第8話 利益は後から来る
工房に集まったのは、三人だった。
いずれも、街で長くやっているパン職人だ。派手な成功はないが、潰れずに続いてきた。それが、彼らの実力だった。
話は、率直だった。
「原料を安く卸してくれるのは、ありがたい」
一人が言った。
「だが、生産量を増やせば、結局は値が下がる」
別の一人が、続ける。
「安くすれば、売れる量は増える。だが、利益は減る。今でも綱渡りだ」
誰も怒ってはいない。
ただ、現実を見ている。
三上は、頷いた。
「その通りです」
反論しなかった。
「短期で見れば、利益率は下がる」
そこで、一度言葉を切る。
「でも、今の街には、働けない人が多い」
職人たちは、黙った。
それは、全員が知っている事実だった。
「腹が減っているからじゃない。栄養が足りていない」
三上は、帳面を開いた。
数字は見せない。
考え方だけを示す。
「今は、最低限の食事を確保するだけで精一杯の層がいる。彼らは、働けない。働けないから、金がない。金がないから、買えない」
循環を、言葉にする。
「ここを切らない限り、消費者は増えません」
一人が、腕を組んだ。
「だが、安く売れば……」
「安く売るのは、今じゃありません」
三上は、即座に否定した。
「量を出す。まずは、それだけです」
空気が、少し変わる。
「栄養状態が改善すれば、人は動きます。働き始める。日銭が入る。そうなれば、硬いパンでも買う」
彼らのパンを、否定しない。
「彼らは、将来の客です」
しばらく、沈黙が続いた。
そのあと、三上は、最後の条件を出した。
「もし、それでも改善しないなら」
声は、低い。
「こちらの供給力を使うことも、検討しなければなりません」
職人たちの視線が、鋭くなる。
「今の百倍以上は、出せます」
脅しではない。
事実の提示だ。
「でも、それはやりたくない」
三上は、はっきり言った。
「市場を壊すからです。あなたたちの仕事も、街の流れも」
帳面を閉じる。
「だから、原料を卸す。あなたたちが焼く。街が食べる」
しばらくして、一番年長の職人が、息を吐いた。
「……ずいぶん、回りくどいことを考えるな」
それは、否定ではなかった。
「金を儲けたいだけなら、そんな話はしない」
三上は、首を横に振った。
「いえ。私も商売ですから、儲けたいんです」
一瞬、場の空気が止まる。
三上は、構わず続けた。
「ただ、短期じゃありません。長期で考えています」
職人たちは、黙って聞いている。
「この国の人口が増えれば、買う人間も増える。働ける人が増えれば、金も回る。そうなれば、あなたたちのパンを買う客も増える」
指を折るように、言葉を積む。
「今は、腹が減っている人が多すぎる。栄養が足りなくて、働けない。その状態では、どんなに安くしても、客は増えません」
少し間を置いて、はっきり言う。
「だから、まず食わせる。増やすのは、そこからです」
年長の職人は、しばらく考えてから、苦笑した。
「……正直だな」
それは、評価だった。
「慈善じゃない。投資か」
「ええ。将来の客への投資です」
沈黙が、ゆっくりとほどけていく。
「分かった」
年長の職人は、仲間を見回した。
「量を増やす。値段は、急には下げない。だが、街に出す」
誰も反対しなかった。
「約束しろ。市場を壊さないと」
三上は、即答した。
「壊すなら、最初から全部やっています」
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