第5話:碧の古龍は猫サイズになり、俺は魔物使いを名乗る

黄金色の夕刻が、森の木々を長く、不気味に引き伸ばしている。

村への帰り道、俺は深刻な――

それこそ人生の根幹を揺るがしかねないレベルの問題に直面していた。


後ろを振り返れば、そこには悠然と歩く巨大な『碧鱗の古龍』。

そしてその足元を、さっき助けた魔獣の親子が「キュイキュイ」と鳴きながら、

まるで親鳥を追う雛のように付いてきている。


「おい、お前……いい加減にしてくれ。あっちに行けって」


俺は「しっ、しっ!」と手を振り、

野良犬でも追い払うかのようにドラゴンを邪険に扱ってみせる。

だがドラゴンは「クゥ」と甘えた声を漏らし、

巨大な頭を俺の腹にすり寄せてくるだけだった。


重い。

岩壁に押しつぶされるような凄まじい質量に、

俺の足が数センチほど地面にめり込む。


「いいか、よく聞け。俺はしがない新米冒険者の『アレク』なんだよ!

 お前みたいな『歩く天災』を連れて村に帰ってみろ。

 村は大騒ぎどころかパニックだし、俺はギルドから根掘り葉掘り聞かれる。

 最悪、国から調査団が来て、俺の人生は実験動物か何かに成り下がるんだ!」


そう言いながら、俺はドラゴンの胸元を指差す。


「ほら、お前はもう自由だ! 傷も癒えただろ。好きに生きろ!」


そう。よく見ると――

俺の『聖なる体液(ビッグマグナム発射分)』を摂取したせいか、

ドラゴンの剥がれていた鱗はすっかり再生していた。

それどころか、心なしか筋肉の張りも増し、

以前よりビルドアップして神々しささえ増しているように見える。


(……俺のアレには回復効果やドーピング効果まであるのか。勘弁してくれ)


嫌な予感がして、俺は周囲を警戒しながらステータス画面を呼び出した。


「ステータス……鑑定。……おい、ふざけるな。なんだこれは!」


OFFにしていたはずの『魅惑の芳香』はそのまま暗転していた。

だが、そのすぐ下に、見覚えのない不吉な項目が追加されていた。


【新着】

『魅惑の芳香Ⅱ』Lv.2(強制常時ON)


 → 効果対象:魔物、魔族の雌(メス)

 → 概要:対象の理性を削り、本能的な依存を引き起こす


【Caution(注意)】

※魔物、魔族は人種より自我が強いため、完全に支配下に置くのは困難です。

常に裏切りを警戒してください。

※『魅惑の芳香(対人)』と『魅惑の芳香Ⅱ(対魔)』の両方を同時にOFFにすることはできません。

OFFにしたい場合は、一度『魅惑の芳香(対人)』をONにしてから切り替えてください。


「クソが……! どこまでも忌々しいクソスキルめ!」


俺は思わず天を仰いで悪態をついた。


つまりなんだ。

人間を誘惑して廃人(眷属)にするのを止めるなら、

代わりに魔物を誘惑し続けろ、と?


神だかシステムだか、この世界の作者だか知らんが、性格がねじ曲がりすぎている。


だが、人間を依存させて貞操を奪われるよりは、魔物に懐かれる方がまだ「モブ」としての仮面を守り通せる可能性はあるかもしれない。

「裏切りを警戒しろ」という注意書きも、今の俺には「依存しすぎて心中される」

よりはマシなリスクに思えた。


俺が絶望のどん底で頭を抱えていた、その時だ。


「……そんなに妾(わらわ)が邪魔か? 小さければ、よいのか?」


不意に、鈴を転がすような、凛とした、

それでいてどこか艶めかしい女性の声が響いた。


辺りを見回すが、俺と魔獣親子以外、誰もいない。


「お前……今、喋ったか?」


「悠久の時を生きる妾ならば、人の言葉を模すことなど造作もない」


声の主は、目の前の巨大なドラゴンだった。


ドラゴンは黄金の瞳で俺をじっと見つめ、思案するように首を傾げる。


「小さければ、付いていってもよいのだな?」


「……いや、サイズによ――」


俺が言い終えるより早く、ドラゴンの巨体が眩烈な碧色の光に包まれた。

バチバチと大気が鳴り、光が収まった後――そこにいたのは。


まるまると太った、猫サイズの、ぬいぐるみのような小竜だった。


「これならばよかろう? さあ、妾を傍に置くのじゃ」


ちびドラゴンと化した古龍は、器用に俺の脚を駆け上がり、

肩を跳ね、そのまま俺の頭の上にどっしりと鎮座した。


重さは子猫程度。

だが放たれるプレッシャーと、「こいつを怒らせたらこの村が消える」

という緊張感は相変わらず伝説級だ。


「はぁ……。わかった。もう好きにしろ」


こうなれば設定を固めるしかない。


俺は、自分のこの異常な体質と能力を隠蔽するため、「フレンドシップ」という架空の希少スキルをでっち上げることにした。

魔物と心を通わせ、懐かれる特異体質の『魔物使い(モンスターテイマー)』。


これなら、ドラゴンや魔獣が付いてくる光景にも、

一応の――この世界の住人が納得しそうな――説明がつく。


魔獣の親子の警戒心が異様に強かった原因も、

「この小さなドラゴンの魔力に当てられてパニックを起こしていただけだ」

と言えば、村長も納得するだろう。


「ところで、マスター。妾は主(あるじ)の名をまだ知らぬ。妾に名を教えよ」


頭の上のドラゴンが、ぷにぷにとした前足で俺の額を「ペシペシ」と叩いてくる。

どうやらこいつ、かなり気に入っているらしい。


「……アレクだ」


「アレクか。短いが、響きは悪くない。

 ……次は妾じゃ。妾には名がない。

 碧鱗とは呼ばれておるが、可愛げもなくてつまらん。

 マスター、妾に相応しい名を与えよ」


期待に満ちたドラゴンの声。

俺は歩きながら、しばらく考え込んだ。


青い鱗、碧の龍……。


「……ブルーナ、でいいか。安直だけど」


「適当じゃな! マスターは想像力が欠如しておるのか!?」


ブルーナは「ギャウ!」と文句を言いながらも、

その名を何度も、噛み締めるように嬉しそうに反芻した。


「ブルーナ……ブルーナ。ふむ、悪くない。

 よかろう。妾は今日からブルーナじゃ!

 マスター、コンゴトモヨロシク……」


どこかの世紀末な女神転生の仲魔みたいな挨拶だな、

というツッコミを俺は必死で飲み込んだ。


そんな俺の内心など知る由もなく、

ブルーナは満足げに俺の髪を巣のように整えている。


「ああ。よろしく頼むぜ、ブルーナ。……その、相棒」


俺は頭の上のブルーナを一度降ろし、その小さな前足と、そっと握手を交わした。


伝説の古龍を、あんな「変態的な手段」で仲魔にしてしまった新米冒険者アレク。

貞操と人間性を守るための逃亡生活は、どうやら予定よりも数倍、

いや数百倍ほど賑やかで、そして予測不能な方向へと加速し始めたらしい。


俺はブルーナと、その後ろを健気に付いてくる魔獣親子を引き連れ、

ようやく村の入り口へと向かった。

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