第9話:アレインの日常と、かつての「仲間」への想い

呪いが解けたあの日、俺は登録名を「アレイン」へと戻した。


ギルドの受付嬢であるエレーナや、

ベテラン冒険者のビフさんに理由を聞かれたが、まさか

「復讐に燃えていた中二病時代の偽名です」

などと、かつての黒歴史を正直に白状できるはずもない。


「……いや、ソロを気取ってカッコつけてたら、  

 名前を書き間違えちまって。ずっと言い出せなかったんだ。  

 本当はアレインなんだよ」


そんな、自分でも穴に入りたくなるような苦しい言い訳を口にした俺を、

救ってくれたのは、他でもないA級冒険者のビフさんだった。


「がはは! 気にすんな、アレイン!  

 人間、焦ってると書き間違いなんてよくあることだ。  

 俺なんて冒険者登録の時、読み書きができなくてな。  

 自分の名前の欄に堂々と『ブタ』って書いちまって、  

 三日三晩笑われたもんよ!」


その豪快な笑い話のおかげで、ギルドの連中も

「なんだ、そんなことか」

「アレインも意外と抜けてるんだな」

と、すんなり納得してくれた。


この自由都市メルキアの連中は、裏表がなくて本当に人がいい。

かつて俺が、彼ら全員から侮蔑され、狙われていると思い込んでいたのが、

嘘のようだ。


生活は、あの日を境に劇的に変わった。


一時期、新しくなったスキルの検証に焦るあまり、

森の魔獣や精霊と手当たり次第に契約してしまったことがある。


その結果、俺の想像を絶する事態が起きた。 好感度調整に失敗したのだ。


構ってもらえないことに嫉妬した仲魔たちが、

「私を撫でろ!」

「私ともっと遊べ!」

と猛烈に自己主張を開始。


最終的には、数百の魔獣や精霊が俺を求めて街を包囲するという、

メルキア開拓以来の前代未聞のパニックを引き起こしてしまった。


「……ごめんなさい、俺のせいで……」

「いやあ、モテる男は辛いなあ、園長!」


笑って許してくれた街の人々の懐の深さに涙しつつ、俺は深く反省した。

それ以来、仲魔は二体に限定することにした。


一体は、言わずもがな相棒のブルーナ。

碧色の小竜として俺の頭や肩に乗っている彼女は、

今や俺の半身とも言える存在だ。


そしてもう一体が、漆黒の毛並みに鋭い一本角を持つ巨大な黒馬――

ヴェルナだ。


ヴェルナとの出会いは、クエスト中に彼女が瀕死の重傷を負っているところを、

たまたま見つけたのがきっかけだった。


深い裂傷から血を流し、息絶え絶えだった彼女を放っておけず、

俺は「全ステータスの爆発的向上なら、彼女を救えるんじゃないか」と、

半信半疑のまま自分の腕を切り、滴る血――『供物』を彼女に飲ませた。


すると、どろりと濁っていた彼女の瞳に光が戻り、

傷口が目に見える速さで塞がっていったのだ。


爆発的な回復力。 あの神様(?)の悪ふざけのようなスキルは、本物だった。


一命を取り留めた彼女は、

それ以来、 俺が森へ入るたびに現れては「撫でろ」と要求するようになった。


気づけばちゃっかりと、ブルーナの隣に仲魔の座を確保している。

なかなか計算高い奴である。


『アレイン、私の美しい毛並みを整えなさい。  

 この私を撫でることができるなんて、貴方にとってどれほどの光栄か、  

 わかっているかしら?』


ヴェルナは、念話でいつも自信たっぷりに語りかけてくる。


彼女が俺の移動手段として乗馬役を務めることが多いため、

ブルーナとは「私の方がアレインの役に立っている」と、

顔を合わせるたびに火花を散らすケンカになる。


「ふん、馬風情が! アレク……じゃなかった、  

 アレインの頭の上は妾(わらわ)の特等席なのじゃ!」

『あら、頭に乗っているだけの置物と一緒にしないでくれる?』


俺はその仲裁に追われる毎日だが、不思議なことに、

俺に関すること以外では、孤独な強者同士、気が合うのか妙に仲がいい。

獲物を狩る時の連携などは完璧だ。


その様子を見て、ギルドの連中に 「今日も夫婦喧嘩か?」 と笑われるのが、

今の俺の日常だ。


