01
ブック=オープン
いにしえの書店には、飲食店でいうとこの暖簾が掛かる位置に、上記のようなオシャレな看板が掲げられている。来るものを拒まな過ぎる安いガラス戸を開けると、本屋の独特の匂いが漂う。
最近聞いたが、店名には爺ちゃん店長の粋な計らいがあって、ブック、すなわち如何なる書物も、オープンにしてあるから、好きなだけ立ち読みして下さい。という意味が込められているそう。
よく潰れないよね、となおさら思うのだが、
「だからこそ、潰れないのだよ、アンダーソンくん」
というのが店長の弁論である。ちなみに映画好きで、マトリックス大好きな人で、しょっちゅうスミスの真似をしてる。
そんな書店で、俺はかれこれ十ヶ月近くお世話になってる。シフトは一応、月、木、土、日の週四で組んでもらっているが、ぶっちゃけあってないようなもので、来れない日はその日に連絡したら良い、とのこと。
決まった労働時間もなく、夕方になったらあがっていいよ、という感じ。
そして極めつけに給料は月末に封筒に入れた現金を手渡しという、昭和スタイルのお店だ。
「お? おおっ! 来たかヨウちゃん、待っとったぞ! さあこっちだ、大物だぞ!」
「おはようございます店長、お待たせしました」
挨拶して、俺は鞄を置いてすぐ準備にかかった。
「これだよ、すげぇでしょ」
爺ちゃん店長、こと、本名、山崎茂久さんは、いつものようにニヤニヤ笑ながら、買取りした書物の山を見せてくれた。
作業台の上に数十センチの高さにも積み上げられた本がそこにある。
聞けば、骨董品や美術館に展示されたものの所蔵目録書のような図鑑などだそうで、積まれた本の下の方に向かうにつれて、面積が大きく、分厚い本になっていた。
一番下なんか、四十センチ×五十センチ近い、ドでかい面積の、さらに厚みが十センチはあろうかというびっくり書物で、焦げ茶色のガッチガチのハードカバーの本が、さらに専用のハードケースに仕舞われている。
「この巨大なのも、蔵書目録ってやつですか」
「の、ようだな。おでれーたよ、グレーヘアの、口髭のオシャレな渋カッコいい紳士が、買い取りできますかとやってきてな、惚れるとこだったわ」
「とうとう同性に目覚めちゃったんですか」
「ワシはもともとバイなのよ、ヨウちゃんも、したくなったらいつでも入れてくれたらいいのよ?」
「冗談でもやめてください」
冗談をいいながら、買い取った本の掃除、仕分けなど、必要作業を始めた。
ところで、そろそろ分かってきてると思うけど、爺ちゃん店長はこういう人だ。
なんというか、ひとことで言うと平成の亀仙人って感じ。
「いや亀仙人は言い過ぎでしょ。ワシは仙人ってほど悟れてないからね」
カンラカンラと笑う爺ちゃん店長ではあるのだが、
「亀仙人と言えばさ、神龍にギャルのパンティーを願ってたけど、どう考えてもパンティーじゃなくてギャル本人を自分用で願うべきだよねぇぐへへへぇ」
などと、成年雑誌のグラビアを見ながらそんなことを言うので、そういうとこですよ、店長、と俺は思うわけで。
まあ、そんな店長だが本質は、みんな違ってみんないい、を地で行く人物で、俺のような陰キャにも分け隔てなく接してくれる稀有な人だ。だから俺は、その優しさに救われたというわけなのだ。
「お、なんだ週刊サターンの今回のグラビア! マロンちゃんじゃないのよぉ! 素晴らしいじゃない、相変わらずメロンのようなおっぱい、けしからん!」
でも俺の隣で際どいグラビア写真は見ないで欲しい。店長のでかいリアクションで、思わず俺も目が行ってしまう。晴天のビーチでバレーボールを手にするニコニコ笑顔のアイドルのグラビア写真。
確かにでかい。どれがボールでどれがおっぱい……って、いかんいかん! 意識を持っていかれるところだった。こんなところにも「奴ら」の罠が!
