第5話

「ガハハハ! いやー、自分でも恐ろしい才能だぜ!」


 地上への帰路。ゴウダの笑い声が通路に響き渡っていた。

 彼はすっかり「自分が遅効性の必殺技でオーガを倒した」と信じ込んでいる。

 人間の脳というのは都合よくできているものだ。恐怖で記憶が改竄され、自分に都合のいい解釈だけが残る。


「しかしよぉ、F級。証拠がねえのが痛いな」


 ふと、ゴウダが立ち止まった。


「オーガは消滅しちまっただろ? これじゃギルドに報告しても『ホラ吹き』扱いされちまうかもしれねえ」

「あ、それなら大丈夫ですよ」


 俺はポケットから、先ほど回収しておいた紫色の結晶を取り出した。


「これ、オーガが消えた場所に落ちてました」

「ああん? こ、これは……!」


 ゴウダが目を見開き、ひったくるようにそれを受け取る。

 拳大の魔石。

 深紫の輝きを放つそれは、高ランクモンスターである証明だ。


「でかしたぞF級! お前、逃げ回ってただけかと思ったら、こんなモン拾う余裕はあったのか!」

「へへ……ゴウダさんが倒した記念品だと思って、つい」


 俺は揉み手をしながらお追従を言う。

 これでいい。

 この魔石を持っている者が「討伐者」だ。俺がこれを持っていると、どう言い訳しても俺の手柄になってしまう。

 セツナに見つかるリスクを考えれば、こんな魔石の一つや二つ、安い経費だ。


「よし! これで俺はB級……いや、A級昇格も夢じゃねえ! 行くぞ、凱旋だ!」


 鼻息を荒くして歩き出すゴウダ。

 その背中を見ながら、俺は内心で安堵のため息をついた。


(……もらってくれて助かったよ。その『嘘の栄光』が、いつかあんたの首を絞めることになるだろうけどな)


 実力に見合わない名声は、破滅への特急券だ。

 まあ、俺を突き飛ばした男だ。同情はしない。


          ◇


 ハンター協会に戻った俺たちを待っていたのは、予想通りの喧騒だった。


「ジェ、ジェネラル・オーガの魔石!?」

「本物だ、鑑定機が『Bランク相当』を示してるぞ!」

「すげぇ! D級パーティが変異種を狩ったのか!?」


 受付カウンターの前は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 その中心で、ゴウダがふんぞり返っている。


「いやー、苦戦したぜ! だが俺の秘剣『遅延斬り』が炸裂してな!」

「さすが『閃光のゴウダ』だ!」

「次の遠征、俺たちも混ぜてくださいよ!」


 ちやほやされるゴウダ。

 一方で、俺はロビーの隅っこで壁のシミになっていた。

 誰も俺を見ない。

 F級の荷物持ちなど、英雄の影に隠れて見えもしない存在だ。


(完璧だ……)


 これなら、ニュースになってもゴウダの名前しか出ないだろう。

 セツナの捜索網にも引っかからないはずだ。

 俺は役目を終えた安堵感に包まれながら、報告が終わるのを待った。


 数十分後。

 手続きを終えたゴウダが、上機嫌で近づいてきた。

 そして、チャリ、と小銭を俺の足元に投げ捨てた。


「はいよ、今日の報酬だ」


 アスファルトに転がったのは、五〇〇円玉が数枚と、細かい硬貨。

 合わせて三〇〇〇円ほどか。

 命懸けの荷物持ちの報酬にしては、あまりに安すぎる。


「ゴウダさん、これは……契約では一万円と聞いていましたが」

「あぁ? バカ野郎、それは『役に立った奴』の値段だ」


 ゴウダは侮蔑の目で俺を見下ろした。


「お前、オーガが出た時ビビって腰抜かしてただろ? あわや全滅の危機だったんだ。そんな役立たずの臆病者に、満額払えるかよ」


 ……どの口が言うんだ、とツッコミたいのをグッと堪える。

 ゴウダはニヤニヤしながら宣告した。


「というわけで、お前はクビだ。ウチのパーティに、F級の雑魚はいらねえんだよ」

「クビ、ですか」

「おうよ。悔しいか? 泣いて縋るなら、靴磨きくらいはさせてやってもいいぜ?」


 ゴウダは俺が絶望する顔を見たかったのだろう。

 だが、俺の口から出たのは、心からの感謝だった。


「――ありがとうございますっ!!」


「あ?」


 俺は満面の笑みで、深々と頭を下げた。


「クビにしてくれて助かります! 僕みたいな弱虫、ゴウダさんのような英雄の足手まといですからね! いやー、清々しました!」

「は、はぁ? なんだこいつ……」


「じゃ、お元気で! 二度と会わないことを祈ってます!」


 俺は地面の小銭を拾い集めると、軽やかな足取りでその場を去った。

 背後でゴウダが「気味の悪ィ野郎だ」と吐き捨てるのが聞こえたが、どうでもいい。

 これで俺は自由の身だ。


          ◇


 しかし。

 自由になったからといって、腹が膨れるわけではない。


「……三〇〇〇円か。今日の宿代で消えるな」


 路地裏のベンチに座り、俺は手の中の小銭を見つめた。

 魔石をゴウダに渡したことは後悔していないが、金欠なのは事実だ。

 このままでは、最強の能力を持ちながら餓死する『影の君主』になってしまう。


「何か、割のいい仕事はないか……?」


 俺は再びギルドへ戻り、掲示板の前に立った。

 F級が受けられる依頼は、悲惨なものばかりだ。


『スライムの粘液集め(日給1500円)』

『下水道のネズミ駆除(日給2000円)』

『迷宮トイレ掃除(日給1000円)』


 ……現代日本とは思えないブラックぶりだ。

 F級の人権のなさを痛感する。


 そんな中。

 掲示板の端っこに、ひときわ異彩を放つチラシが一枚だけ残っていた。

 他の依頼書が白や黄色なのに対し、それだけが禍々しい赤色をしている。


『【急募】ダンジョン配信アシスタント兼ポーター』


 配信?

 そういえば、さっきの街頭ビジョンでも探索の様子が流れていたな。

 俺は詳細に目を通した。


『業務内容:配信機材の運搬、および緊急時の盾(タンク)』

『報酬:日給50000円 + 再生数に応じた歩合』

『応募資格:F級~E級歓迎。年齢不問』


 破格だ。

 他の依頼の二〇倍以上の報酬。

 だが、その下に書かれた『必須条件』が、この依頼が売れ残っている理由を物語っていた。


『※条件:とにかく頑丈な人。死んでも文句を言わない人。遺書を用意できる人』


「…………」


 普通なら、絶対に関わってはいけない案件だ。

 「死んでも文句を言わない」なんて、募集要項に書いていい日本語じゃない。


 だが、俺の目は釘付けになっていた。

 日給五万。

 これなら、一週間でまともなアパートが借りられる。

 それに、配信の裏方なら顔出しもしないだろうし、セツナに見つかるリスクも低い。


 何より――。


「頑丈さなら、自信があるしな」


 10年前に身体ごと消滅した経験がある俺にとって、「死ぬ気で」という言葉は比喩じゃなく日常だ。

 俺は掲示板から赤いチラシを剥がした。


「よし。行ってみるか」


 俺はチラシをポケットにねじ込み、待ち合わせ場所へと向かった。

 それが、後にネット界を震撼させる『伝説の配信チャンネル』の始まりになるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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