第6話

 指定された待ち合わせ場所は、ダンジョン協会の向かいにあるオープンテラスのカフェだった。

 オシャレな店だが、店に近づいた俺はすぐに違和感に気づいた。


 テラス席の一角だけ、ぽっかりと客がいない「空白地帯」があるのだ。


 他の席は満席なのに、そのテーブルの半径三メートル以内には誰も近づこうとしない。

 まるで、そこだけ見えない結界が張られているかのように。


「……あそこか」


 その中心に、一人の少女がちょこんと座っていた。

 ふわふわとしたピンク色のボブカット。

 小動物を思わせる大きな瞳。

 服装はフリルのついた配信者っぽい衣装だが、どこか薄汚れている。


 俺が近づこうとした、その時だ。


 バサァッ!


 上空を飛んでいたカラスが、ピンポイントでその席に向けて「落とし物」をした。

 さらに、ウェイターが何もない場所でつまづき、持っていた水をぶちまけそうになる。

 風が吹けば、パラソルの支柱がギシギシと悲鳴を上げる。


(……なんだあれ。不幸の総合デパートか?)


 俺は少し帰りたくなったが、ポケットの中の全財産(三〇〇円)を思い出して踏みとどまった。

 意を決して、空白地帯へと足を踏み入れる。


「あの、『ダンジョン配信アシスタント』に応募した者ですが」


 俺が声をかけると、少女はビクッと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。


「えっ……? う、嘘!? 本当に来たんですか!?」


 彼女は目を丸くして俺を凝視した。

 まるで幽霊か絶滅危惧種を見るような目だ。


「はあ。一応、面接ということで」

「あ、あのっ! 遺書は!? 遺書は書いてきましたか!? あと生命保険の受取人は!?」

「書いてません。というか、ただのポーターですよね?」


 俺が呆れて答えると、少女は「信じられない……」と呟きながら、慌てて席を勧めてきた。


「あ、すみません! 私、夢見(ゆめみ)カノンといいます! C級探索者やってます!」


 夢見カノン。

 聞き覚えがある。確か、「ルックスは最高だが、見ているだけでハラハラする」と評判のドジっ子配信者だ。


「神崎レンです。F級ですが、荷物持ちには自信があります」

「F級……。うう、罪悪感が……」


 カノンは申し訳なさそうに眉を下げた。


「あの、レンさん。正直に言いますね。この仕事、普通の人だと死にます」

「……募集要項にも書いてありましたね」

「比喩じゃないんです! 私、生まれつきスキルが『幸運(E-)』で……その、魔物を引き寄せる体質なんです!」


 彼女が涙目で説明したところによると、こうだ。

 彼女がダンジョンに入ると、なぜか落とし穴が開いたり、天井が落ちてきたり、レアなモンスターが群れで襲ってきたりするらしい。

 そのせいで、これまでに雇ったポーターは全員、一回目の配信で「もう無理です!」「命が惜しい!」と泣きながら辞めていったという。


「だから報酬が高いんです。危険手当込みの日給五万円です」

「なるほど。歩く災厄ってわけですか」

「うぅ、否定できない……。だから、今からでも帰ったほうが――」


 カノンが俯いた、その瞬間だった。


 キィィィィン……!


 頭上から、不穏な金属音が響いた。

 見上げると、カフェの隣にある工事現場のクレーンから、吊り下げられていた鉄骨の束がバランスを崩していた。


「あ」


 ワイヤーが切れる。

 数トンの鉄塊が、真っ逆さまに俺たちのテーブルめがけて落下してくる。


「きゃああああああっ!?」


 カノンが悲鳴を上げ、頭を抱えて縮こまる。

 周囲の客も叫び声を上げて逃げ惑う。


 だが、俺は動かなかった。

 逃げる必要がないからだ。


(……面倒だな。コーヒーが冷める)


 俺はカップを手に持ったまま、テーブルの影に意識を接続した。

 視界には映らない速度で、影の中から無数の黒い触手が伸びる。

 それは落下してくる鉄骨の下に滑り込み、ふわりとしたクッションのように衝撃を受け止め――そして、軌道をわずか数センチだけ「ズラした」。


 ズドォォォォォンッ!!


 轟音と共に、土煙が舞い上がる。

 鉄骨は俺たちのテーブルを避けるように、左右の地面に突き刺さっていた。

 俺とカノンの座る場所だけが、奇跡的に無傷のまま残されている。


「ご、ごほっ……! し、死んだ……私、ついに死んだ……」


 砂埃の中、カノンが震える声で呟いた。

 俺は平然とコーヒーを一口すすり、彼女に声をかけた。


「生きてますよ。運が良かったですね」

「へ……?」


 カノンが恐る恐る目を開ける。

 目の前には、瓦礫の山の中で優雅にコーヒーを飲む俺の姿。


「う、うそ……無傷!? 鉄骨の直撃を受けたのに!?」

「いや、ギリギリ外れましたよ。日頃の行いがいいんですかね」

「そんなわけないです! 私の不運は絶対なんです! それを回避するなんて……!」


 カノンは立ち上がり、俺の顔をまじまじと見つめた。

 そして、その瞳をキラキラと輝かせた。


「み、見つけた……! 私の不運に打ち勝つ、『死なない人』……!」


 ガシッ!

 彼女はテーブル越しに、俺の手を両手で握りしめた。


「採用! 採用ですレンさん! あなたしかいません! 一生私についてきてください!」

「……一生は重いですね。とりあえず今日一日で」

「いいえ逃がしません! さあ行きましょう、今日は最高の配信になりますよ!」


 カノンは俺の返事も聞かず、強引に俺の手を引いて歩き出した。

 その力は意外と強い。


「ちょ、どこへ行くんですか」

「決まってるじゃないですか! 今一番ホットな『魔の樹海ダンジョン』です!」


 樹海。

 植物系モンスターがうごめき、視界が悪く、一度迷ったら出られないと言われる場所。

 不幸体質の彼女が行けば、何が起きるか想像に難くない。


(……前言撤回。ゴウダのパーティのほうが、まだ安全だったかもしれない)


 俺は遠のいていくスローライフの背中に涙しつつ、ピンク髪の災厄に引きずられていくのだった。

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