第10話:再会のオルヴィア、響くかつての呼名

自由都市メルキアを離れ、数週間の旅路。

俺たちはついにセント・ガルド王国の国境へと辿り着いた。  


だが、入国審査からして一筋縄ではいかなかった。


「おい、見ろよあの馬……」


「なんて立派な。あんなに美しい毛並みの馬を所有している奴なんて、

 王都の貴族様でもそうはいないぞ」



並んでいた商人や兵士たちの視線が、

俺の隣を歩くヴェルナに釘付けになる。  

当のヴェルナは、聞こえてくる賞賛に上機嫌そのものだ。

自慢げに首を高く掲げ、勝ち誇ったような視線を、

俺の頭に乗るブルーナへと送る。


「……ギャウッ! ギャウッ!」


面白くないのはブルーナだ。

妾も褒めろ、と言わんばかりに身を乗り出して兵士に詰め寄る。


「う、うわっ! なんだこのトカゲ、いや、チビドラゴンか?」  


困惑する兵士だったが、ブルーナの鋭い眼光(威圧)に押され、

慌てて言葉を繋いだ。


「……い、いや、このチビも……

 その、美しい碧鱗がキラキラ輝いて、

 まるで宝石の彫刻のようだ! ああ、実に見事だ!」  


その言葉を聞くや否や、ブルーナは鼻を鳴らし、

どうだと言わんばかりにヴェルナを見つめ返した。


「なんだか、こいつら人の言葉を理解してるようだな……」  


兵士が苦笑いしながら書類を確認する。


だが、ヴェルナの額にある一本角に目が止まると、空気が一変した。


「待て、この角……普通の馬じゃないな? 魔獣か、あるいは……」


「使い魔です。ここにギルド発行の登録証があります。

 危険はありませんよ」


俺が慌てて証明書を提示すると、

衛兵たちはようやく得心がいったように肩の力を抜いた。


「……なるほど、確かに受理されているな。だが十分注意しろよ。

 君の使い魔は確かに賢く、君によく懐いているようだが、

 一介の冒険者が連れ歩くにはあまりに強力な雰囲気を感じるからな」


「肝に銘じておきます」  


俺は余計な騒ぎを避けるため、殊勝な態度でヴェルナの首筋を撫でた。


「ほら、こいつは頭がいいから大丈夫ですよ」  


ヴェルナは「当たり前でしょ」と言わんばかりにいななき、

俺の脳内に念話を叩き込んできた。


『失礼な人間ね。あんな安っぽい彫刻と一緒にしないでほしいわ』


「(……お前も、もう少し気配を消してくれよ)」


多少のトラブルはあったものの、入国は順調だった。


しかし、そこからの街道歩きがまた長かった。  


ブルーナとヴェルナが、道ゆく人々や子供たちに指を指されるたび、

愛想を振りまき始めたのだ。  


ブルーナは空中で宙返りを披露し、ヴェルナは優雅な足取りで歩調を合わせる。


そのせいで足止めを食らい、

ようやく目的地である冒険都市オルヴィアの門を潜ったのは、


予定を大幅に過ぎた日暮れ時だった。


「ったく、お前たちがサービスなんてするから、

 着くのが遅くなっちまったじゃねえか」  


宿へ向かう道すがら、俺が苦言を呈すると、

二体は全く悪びれる様子もなく返してきた。


「何を言うか。皆が喜んでおったからよいではないか?

  人の子との戯れは嫌いではないのじゃ」


『そうよ。皆が私の姿を褒めていたじゃない。アレイン、

 私という美しい馬を隣に置けることを光栄に思いなさいな』


「……かなわねぇな」


俺は溜息をつき、そして、ふと足を止めた。  


冒険都市オルヴィア。  


俺の「呪い」が始まった場所。


ブレイブに追放され、この世の全てを呪い、

泥水を啜るような思いで駆け抜けた街。  


恐る恐る、一歩を踏み出してみる。


(……ああ、やっぱり、沸いてこないな)


