第2話
現代で生きていくには、金が要る。
これはダンジョンが発生しようが、世界がひっくり返ろうが変わらない真理だ。
復活したばかりの俺の所持金はゼロ。
住む場所もなければ、身分証明書すらない。
唯一あるのは、規格外の身体能力と、中二病じみた『影』の能力だけ。
となれば、やることは一つだ。
「ハンター登録、するしかないよな……」
俺は深くフードを被り直し、新宿にある『ハンター協会』の支部へと足を踏み入れた。
◇
協会の中は、武装した人々でごった返していた。
剣を背負ったサラリーマン風の男や、魔法使いのようなローブを羽織った学生。
まるでコミケ会場のようだが、漂う空気は殺伐としている。
俺は極力目立たないように、受付を目指した。
だが、ロビーの柱に貼られた『あるポスター』を見て、心臓が止まりかけた。
『捜索願:私の最愛の人』
そこには、俺の似顔絵(十年前の姿だが、妙に美化されている)と共に、鬼気迫る筆致でこう書かれていた。
『特徴:黒髪、優しい目、自己犠牲癖あり。
発見した場合は直ちにS級ハンター天宮セツナまで。
※決して彼を逃がさないでください。拘束・魔法による足止め可。
報奨金:一〇〇億円~(交渉可)』
「……指名手配書かな?」
金額の桁がおかしい。あと「拘束可」ってなんだ。狩る気満々じゃないか。
ポスターの中の似顔絵が、「早く逃げろ」と俺に訴えかけている気がする。
冷や汗を拭いながら、俺は受付カウンターへ滑り込んだ。
何食わぬ顔で登録用紙を出し、測定室へと通される。
「では、こちらの水晶に手を置いてください。魔力値を測定します」
事務的な口調の女性職員が、バスケットボール大の水晶玉を指差した。
俺はおそるおそる手を伸ばす。
(手加減だ。とにかく魔力を抑えて、一般人レベルを偽装するんだ)
俺は体内の『影』を極限まで圧縮し、深層心理の奥底へと押し込めた。
漏れ出る魔力はゼロに近いはずだ。
俺の掌が、水晶に触れる。
ブゥン……。
水晶が一瞬、淡く光ろうとし――直後。
インクを垂らしたように、急速に『漆黒』に染まった。
「え?」
職員が目を丸くする。
黒く濁った水晶は、光を放つどころか、室内の照明すら吸い込んでいるように見えた。
そして。
『ERROR』
『MEASUREMENT FAILED(測定不能)』
無機質な赤い文字が、ホログラムで浮かび上がる。
「あー……これは」
「……またですか」
職員が呆れたようにため息をついた。
「最近の機種は感度が悪くて。魔力が極端に少ないと、こうしてエラーが出てしまうんです」
「えっ」
「魔力反応、ほぼゼロですね。一般人以下です」
違う。
俺は直感した。これは魔力が無いんじゃない。
俺の『影』の質が異質すぎて、測定用の光をすべて喰らい尽くしてしまったんだ。
エラーが出たのは、測定器のキャパシティを超えたから。
だが、職員は憐れむような目で俺を見て、淡々と告げた。
「残念ですが、戦闘職への適性はありません。市民ランク、通称【F級】認定となります」
F級。
この世界における最底辺。
荷物持ちや雑用しか許されない、非戦闘員。
その宣告を聞いた瞬間、俺は――心の中でガッツポーズをした。
(よっしゃあああああ!!)
F級! 素晴らしい響きだ!
世界最強のS級ハンター様が、まさか最弱のF級の中に「探している英雄」がいるなんて思うわけがない。
これは最強の隠れ蓑だ。
「あ、ありがとうございます! F級で! ぜひF級でお願いします!」
「は、はあ……? まあ、登録は完了しましたので」
ドン引きする職員から、俺は登録証代わりの『ステータスカード』を受け取った。
早速、自身のステータスを確認する。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【名前】神崎 レン
【ランク】F
【職業】市民(荷物持ち)
【体力】G
【魔力】測定不能(Error)
【スキル】
・生活魔法(極小)
・影の■■(※データ破損:解読不能)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
……ん?
スキルの欄、なんかバグってないか?
『影の』の後ろ、うっすらと『王権』とか『君主』とか書いてある気がするが、文字化けして読めない。
(まあ、バレてないならいいか)
俺はカードを懐にしまい、上機嫌でロビーへと戻った。
これなら目立たずに、日銭を稼いでスローライフが送れる――。
「おい、邪魔だぞゴミ」
そう思った矢先、ドンッ! と強い力で肩をぶつけられた。
よろめくフリをして顔を上げると、そこには金髪を逆立てた、いかにも柄の悪い男が立っていた。
胸には『D級』のバッジが輝いている。
「あ? なんだそのカード。……プッ、F級かよ」
男は俺のカードを覗き込み、鼻で笑った。
「魔力ゼロの無能が。ここはお前みたいな一般人がピクニックに来る場所じゃねえんだよ」
「すみません、不慣れなもので」
「チッ、これだから新入りは。俺はD級のゴウダ様だ。道を開けろ」
ゴウダと呼ばれた男は、俺を押しのけて歩いていく。
周囲の取り巻きたちも、ニヤニヤと俺を見下して笑っていた。
本来なら腹を立てる場面かもしれない。
だが、今の俺には彼らの罵倒すら心地よかった。
(いいぞ、もっと罵ってくれ! 俺を空気のように扱ってくれ!)
俺がヘコヘコと頭を下げていると、背後から職員の声が響いた。
「あ、ゴウダさん。ちょうどよかった」
「あん?」
「新人研修用の『初心者ダンジョン』の枠が一つ空いてるんです。そこのF級の彼、荷物持ちとして連れて行ってやってください」
「あぁ? なんで俺がこんな雑魚を」
「規定ですから。報酬は協会が出しますよ」
「……チッ、まあいいか。おい、F級」
ゴウダが獰猛な笑みを浮かべて俺を振り返る。
そして、自分の足元に巨大なバックパックを放り投げた。
「光栄に思えよ。俺たち『選ばれしD級パーティ』の攻略を、特等席で見せてやる」
「……はい、喜んで」
俺は従順な笑みを浮かべ、バックパックを背負った。
中身は重いが、身体強化を使っている俺には羽のような軽さだ。
こうして俺は、初日からダンジョンへ潜ることになった。
初心者向け、推奨ランクEの『ゴブリンの洞窟』。
だが、俺たちはまだ知らない。
この日、このダンジョンで『通常あり得ないイレギュラー』が発生することを。
そして、俺のF級生活初日が、いきなり破綻の危機に瀕することを。
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