三上は、少し間を置いてから、その個体にもポーションをかけた。死んだ生物に使えるかどうかを確かめるためだ。
反応はなかった。
水は揺れるが、魚は動かない。
三上は、瓶を置いた。
生きていないと、効かない。
それが、確定した。
そのあと、三上は自分の腕を見た。昔の古傷。白く残った跡に、ポーションを垂らす。
しばらく、何も起きなかった。
ポーションを垂らした傷は、白いままだった。色も、感触も変わらない。痛みが増すことも、減ることもない。時間だけが過ぎていく。
三上は腕を下ろした。
期待していたわけではない。ただ、効かない可能性も、最初から頭にはあった。それでも、確認しなければ先に進めない。
翌日、異世界へ渡った。
ギルドの受付は、相変わらず人の出入りが多い。掲示板の前で足を止めてから、カウンターに向かった。
「ポーションについて、少し聞きたい」
受付の女は、慣れた様子で頷いた。
「等級ですか?」
「傷の治り方。どこまでが初級で、どこからが違うのか」
女は、簡単に説明した。
初級ポーションは、出血を止める。命に関わらない外傷を、跡を残しながら塞ぐ。それ以上はない。
「昔の傷とかは?」
「それは中級以上ですね」
過去に治った傷。塞がったまま残った痕。そういうものは、初級では動かない。
「上級は?」
女は、少しだけ声を落とした。
「流通してません。国管理です」
理由を聞くまでもなかった。効きすぎるものは、扱われ方が決まっている。
三上は、ひとつ頷いた。
「中級は、普通に買えますか」
「ええ。治療用なら商店で買えます。ただし……」
女は、視線を横にやった。
「特殊なのは貴族街ですね」
そこでは、用途別に調整したポーションが出回っているという。回復促進用。外見改善用。
「美肌、とか」
言い方に、少し含みがあった。
三上は、その単語を頭の中で転がした。
美肌。
異世界でも、そこに需要がある。
こちらでも、地球でも。
人の価値観は、そう変わらない。
「……なるほど」
それだけ言って、カウンターを離れた。
貴族街は、空気が違った。道が整い、歩く人間の服も、動きも違う。必要以上に急いでいない。
店はすぐに見つかった。
目的を告げると、店主は迷いなく小瓶を出した。
中級ベース。外傷ではなく、肌の再生に寄せた調整。過去の痕を薄くするためのもの。
値段は高かったが、理由は分かった。
買う人間が、限られている。
三上は、代金を払い、小瓶を受け取った。
地球に戻り、部屋で腕を見る。
白く残った古傷。もう何年も前のものだ。
栓を開け、慎重に垂らす。
液体は、すぐに染み込んだ。
熱も、痛みもない。
だが、しばらくして、違和感が出た。
皮膚の下で、何かが動いている感覚。引っ張られるような、均されるような感触。
三上は、腕から目を離さなかった。
時間が経つにつれて、色が変わる。
白さが薄れ、周囲の肌と馴染んでいく。
完全に消えるまで、そう長くはかからなかった。
跡は、なかった。
最初から、傷を負っていなかったかのように。
三上は、腕を下ろした。
これは、使える。
治療として。
そして、それ以外の用途としても。
頭の中で、需要と供給が噛み合う音がした。
異世界でも、地球でも。
女性の美意識は、共通している。
静かに、だが確かに。
次に進む道が、見え始めていた。
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