第五話 夢のつづき

 ……もう、夜一時。眠れるわけなんかなかった。


 私、どうやって帰って来たんだっけ。なんにも覚えてないや。


 アイリス……。


『君はどうして、あの子を助けようとするんだ』


 あの男の声が頭に響く。

 どうして……、私どうしてアイリスを街まで連れ出したんだっけ、どうして軍から逃げてたんだっけ。


 アイリスと話をして、夢を聞いた。

 一緒に夢を叶えたいって、どうして思ったんだっけ。

 ……なんとなく? なんとなくって、何よ。


 いや、きっとわかってる。

 だけど、それに答えを出したら、私はアイリスを助けに行くってこと。

 私はただの、一人の人間だから。


『君に、君一人で何ができる』


 何もできない。

 言葉では何とでも言える。助けに行きたい、力になりたい。アイリスと一緒に居たい。

 アイリスの笑顔を、もう一度見たい。


 だけど、あの子はアンドロイドだから。

 正直、だから何って言ってやりたい。

 アイリスの笑顔は、心からのものだって。アイリスは一人の――。


『彼女は一人の少女である前に、アンドロイドなんだ』


 ……。

 …………。


「わかってるって!」


 投げたクッションが、音を立てて壁にぶつかって、音もなく落ちて……。

 ほんと、わかってる。



―Do the Android Dream of the Girl? Episode5 : The Continuation of The Dream―



 あぁ、寝てたんだ。

 朝の日の光で目が覚めた。


 あ、服が学校の制服のままじゃん。

 ……ははっ、お風呂も入ってないんだ。

 自分のボロボロさがなんだか可笑しく見えて、笑えてきた。


 寝ぼけて少しふらつく足でリビングに向かうと、両親がパソコン片手に朝ごはん食べてるし。

 私はアイリスの事で頭がいっぱいだっていうのに。


 会話なんてほとんどない。聞こえるのは水の音とか、食器の音とか、キーボードの音だけ。

 ……そういえば私の親、軍で働いてるんだ。


「ねえ、軍でアンドロイド作ってるんでしょ」

「そうだけど……って、レナ!? お、おはよう」

「おはよう、じゃなくて、作ってるんでしょって聞いてるの」

「レナ、なんでそれを――」


 口を滑らせちゃってか、お母さんびっくりしてた。そりゃそうよね、いきなり自分の娘が知るはずのないこと口走ったんだから。


「やっぱり。じゃあアイリスの……IR-15の事も知ってるんでしょ」

「おいレナ、どこでそれを」


 お父さんはお父さんで、なんか表情が焦ってるの丸わかりだし、目を見開いてるっていうか。まあそんな感じ?


「どうなるの、あの子。 脱走したアンドロイドの末路なんて、考えればなんとなくわかる。……やっぱり廃棄?」


 二人とも目線逸らして。

 正解って言ってるようなものでしょ?


「そっか。いつも家では仕事優先。仕事ではいっぱいアンドロイド作るだけ作って、都合が悪くなったら廃棄? ほんと、笑えないんだけど」


 眉間に力が入っちゃって仕方ない。


「なあ、教えてくれないか。誰から――」


 お父さん。そんな、肩を掴んで聞かれたって、答えるわけないじゃん。


「教えない」

「なっ――」

「だってお父さんも、お母さんも、私が聞いても何も答えてくれなかったじゃん」

「それは……」

「軍の機密だから? じゃあこっちも秘密だから」


 肩に乗ったお父さんの手を払ったら、お母さんが言ってくる。


「あなたの為に言っているの。もしあなたに危険が……」

「そうやって口先だけ心配して。私の事なんか、なにも考えてないくせに」


 ずっと、私に時間なんて割いてくれなかったくせに。

 どこかに連れて行ってくれたことも、ないくせに。


「そんなわけ――」

「だから、わかんない。全く何も伝わってない。今更あんたたちの何を信じろって言うの」


「…………」

「少なくともあの子には、あんたたちよりもよっぽど心があった。私はあの子の心を知ってる。だから、あの子が捨てられるっていうなら、私、あんたたちのことを殺してでも、止めるから」


 ドアを閉めると、何も聞こえなくなった。家の音も、家族の声も。



 家を飛び出したのはいいけど、行く当てなんてない。

 だから、結局いつもと同じ。いつものジャンクヤード。


 ……私、何やってるんだろ。


 このジャンクヤードにはきれいな物なんて一つもない、ただ、捨てられた。もうこの世界に必要のないものがあるだけ。私もその一つ。

 なんて考えてる私が、一番いらないのにね。とか考えちゃって、ちょっと嫌になる。


 そんな時にたまたま落ちてた鏡がボロボロな私を映すものだから、踏み割っちゃった。

 風に揺らされたトタンの音、もう夕日が反射しないくらい錆びて壊れそうな金属の山。


 ここにアイリスは居ない。でも、ここでいい。

 だってここには、私が嫌いな家族も、学校も、何もないから。

 だから、ここでいい。


 それに、ここに居れば物陰からひょっこりと、アイリスが出て来るかも……なんて。


 今日も空は灰色。だけど、今日の空は私を吞み込んでいきそうな、そんな感じがした。


 そんな空から私を引き戻すように、霧が視界を埋め尽くしていく。


 これも。三度目もう、見慣れた景色。

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