第6話:決意の門出

碧色の鱗を持つ小竜――ブルーナと、

寄り添う魔獣の親子を引き連れて村に帰り着いた俺を待っていたのは、

静かな村の歴史を塗り替えるほどの大騒動だった。


だが、俺が咄嗟にでっち上げた

「希少スキル『フレンドシップ』を持つ魔物使い」

という嘘は、純朴な村人たちには驚くほど素直に、そして好意的に受け入れられた。


「いやあ、まさかあの凶暴な魔獣がこれほど懐くとは。

 さすがはアレクさんだ! お主は天性の魔物使い(テイマー)に違いない!」


村長は、俺の足元で子犬のように腹を見せて甘える魔獣の子供たちを見て、

感心したように目を細めた。


俺の頭の上にどっしりと陣取ったブルーナも、

俺が傍にいれば(今のところは)大人しい。


それどころか、見た目が愛らしい「碧色の小竜」となった彼女は、

村の子供たちから絶大な人気を博してしまった。


「見て見て! 竜さんが私の手からお肉食べたよ! かわいい!」


「ふん、この程度の献上物で妾(わらわ)が喜ぶと思うてか?

 ……モグ、モグ。……うむ、悪くない味じゃな。

 アレクよ、この地の人間はなかなか教育が行き届いておるではないか」


ブルーナは古龍としての強靭な自我があるおかげか、俺の「支配者」としての能力に心を折られている感覚は薄いらしい。


彼女にとって、俺は

「妙に惹かれる不思議な力を持つ人間」であり、

長い永い孤独な時の中で初めて出会った、

対等に口を利ける「友達」に近い感覚のようだった。


人間に警戒されず、初めて食べる村の料理や温かい交流。


ブルーナの機嫌はすこぶる良く、

それがさらに彼女の「ペット」としてのカモフラージュを完璧なものにしていた。


だが、この平穏は長くは続かないことを、俺は知っている。


村はひとまず安全になった。


だが、俺のような「訳あり」が、

ドラゴン擬きを連れていつまでも居座り続ければ、

いずれギルド本部の耳に入り、国の調査団がやってくるだろう。


そうなれば、俺の

「一生モブとして静かに枯れていく計画」

は、確実に破綻する。


「村長、俺は明日、この村を出ます。一からやり直すために、

 まずは大きな街のギルドで正式に冒険者登録をしたいんです」


 宿屋の娘や村人たちからは熱烈な引き止めを受けたが、俺の決意は固かった。


 ブルーナが俺の「使い魔」として傍にいてくれるおかげで、

 ステータス上の身体能力は以前よりも格段に底上げされている。


 たとえ、あの忌まわしき呪い(スキル)のレベルを最低限に抑えたままでも、

 ソロの冒険者として十分にやっていけるという確信があった。


 ――数日後。


 俺は隣国の主要都市にある冒険者ギルドの巨大な門を潜った。


 鼻を突くのは、安酒と汗、そして錆びた鉄の匂い。

 活気と殺気が渦巻くその光景は、前世のラノベで何度も見た

 「冒険者の日常」そのものだった。


(……くっ、落ち着け、落ち着け俺……!)


街の喧騒に当てられたせいか、それともギルドという装置のせいか。


脳裏に、俺をゴミのように捨て、嘲笑いながら追放したブレイブたちの顔がよぎる。


煮えくり返るような「復讐心」と、

全てを蹂躙して「成り上がりたい」というドス黒い衝動が、

腹の底から鎌首をもたげる。


前世の「アレイン」としての設定が、俺の精神を闇へと誘おうとしているのだ。


俺は奥歯が鳴るほど強く噛み締め、その真っ黒な感情を気合で押さえつけた。


(ダメだ。俺は復讐者じゃない。ただのモブなんだ!)


「ふん……。見ろよ、あんなガキが使い魔連れて冒険者気取りか?」


「ちっこいトカゲ一匹で何ができるんだよ。

 ママのところに帰ってミルクでも飲んでな」


カウンターへ向かう途中、ガラの悪い男冒険者たちが侮蔑の言葉を投げつけてくる。


一方で、すれ違う女冒険者たちは、俺を見るなり頬を上気させ、

粘りつくような視線を送ってきた。


「ねえ君、いい体してるわね。

 今夜、お姉さんと『深層探索』しない?」


「……っ、間に合ってます」


耳元で囁かれる卑猥な誘いを無視し、俺は受付カウンターへと辿り着いた。


そこに座っていた受付嬢は、山積みの書類に追われているのか、

すこぶる機嫌が悪そうに俺をギロリと睨みつける。


「新規登録?

 ……はい、これに記入して。

 使い魔がいるなら、そのトカゲの鑑別料も別途かかるから。

 早くして、忙しいんだから」


吐き捨てるような、冷淡な態度。


だが、俺はそれでいいと思った。


優しくされるより、チヤホヤされるより、

こうして「無能な新人」として扱われる方が、

俺の貞操とモブとしての平穏は守られるのだ。


「……アレク、

 妾(わらわ)のこともちゃんと登録せよ。

 妾は『ブルーナ』じゃ。間違えるでないぞ」


頭の上のブルーナが、不機嫌そうに受付嬢を睨み返す。


その小さな瞳には、かつての古龍としての威厳が僅かに漏れていたが、

幸いにも受付嬢はそれを

「生意気なペットの威嚇」

程度にしか受け取らなかった。


男たちの罵倒。

女たちの淫らな誘惑。

そして受付嬢の冷淡な視線。


最悪の再スタート。


だが、俺は確かに、俺自身の足でこのクソみたいなシナリオに抗い始めていた。


「アレクです。

 魔物使いとして……登録をお願いします」


ペンを握る手に力を込める。


俺の物語は、絶対始めさせない。


帝国も、ハーレムも、復讐劇も、そんなものはクソ喰らえだ。


俺は俺の、モブとしての道を行くんだ。


強い決意と共に書き殴った登録用紙を提出し、

俺はギルドを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る