第7話
「あー、マイクテス、マイクテス。……よし、ドローン起動!」
薄暗い樹海の入り口で、小型の自律飛行ドローンがブゥンと浮き上がった。
カメラのレンズが回転し、俺たちを捉える。
「みなさーん! こんカノ~! C級探索者アイドル、夢見カノンだよっ!」
カノンがカメラに向かって、アイドル全開の笑顔とポーズを決めた。
先ほど鉄骨の下敷きになりかけた人間とは思えない切り替えの早さだ。
彼女が手元のタブレットを確認すると、配信開始から一分も経っていないのに、同接数は既に五千人を超えていた。
「すごい、最初からたくさんの人が見てくれてる!」
「……物好きな人もいるもんですね」
俺は荷物を背負いながら、タブレットの画面を覗き込んだ。
そこには、滝のようなコメントが流れていた。
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【コメント欄】
:きたあああああああ
:こんカノ~
:待ってた
:また懲りずに来たのかw
:今日の自殺志願者はここですか?
:前回、開始5分でポーターが泣いて逃げたからな
:おーい、今日の生贄(ポーター)映してくれー
:遺影のスクショ撮っとくわ
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「……民度、低くないですか?」
「あはは……みんな照れ屋さんなんです」
カノンが引きつった笑みを浮かべ、俺を手招きした。
「紹介します! 今日のパートナー、ポーターのレンさんです! なんと今回は、とっても頑丈なF級の方なんですよ!」
俺はカメラに向かって、無難に軽く手を挙げた。
顔はフードとマスクで隠している。身バレ防止のためだ。
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:は?
:F級wwwww
:終わった
:解散
:一般人連れてくるとか殺人未遂だろ
:頑丈(笑)
:南無阿弥陀仏
:レンくん、逃げるなら今のうちだぞ
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容赦ない罵倒の嵐。
まあ、当然の反応だ。C級ダンジョンにF級が潜るなんて、自殺行為以外の何物でもない。
(言いたい放題言ってくれるな……。ま、日給五万分は働きますよ)
俺は内心でそう呟き、樹海への一歩を踏み出した。
◇
ダンジョン『魔の樹海』。
鬱蒼とした木々が生い茂り、視界が悪い。
本来なら、入り口付近はスライムやツタ植物などの雑魚しか出ないエリアだ。
――はず、なのだが。
「……ねえ、カノンさん」
「なんですか、レンさん?」
「なんか、羽音が聞こえませんか? それも、大量の」
突入からわずか五分。
俺の『聴覚強化』スキルが、不穏なブンブン音を捉えた。
「え? 気のせいですよぉ。この辺は静かなエリアで……」
カノンが振り返った、その時だった。
木々の隙間から、黒い雲のような塊が飛び出してきた。
「――――ッ!?」
雲じゃない。
全長三〇センチはある、巨大な蜂の群れだ。
「キ、キラービー!? しかも『大群(スウォーム)』!?」
カノンが悲鳴を上げる。
キラービーは本来、地下三層以下の深層に生息するモンスターだ。しかも、こんな数百匹単位の群れ、ボス部屋以外で見かけるものじゃない。
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:うわああああああああ
:ファッ!?
:入口だぞここ!?
:詰んだ
:レンくんさようなら
:放送事故確定
:グロ注意
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コメント欄がパニックになる中、蜂の群れは一直線にカノン(というより不運の発生源)に向かって急降下を開始した。
毒針の一撃を受ければ、C級ハンターでもショック死する。
「いやぁあああ! 来ないでぇえええ!」
カノンが頭を抱えてしゃがみ込む。
絶体絶命のピンチ。
だが、俺にとっては「作業」でしかなかった。
(……ドローンの位置、よし。カメラの死角、確保)
俺は冷静に一歩横にズレて、カノンの背中とカメラの間に体を滑り込ませた。
視聴者からは、俺の背中でカノンが見えなくなったはずだ。
この一瞬で十分。
「『影針(シャドウ・ニードル)』」
俺の影から、無数の極細の針が射出された。
視認不可能な速度で放たれた黒い針は、蜂の一匹一匹の眉間を正確に貫いていく。
プツ、プツ、プツ、プツンッ!
空中でホバリングしていた数百匹の蜂が、同時に絶命した。
まるで糸が切れたように、ボトボトと地面に落下していく。
「……ふぅ」
俺は即座に影を解除し、何食わぬ顔でカノンの肩を叩いた。
「カノンさん、もう大丈夫ですよ」
「ひぃっ! 痛いのは嫌ぁ……え?」
カノンが恐る恐る目を開ける。
彼女の周囲には、ピクリとも動かない蜂の死骸が山のように積まれていた。
「え、えぇっ!? な、なんで全滅してるの!?」
「いやー、運が良かったですね。急に突風が吹いて、蜂たちがバランスを崩して木に激突したみたいです」
俺は小学生でも信じないような嘘をついた。
だが。
「そ、そうなんだ……! 私、初めて運が良かったかも……!」
カノンは目を輝かせて信じた。
チョロい。あまりに不運すぎて、少しでも良いことがあると疑わないタイプだ。
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:は?
:どういうこと?
:今の見えなかったぞ
:突風で全滅とかあるかよwww
:バグ? 運営仕事しろ
:レンとかいうF級、何もしなかったな
:いや、今のタイミングおかしくね?
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コメント欄は困惑しているが、カメラには何も映っていない。
ただ俺が背中を向けて立っていただけだ。
よし、これで「何もしていないF級」のポジションは守られた。
「すごい! レンさんが来てからツイてます! この調子なら最深部まで行けるかも!」
カノンが無邪気に喜んでいる。
だが、俺の表情はマスクの下で強張っていた。
(……いや、喜んでるところ悪いけど)
俺は地面に耳を当てたわけでもないのに、足裏から伝わってくる微振動を感じ取っていた。
ズズズズズ……。
先ほどの蜂の群れは、ただの「斥候」か、あるいは「何かから逃げてきた」だけかもしれない。
樹海の奥深くから、何百、何千という生物が、こちらに向かって雪崩のように押し寄せてくる気配がする。
(時給五万じゃ、これ、安すぎるだろ……)
俺は深いため息をつきながら、再び影の中に魔力を充填し始めた。
カノンの不運スキル、想像以上に仕事熱心すぎる。
次の更新予定
影の英雄は二度死ぬ~かつて命懸けで救った薄幸の少女が、現代で最強のS級ハンターになって僕を探している件。なお、僕はF級としてスローライフを送りたい~ kuni @trainweek005050
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