第6話 生活を運ぶ金
三上は、一度地球に戻った。
異世界側の話が進んだ途端、現実の段取りが気になり始めた。これはいつもの癖だ。思いついたことを、そのまま進めるのが怖い。数字に落とさないと、落ち着かない。
近所のスーパーは、駅前にある中規模店だった。大型チェーンだが、地域ごとに裁量があるタイプだ。入口横のサービスカウンターで、用件を告げる。
「まとめて、食品を買いたいんですが」
店員は一瞬だけ首をかしげたが、すぐに奥へ通された。応対に出てきたのは、四十代くらいの男性だった。名刺には「副店長」とある。
「業者さんですか?」
「いえ、個人です。ただ、量が多くなると思います」
副店長は椅子に座り直した。個人、と聞いて少し警戒が混じる。いつもの反応だ。
「どれくらいの量を?」
三上は、即答しなかった。
頭の中で、寮を想定する。
一人一日、パン一個と豆乳一本。
三十人なら、一日三十個。
一週間で二百十。
廃棄を考えて、少し余裕を見る。
「パンで、週に三百。豆乳は同じくらいです」
副店長は、意外そうな顔をした。
「……個人で、ですか?」
「ええ。住み込みの作業員がいて」
嘘ではない。言い切らなかっただけだ。
「この量なら、店頭在庫では足りませんが……発注を調整すれば可能です。継続ですか?」
「当面は、そう考えています」
副店長は、少し考えてから頷いた。
「分かりました。条件としては、前払いになります。あと、引き取りは営業時間外でお願いしたい」
合理的だった。むしろ、拍子抜けするほどだ。
「構いません」
話は、それで終わった。
スーパーを出たあと、三上はスマートフォンで車の相場を調べた。徒歩や宅配で回る量ではない。毎日ではなくても、定期的に動かすなら、積める車が必要だった。
候補はすぐに絞れた。
トヨタのハイエース。
日産のキャラバン。
どちらも、街で嫌というほど見かける。派手さはない。だが、長く使う道具としては正解だった。
軽貨物も考えた。維持費は安い。小回りも利く。
だが、荷室の数字を見て、やめた。
――足りなくなる。
それが一番よくない。中途半端が、一番仕事を歪める。
「……ハイエースかな」
口に出してみると、不思議と実感が湧いた。
これは贅沢じゃない。遊びでもない。
生活を運ぶための箱だ。
その帰り、銀行に寄った。
競馬の払い戻しは、これまで現金で済ませていた。使い切れない額でも、口座に入れる気にはなれなかった。説明できない金だからだ。
だが、もう違う。
窓口で、通帳を出す。
配当金の入金と、過去分の整理。
必要な税金の申告についても確認する。
淡々とした手続きだった。
拍子抜けするほど、普通だった。
銀行を出たとき、三上は少し立ち止まった。
これで、表の金になる。
使える金になる。
事業として、回せる金になる。
楽ではなくなる。
誤魔化しも利かなくなる。
それでも――
「……こっちだな」
小さく呟いて、歩き出した。
ギャンブルで増やす金は、誰の生活も運ばない。
だが、これから使う金は、確実に腹を満たす。
その違いだけは、はっきりしていた。
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