第二話 夢をゆくもの

 一時間くらい、電車に揺られてる。


 アイリスを連れてジャンクヤードを飛び出して。

 ほんと何やってんだろ。

 でも、外の世界を見てみたいって。そんなことに夢をもって、目をキラキラさせてるアイリス見てたら、なんだか叶えてあげたいって思ったのも無理ない……よね。


 当人のアイリスは、私の横でちょこんと座ってる。

 私が持ってた、いつなんで買ったかわからないロリータ服みたいのをとりあえずで着せたけど、それがまた似合ってて可愛いったらない。


 それでおとなしく電車に揺られてるって訳でもなく……。


「レナの好きな食べ物は?」

「オムライス」

「好きな音楽は?」

「LEMONEON」

「どんな曲を作るアーティストですか?」

「なんか、夜のキラキラした感じ」

「趣味は?」


どれだけ好奇心旺盛なのか、質問に全部答えるうちに、私の事を洗いざらい話した気分になった。けど、アイリスの反応が面白くて、飽きないなんてものじゃなかった。

 そうなんですか! 意外です! 気になります! かわいい! って、かわいいのはあんたの方だって何度言いかけたか。


 それにしても、久しぶりに電車なんて乗ったな。

 まあ、私の住んでる街は軍の敷地だらけで、せっかく施設から出てきたっていうアイリスの夢、叶いそうになかったし。

 お金はかかるけど、それでアイリスが楽しそうならいいじゃない? って感じ。


 私にだって行きたい場所がないわけじゃないし、見たいものがないわけでもない。

 だけど、いざそこに行くとなったら、急に現実味が感じられなくなるっていうか、行くことが途方もないことに感じてた。


 この地面はどこか遠くの街にだって繋がってる。山を越えれば他の街があって、空はどんな場所にもあって。そんなことはずっとわかってた。

 なのにいつの間にか、視界の中にある、見える景色すべてに今、行けるわけじゃない。自分の住んでるところはどこにもつながってないんだって、そんな風に思いこんじゃってた。


 いつからだっただろう。そう思い始めたのは。


 だけど、アイリスが私を突き動かしてくれた。私が手を引いてどこかへ連れて行ってるんじゃなくて、アイリスが私を引っ張ってくれてる。そんな気がする。


 なんて考えて、揺れる電車の車窓から見える景色は、いつの間にか夜になってた。


 夜景はキラキラしてて、地上に夜空が広がってる感じで、ていうか本当の夜空には星なんてよく見えなくて。空と地面がひっくり返ったみたいに。


 いい景色だなって、思った。アイリスも一緒に窓の外を見て、またニコニコしてた。



―Do the Android Dream of the Girl? Episode2 : The Walker of The Dream―



 人の波に乗って改札を抜ける。駅を出ると、世界の眩しさはより一層強くなって、私は私という一人じゃなくて、ただの大勢の人の一部になった。そんな気がした。

 足音、車の音、信号の音。街灯、ビルの光。全部が混ざって、私の前でずっと光ってる。


 でも、一つだけはっきり見えた。


 駅前の喧騒の中で一人。絶景だと言わんばかりに目を輝かせて、口は開きっぱなしで、わぁって。

 そんなアイリスが一番眩しかった。


 なんて言ったらいいのかな。

 この子の笑顔を、守りたい。そんな風に思った。


「ねえレナ、あっちに行ってみたいです!」


 そう言ってアイリスが指さしたのは駅前の書店のビル。


「いいよ、行こっか」


 そう返した私の手を、アイリスは握って軽く走り出した。

 流れていく景色と喧騒を、アイリスが切り開いていくように見えた。



「本の匂いって、なんだか心地いいですね」

「そういうのもわかるんだ」

「はい。私には五感に近い機能は備わっています!」


 もうそこまでできたら人間じゃん。っていうのは野暮なツッコミかな。


「それに、第六感もあるかもしれません! だって、たまたまあのジャンクヤードに墜ちたおかげで、レナと出逢えたんですから」


 ジャンクヤードに……墜ちた。

 それって絶対、朝に見たあの光の事でしょ。でもアイリスが一人で墜ちたっていうのは有り得ない。だって、アイリスほぼ無傷だし。


 あの時、空で一体何があったんだろう。


「あ、この本面白そう! あー、でもこの本も……こっちはレナの言ってた本です!」


 アイリスがどこから来たのかとか、何かに乗ってたのだろうかとか、そういうことに頭を巡らせてた私とは違って、アイリスは自由気ままに書店の探索をしてた。

 ほんと、無邪気な子供みたいに。


「ほしい本はあった? 一冊買ってあげる」

「いいんですか! じゃあ、この小説を……」


 アイリスが持ってきたのは、近未来のSF小説。

 アンドロイドもアンドロイドが出てくる小説、気になるんだ。

 むしろアンドロイドだから?


 SF小説っていうのは、アイリスの子供らしいところとはちょっとズレるけど。

 ま、いいか。



 レジで本を受け取ったアイリスは、店員にも笑顔を振り向いて。おじぎまでしちゃって。

 今経験してる事全部、アイリスにとっては初めての事で。

 全部、楽しいって思ってるのかな。


 

 書店から出たとき、暗い空の真ん中で、光が灯ってた。

 その光は地上を照らして、何かを探しているような。サーチライトってやつ。


「あ……」


 アイリスは空を見ると、目を見開いて、さっきまでの笑顔は何処かへ行ってしまった。


 空をよく見ると、の光の正体は軍のヘリと巨大な人型……ってことは、MFエムエフを持ち出してきたってこと?

 そこまでして何を……、アイリスか。


 MFは人型っていっても、人の姿のままのアイリスとは全然違う。ただ人みたいに手足があって頭がある、ただの兵器。人間が乗って、戦う為の道具。


 街の人々は皆、MFに気が付くと写真を撮ったり手を振ったり。

 平和ボケっていうよりは、なんで動いてるか知らないだけか。


 やっぱりアイリスがいた施設っていうのは軍の施設。

 お父さんとお母さんが働いてる、あの場所。


 朝の光も施設の方から来てた、それにアイリスは充電もなしにジャンクヤードにいたってこと。

 つまりは、MFか何かに乗って脱走したアイリスが、ジャンクヤードに墜ちた……そう考えられるんじゃないの。


 私の考えすぎ?


 だけどその時、空からの光は確実にアイリスを捉える。

 ただの直感だけど、悪い予想が当たってる気がして、居ても立っても居られなくなった。


「逃げるよ、アイリス!」


 ほんと何やってるんだろ、私。

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