いやそれ以前に、店長の罠か? 十七歳手前の多感な男子にはキツ過ぎる、ムラムラしたらどうしてくれるんだとも思うわけなのだ。
「わっはっは、そういう時は前屈みになればいいのだよ」
いや対策を聞いてるんじゃないんですよ……。
「ところで今日はどうしたね。元気無いか?」
巨大書物の仕事を片付けて、店内の清掃と書物の陳列の確認など、諸所仕事もひと通り終えて、グラビアを覗き見てる店長の横でぼんやりしながらも、近日陳列予定の月刊小学百年生の雑誌に付録のおもちゃの張り付け作業をしていると、不意に俺の様子に気付いて店長が声をかけてきた。
俺がぼんやりしていたのは、別にグラビアアイドルの写真を脳内再生して妄想してたとかでは、勿論ない。他でもない、ここへ来る前の事を思い出していたのだ。
「その、リアルな表現が難しいので抽象的な言い方になりますが、ドラゴンボールの映画で、旧ブロリーが覚醒した時に、誰よりも強くて、誰も勝てなかったですよね」
「ああ、主人公補正で悟空の『謎の勝利』だったのう。あれを思うと新版のブロリーはだいぶマイルドでいいよね。しかも最終的にチライがブロリーのそばにいるっていうグッドエンドまで作っちゃって、ワシは逆にムカついたが、チライの声の奈々ちゃんがけっこうそそるから許したよ」
「そそるてあなた。必ず何かしらのエロネタに繋ごうとしてませんか」
「ふっはっは、歳を取るとこれくらいしか楽しみがなくなるからのう!」
そうか、歳をとるほど性欲は増大するのか。気を付けよう。
「ほんで?」
「あ、そうだった、俺悩みを打ち明けようと思ってたんですよ。例えば、旧ブロリーのような破壊神的な、自分には勝てない存在があって、それが誰かを狙っているのを見てしまった時、助けるべきか、逃げるべきか、俺は迷ってしまったんです」
「ああ、なるほどそういう事か」
抽象的な話だが、店長には通じるようだ。さすがは年の功、というべきか。
「抽象的どころか、問題そのものじゃないの。ヨウちゃん、ワシらには何も出来ん。この星がギガンティックミーティアか、1000000000000度の火球によって太陽系ごと蒸発されるその時まで、幸せに暮らそう」
何も伝わっていなかった。いや、違うな、論点がズレただけか。
「一兆度の火球は絶対にゼットン意識した発言ですよね」
「如何にも。シン・シリーズは新鮮で良い。今度はライダーも観ようかなと思っとるところだよ」
「まあ、いいか。DVD買うなら俺にもいつか見せてください」
「うむよかろう。で、ヨウちゃんはゼットンに挑むかどうかを悩んでおると」
「うっ」
急角度で核心ついてきた。さすがは亀仙人。でも、この人はちゃんと理解しているんだなと思う。
俺は誰にも言わずに黙っている事も出来た。ただ、自分が心苦しい気持ちで、本当は誰かに聞いて欲しかったと思う。
卑屈で、陰キャで、友達のいない童貞野郎だけど、せめて、まっとうに生きたいと思うから。
「抽象的な答えでいいかの?」
「そう、ですね。俺が理解できなかったら、全容を話しますので、細かいレクチャーをいただけると助かります」
「オッケー牧場。ではFAだ。シンでは、ウルトラマンはゼットンに敗れたが、その後人々の知恵を借りて攻略法を見つけ、ゼットンを倒すことに成功した。人類に出来る事はなんだろうな?」
攻略法が分かれば、俺にも出来ると。
つまり、あの女の子を追いかけて行った雑鬼を祓える方法を知れってこと。
逆に言えば、知らなきゃいけない。知りもせず行けば、犬死にだから。
「……そうか」
知らず、小さく言葉が漏れていた。
「まあ、逃げていい状況なのかどうかも、問題だよ? 地球が滅びない程度なら、ってことだのう」
「ありがとうございます店長。恩に着ます」
「いやいや、この程度、恩に着るようなことではない」
恩に着る事ですよ、店長。俺は店長のこういうところに救われてるんだから。
今の話、抽象ではなくリアルに変換し直したら、いじめの現場やカツアゲを目撃してしまったとも捉えられる内容だ。
でもそれを根掘り葉掘り聞かないで、俺がどうすべきなのかというアドバイスのみに集約してくれる事で、俺の気持ちまで和らげようとしてくれるんだから。
「いえ、このお礼は必ず。情報には情報でお返しします。今度、脳みそぶっ飛ぶ映画の一本でも調べて持ってきますので」
店長はカンラカンラと笑った。
「どうせ持ってきてくれるならちゅきメロのグラビアで頼む、うはっはっは」
「だからぁ、必ずエロ路線で落としどころ作ろうとしないでください。てかちゅきメロって? 変わった名前のアイドルですね」
追記になるが、この件を後に調べたところ、頭部片側半分の髪をピンクに染めた奇抜なお姉さんの画像を大量に見ることとなった。
いや、うん。セクシーでかっこいいお姉さんだと思います。でも、そうか、店長こういう女性が好みだったのか。
引用、出展、参考文献等
マトリックス 監督:ラナ・ウォシャウスキー リリー・ウォシャウスキー
亀仙人、神龍、ブロリーに関する記述 ドラゴンボール 著者:鳥山明 集英社
ゼットンに関する記述 シン・ウルトラマン 監督:樋口真嗣 脚本:庵野秀明
水樹奈々(作中、チライの声に関する記述より)日本の声優 https://www.mizukinana.jp/
ちゅきめろでぃ 日本のプロゲーマー、YouTuber、コスプレイヤー https://x.com/chukimeroday
なお作中に登場する、グラビアアイドルマロン、他、週刊サターン、月刊小学百年生等は架空のものです。
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