かつては恐れていた公的機関との接触も、今では笑い話に変わる。


一度、希少な竜種を連れていることがザイン帝国に知れ渡り、

仰々しい調査団が派遣されたことがあった。


「その竜は国家の保護対象である。直ちに譲渡せよ」


そんな傲慢で理不尽な要求に対し、真っ先に立ち上がったのは、

俺ではなくメルキアの冒険者ギルドだった。


「ふざけるな! 国が冒険者の正当な財産を奪うってのか!」

「アレインからブルーナちゃんを取り上げるなら、  

 俺たちは今日から一歩も街の外に出ねえぞ!」


ビフさんたちが中心となって大規模なストライキまで起こしてくれたおかげで、

結局、ザイン帝国も折れざるを得なかった。


「……今は小さいが、いつ巨大化して飼い主に牙を剥くかわからない。  

 厳重に注意せよ」


そんな負け惜しみのような捨て台詞を残し、 調査団はすごすごと去っていった。


巨大化したら、そりゃあ世界を滅ぼしかねない古龍なんだから、

当たり前だろう。


俺は心の中で毒づきながら、 隣で肉を食らっているブルーナの頭を撫でた。


そして最近、俺には「冒険者」以外の奇妙な肩書きが増えつつある。


獣人の村から迷子が出ると、 必ずと言っていいほど俺に指名依頼が来るのだ。


原因は、あの忌々しくも強力な新スキル『獣の親愛』。

人種には一切効かないはずなのだが、

なぜか獣人の子供たちには絶大な効果を発揮するらしい。


「あ、アレ兄のにおいだー!」

「くんくん……いい匂いがするー!」


迷子の子供たちが、まるでお菓子の匂いに誘われるように、

俺の元へトコトコと集まってくる。


その上、背中には可愛い小竜、隣には立派な黒馬。

子供たちからすれば、俺は歩くテーマパークのようなものだ。


「アレ兄おかえりー!」

「アレ兄!! ブルーナ抱かせて!! ぎゅーってさせて!!」

「アレ兄!! 次はヴェルナに乗せてよ、お願い!」


街を歩けば、小さな獣人たちの女の子が一斉に群がってくる。


ただし、この効果が「異性(女の子)」に限られるため、

俺の周りで楽しそうにしている彼女たちを、

少し離れた場所から苦々しく眺めている男の子たちもいる。


そんな時は、

「ほら、ガキ同士仲良く遊んでこい。  

 あっちにいい木登りスポットがあったぞ」 と、適当にあしらう。


「おいおい、今日もお勤めご苦労さん!  アレイン保育園の園長さんよぉ!」


酒場からビフさんたちの冷やかしが飛ぶが、 今の俺にはそれすら心地いい。


かつてなら殺意を覚えていたような揶揄も、 今では

「ったく、酒代が余ってるならガキに菓子でも買ってやれよ」

と返せる心の余裕がある。


充実した、嘘のように明るい毎日。


そんな中、ふとした瞬間に、 俺はかつての仲間のことを思い出す。


(……ブレイブ、あいつはどうしてるんだろうな)


俺を追放した、かつての親友。


歪んだ世界の見え方のせいで、 俺は彼を憎み抜いていた。


だが、今のこの澄んだ目―― 世界の歪みが消えた今の目でもう一度彼を見たら、

俺は何を感じ、 彼はどんな顔をしてそこに立っているのだろうか。


俺が信じていた絶望は、本当に真実だったのか。

それとも、あの街の光景と同じように、 俺の脳が作り出した幻覚だったのか。


「……ブルーナ、ヴェルナ。  ちょっと遠出に付き合ってくれるか?」


俺の呼びかけに、ブルーナは瞳を輝かせる。


「美味しいものがあるなら、どこへでも行くのじゃ!  

 旅のご飯は格別じゃからのう!」


『ふん。私の脚があれば、大陸の果てまでだって連れて行ってあげるわ。  

 準備はいいかしら?』


ヴェルナも誇らしげにいななき、その力強い脚を鳴らした。


俺は、窓の外に広がる青い空を見つめ、決意を固める。


一度、セント・ガルド王国へ戻り、 ブレイブに会ってみよう。


復讐のためではない。


俺が見せられていた地獄の、 どこまでが嘘で、

何が本当だったのか。


それを確かめ、 本当の答えを見つけるために。

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