影の英雄は二度死ぬ~かつて命懸けで救った薄幸の少女が、現代で最強のS級ハンターになって僕を探している件。なお、僕はF級としてスローライフを送りたい~

kuni

第1話

「――レンお兄ちゃん、死なないでっ! 嫌だよ、置いていかないで……!」


 鼓膜を叩くのは、悲痛な少女の叫び声。

 視界を染めるのは、燃え盛る実験施設の炎と、俺たちを取り囲む武装兵士たちの銃口だった。


 裏社会の闇組織『クローン』。

 非人道的な人体実験を行っていたこの施設から、被検体の少女――セツナを連れて脱出する。

 それが、潜入工作員だった俺の任務であり、人生最後の仕事だった。


「……諦めろ、『影』の使い手。貴様一人で、この包囲網を突破できるものか」


 指揮官らしき男が嘲笑う。

 確かに、俺の体力は限界だった。全身に数発の銃弾を受け、血を流しすぎている。

 背中には、震える小さな温もり。

 まだ七歳のセツナ。銀色の髪に、涙で濡れた大きな瞳。


 この子だけは、守らなきゃならない。

 こんな地獄で終わらせていい命じゃないんだ。


「……セツナ。目を閉じていろ」

「え……?」

「いいから。俺が『いい』って言うまで、絶対に開けるなよ」


 俺は震える足に力を込め、自身の影を見つめる。

 本来なら、制御不能で自滅する禁断の力。だが、今の俺にはこれしかない。


 ――持ってくれよ、俺の命。


『影の浸食(シャドウ・イーター)』、解放。


 瞬間。

 俺の足元から、世界を塗りつぶすような漆黒が噴き出した。


「な、なんだこれは!? 影が……足に絡みついて……うわあああああ!」

「撃て! 撃ち殺せ! ひっ、銃が影に呑まれ――」


 悲鳴は一瞬で途絶えた。

 俺の影から生まれた無数の『黒い槍』が、施設内の敵を、兵器を、瓦礫ごと串刺しにし、そして闇の底へと引きずり込んでいく。


 圧倒的な殺戮。

 だが、代償は即座に支払われた。


 俺の指先が、足が、サラサラと黒い灰になって崩れていく。

 魂ごと影に食わせたのだ。もう、助からない。


「……終わったよ、セツナ」


 静寂が戻った廃墟で、俺は崩れ落ちそうになる体を必死に支え、少女に向き直った。

 セツナがおそるおそる目を開ける。

 そして、俺の透け始めた体を見て、息を呑んだ。


「お兄ちゃん、手が……!」

「泣くな。……笑え、セツナ」


 俺は残った右手を伸ばし、彼女の頭をポンと撫でた。

 温かい。生きている。それだけで十分だ。


「お前は自由だ。どこへでも行けるし、何にだってなれる。……だから」


 視界が暗転していく。

 意識が、深い水底へと沈んでいくようだ。


「幸せに、なれよ」


 最後に見たのは、喉が裂けんばかりに俺の名を叫ぶ、少女の泣き顔だった。


 ――ああ、やっぱり。

 泣き虫な妹分を置いていくのだけが、心残りだな。


 そうして俺、神崎レンの生涯は幕を閉じた。


 はず、だった。


          ◇


 ……ん?