かつてこの街の石畳を踏むたびに胸を焼いた、

あのドロドロとした憎悪や嫉妬。


それが嘘のように消えている。  


念のため、二体に聞いてみる。


「ブルーナ、ヴェルナ。ここ、どうだ? 嫌な気配とか、

 瘴気とかは感じないか?」


「ふむ……特に何もないの。メルキアとはまた違う活気があって、

 面白そうな街じゃ!」


『そうね、ただの賑やかな人間の街だわ。問題ないわよ』


二体の太鼓判に、俺はようやく胸のつかえが取れた。  


すると、緊張が解けた。


ブルーナが、街に並ぶ屋台の香りに目を輝かせ始める。


「アレを食べたいのじゃ! アレイン、あの香ばしい肉を今すぐ妾に献上せよ!」


「……とりあえず用を済ませてからだ。

 そのあと好きなだけ買ってやるから、今は我慢してくれ」


『まったく、アレインに迷惑をかけるんじゃないわよ。卑しいんだから』  


ヴェルナが鼻を鳴らすが、ブルーナも負けてはいない。


「なんじゃとお主! お主だってさっきから、

 あの赤く輝くリンゴ飴に目が釘付けになっておったではないか!」


『なっ……! それは、ただの色味の確認よ!』


いつものケンカが始まりそうな気配に、俺は両手を広げて割って入った。


「わかった、わかったから! どっちも後で買ってやる。

 だから今は大人しくしててくれ」


そのやり取りを見ている通行人たちにクスリと笑われてしまったが、


怪しい奴と思われなかっただけマシだと考えることにした。


俺たちは、街の中央に聳え立つ冒険者ギルドへと向かった。  


原作の知識が確かなら、ブレイブは俺を追放した後、

急速に頭角を現して成功を収め、自身のクランを立ち上げているはずだ。  


本来のシナリオでは、俺が「淫王」として凱旋した後、

あいつは俺への嫉妬と憎悪で自滅し、クランも壊滅する運命だった。


だが、俺がそのレールを降りた今、あいつは順調に活動を続けているはずだ。


ギルドに入り、受付へ向かおうとすると、周囲の視線に緊張が走る。


(また変な目で見られるか……?)  


と身構えたが、届いた声は予想外のものだった。


「……おい、あれ。もしかしてアレインか!?」


「え、マジかよ! アレインじゃないか! 生きてたのかよお前!」


声をかけてきたのは、かつてブレイブのパーティーのサブメンバーだった連中だ。


「怪しい奴じゃねえよ、こいつは俺たちの古い知り合いなんだ!」  


彼らがそう太鼓判を押してくれたおかげで、

ギルドの空気は一気に和やかになった。  


やはり呪いが解けたおかげなのだろう。


以前は「俺を蔑んでいる」と思っていた奴らの目も、


今見ればただの「懐かしい知人」を歓迎する温かな色をしていた。


「ブレイブのクランハウス?

 ああ、あそこの大通りを抜けた先にあるデカい建物だよ。

 あいつ、今じゃこの街の有名人だからな!」


彼らに教えられ、辿り着いたクランハウスは、予想以上に立派なものだった。  


受付で「ブレイブに会いたい」と告げると、

丁寧ながらも申し訳なさそうな返事が返ってきた。


「申し訳ございません。現在、クラン長は多忙を極めておりまして。

 事前の予約がないとお会いするのは難しいかと……」


いきなり会わなくて済んで安心している自分と、

早くケリをつけたいと思う自分が胸の中でせめぎ合う。


俺は迷った末に、受付に無理を承知で頼み込んだ。


「……いくらでも待ちます。アレインが会いたがっていると、

 そう伝えてもらえませんか」


そう言い残し、クランハウスの玄関を出た時だった。  


背後から、ガヤガヤと賑やかな声が聞こえてくる。

複数の足音と、快活な笑い声。


「――今日の遠征は完璧だったな! 戻ったら盛大に打ち上げ……ん?」


不意に、その声が止まった。  


心臓が、跳ねる。


「……おい、そこの君。……もしかして、アレインじゃないか?」


聞き間違えるはずのない、あの頃よりも少し低く、落ち着いた声。  


運がいいのか、悪いのか。  

振り向いた俺の視線の先には、かつての親友であり、


勇者と呼ばれた男――ブレイブが、驚愕の表情で立ち尽くしていた。

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