第2話 切通の町

 鎌倉からそれぞれの地域に向けて有名な切通があるのは知ってのとおりだが、いにしえの鎌倉人が掘ったトンネルは横浜市金沢区、藤沢、逗子や市内の北部南部に向けて著名なもので七口ほどある。そのほかにも鎌倉市観光案内に載っていないような私邸のなかに存在する切通りがいくつもある。北鎌倉駅から程近い櫛田家、屋号五条邸の入り口の切通もそのひとつで、扇ヶ谷と山之内の間あたりの生活道路を右に回り古寺を抜けると存在する。大抵の切通の先には小さな集落のようにいくつか家があるのだが、五条邸の場合は2000坪を超える広大な敷地の入り口として一軒のためだけに存在する。一軒のためだけに存在するというのは間違いで、切通の先には一軒の大豪邸だけがあった。


 ヴァーヴコーヒーの紙コップを両手に古寺に戻ると、黒寺恒一は大きな竹ぼうきで寺前をはく和尚に深々とあいさつした。おん年いくつであろうか、想像を超える数の皺を蓄え三角に垂れた鋭い眼光でチラリと目をやり、にゅううと温和な笑顔で頷くのだ。緊張が解けてホッとした黒寺は、人たらしの笑顔じゃんと呟く。


 東京近辺の国立大学院で文化人類学と民俗学の境目にいる研究室の片隅に席を置いている黒寺だが、指導教官から「現地に行け」と言われフィールドワーク絶賛強化期間なのだ。

主に(地方の集落・廃寺・過疎地)を回っている。大学の恩師に東京に戻りたいっすよねえと、軽くボヤいたらこのボロ寺、いな、古寺を紹介されたのだ。

 朝食と夕食寝床付き、代わりに寺庭の掃き掃除と年老いた和尚の代わりに買い物などの家事をたすけてあげてくれと言われて、ただ?と飛びつきやってきたのだ。しかし、ここは古都鎌倉である。観光人気でさぞ良いごはんにありつけるかと思いきや、観光コースから外れ鎌倉市観光マップから外され、地図に載っていない古寺。

もちろん寺の経営なんて風前の灯と言ったところ。

期待していた朝食は毎朝、

粥 梅干し 菜っ葉とわかめの味噌汁だけ

最後に茶碗にお茶を淹れて飲む。

「和尚、さすがにこの朝食はタンパク質が無さすぎますよ。昼まで腹減って腹減ってたまりません。」そう訴えると

「ここは禅寺、修行の場。腹がぱんぱんになったら坐禅もできまい。はら八部でちょうど良い」

「いや、八部にもなってませんよ」

お茶だけは良いものを買っているのか、美味いなと何杯もおかわりするそんな黒寺恒一の朝である。


 和尚を誘い、縁側に腰掛けた。

先ほど自腹で買ってきた珈琲を2人で啜る。

「つかれたーから、黒ちゃんがつづきやっておいてーよー」

断りづらい愛嬌のある言い方でしかし、ゆっくりとはっきりと庭掃き掃除しろと念を押された。

「えぇ、またですか?朝もオレだったような。

その代わり、ちゃんとお勤めしてくださいよ。」

黒寺が珈琲を飲み干してたちあがると、

「ハイ」と軽く受け流し「いつもごちそうさま」とカップを空にしてタッタラタと裏の原付き置き場に向かってしまった。

ツンデレ和尚なのである。きっと小町商店街のお茶屋さんの店に行き講釈でも垂れに行くのだろう。自由が過ぎないか?そう思いながらも、素直に竹ぼうきを肩に引っ掛けて表に出ていった。


 ほんの数歩先に緑に覆われた切通がある。

入り口には孟宗だけが横一文字に引っ掛けてある

 あまりみたくはない、特に和尚がいない時は心がざわついて視線が泳いでしまう。

 泳いだ先の左手から若いちゃらちゃらした格好の女の子が緩やかな坂を登ってくる。

 ポテチ あんぱん 〜♪

おかしなリズムでおかしな歌を歌う。

髪は茶色くウェーブが掛かって腰の近くまで長い。へそは出てるしカーディガンは、ずれ落ちて肩まで出ている。

町中なのに登山道も歩けそうな靴底のしっかりした靴を履いている。

 なんだか、暑いんだか寒いんだか、着たいんだか脱ぎたいんだかわかんねえイラつく格好だな、黒寺は怖いもの見たさか目を奪われ、向こうも人がいたのにびっくりしたのか、互いにしっかりと見つめあってしまった。





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