 暗い。狭い。

 俺は深い闇の中で、羊水に浸かっているような感覚に包まれていた。


 死後の世界だろうか。それにしては、妙に意識がはっきりしている。

 俺は試しに、手足を動かしてみた。


 パリンッ。


 何か硬質な殻のようなものが割れる音がした。

 同時に、隙間から眩しい光が差し込んでくる。


「ぷはっ……!?」


 俺は本能的にそこから這い出した。

 新鮮な空気が肺を満たす。噎せ返りながら、俺は自分の体を見下ろした。


「……ある。手も、足も」


 消滅したはずの肉体は、五体満足でそこにあった。

 いや、それだけじゃない。傷一つないし、なんだか体が軽い。


 周囲を見渡す。

 そこは、かつて俺が死んだ実験施設の跡地――のようだった。

 だが、様子がおかしい。

 壁は風化し、床からは見たこともない発光植物が生え、天井の大穴からは空が見えている。


「ここ、どこだ……? どのくらい時間が経ってる?」


 足元の黒い殻――俺を包んでいた『影の繭』のような残骸を踏み越え、俺は外に出た。

 そして、言葉を失った。


「は……?」


 眼下に広がっていたのは、俺の知る東京ではなかった。


 高層ビル群には巨大な蔦が絡まり、空にはドローンと怪鳥が飛び交っている。

 街中を歩く人々は、剣や杖といったファンタジーな武装を身に着け、現代的な服装と奇妙にミックスさせていた。


 まるで、ゲームの世界だ。


 呆然と歩いていると、街頭の巨大ビジョンが目に入った。

 新宿のアルタ前のような広場だ。

 そこに映し出されていたのは、『ニュース速報』の文字。


『――続いてのニュースです。本日未明、S級ダンジョン「赤坂アビス」が攻略されました』


「ダンジョン……?」


『攻略者は、やはりこの方。我が国が誇る最強のS級探索者(ハンター)、天宮セツナさんです!』


 ドッ、と心臓が跳ねた。

 画面が切り替わる。


 映し出されたのは、戦場跡に佇む一人の女性だった。

 

 月光のような銀髪。

 凍てつくような蒼い瞳。

 モデル顔負けのプロポーションを包むのは、純白の戦闘スーツ。


 その周囲には、巨大なドラゴンのような怪物が、カチンコチンに凍結されて転がっていた。


「……嘘だろ」


 大人びているが、面影がある。

 あれは間違いなく、俺が守った少女、セツナだ。

 俺の知るセツナは七歳だったが、画面の向こうの彼女は一七、八歳に見える。


 つまり、あれから十年が経っているのか?

 俺は十年も眠っていたのか?


 混乱する俺をよそに、画面の中のアナウンサーが興奮気味にマイクを向ける。


『素晴らしい戦果です、天宮さん! これで国内ランキング一位は揺るがないですね! その強さの原動力は、一体何なのでしょうか?』


 全国放送のカメラに向け、セツナがゆっくりと口を開く。

 その表情は、先ほどの戦闘中よりも遥かに冷たく、そして鋭かった。


『……人探しのためです』


『ひ、人探し、ですか?』


『ええ。十年前にいなくなった、私の大切な人。……彼を見つけるために、私は権力と力が欲しい』


 カメラの向こうのセツナが、ふと、どこか遠くを見るような目をした。

 そして、頬を赤く染め、うっとりとした表情で――爆弾を落とした。


『彼を見つけた方には、私個人の資産から一〇〇億円を差し上げます。情報だけでも一億円。国家予算を使っても構いません』


『い、一〇〇億!? こ、国家予算!?』


『彼がどこに隠れていようと、地の果てまで追いかけます。もし彼を傷つけた者がいれば、この国ごと氷漬けにしてでも償わせます』


 最後に、彼女は愛おしそうに、首に巻いた古びたマフラーを撫でた。

 ……見覚えがある。あれは俺が死ぬ間際、彼女に巻いてやった安物のマフラーだ。


『待っていてね、レンお兄ちゃん。……今度こそ、私があなたを飼っ――いえ、守ってあげるから』


 ブツン、と中継が切れた。

 広場の大型ビジョンの前で、俺は石のように固まっていた。


 ……えーっと。

 整理しよう。


 一、俺は十年後に復活した。

 二、世界はダンジョン社会になっていた。

 三、かつての泣き虫少女は、国家権力レベルのヤンデレ最強ハンターに成長していた。


「…………」


 俺は無言で、着ていたパーカーのフードを目深に被った。


 バレたらヤバい。

 本能がそう告げている。


 あんな目をした彼女に見つかったら、「感動の再会」どころか、監禁コース一直線な気がする。

 俺はただ、平和に生きたいだけなんだ。


「よ、よし……まずは現状把握だ。目立たず、ひっそりと生きよう」


 そう決意して、俺は人混みに紛れるように歩き出した。


 だが俺はまだ知らない。

 俺の体には、かつて世界を滅ぼしかけた『影の王』の力が、そのまま残っていることを。

 そして、それを測定しようとしたハンター協会で、盛大にエラー(F級判定)を叩き出し、逆に注目されてしまう未来を。


 影の英雄の、平穏とは程遠い二度目の人生が、ここから始まろうとしていた。

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