第2話 生きるべきではない

 ――なぜ今になって封印が解かれたんだ!?

 ――知るわけないだろう! それより今はヘリクをどうにかしなくては…!

 ――もし復活すれば、生き埋めになる構造なんだろう!? どうなってる!?

 ――斥候に調査に行かせたところ、装置は問題なく動作していたようです。ですが…ヘリクはこれを突破したようです…! 

 ――その斥候は無事なんだな!?

 ――いえ…死にました。帰還しましたが、ヘリクから受けた損傷が激しく…


 アルカたち訓練生は、教官たちの焦る声を聞きながら、撤退するため馬車に乗り込んでいく。


 アルカは馬車に乗り込む直前、先ほど教官が話していたであろう、斥候の死体が視界に入った。


 死体を見るのは初めてだった。片腕がなく、光の消えた瞳がアルカの脳裏にこびりつく。

 体が芯から凍えるのを感じ、無意識に刀を握った。


 アルカが乗った馬車は満員となり、山を下っていく。


 ――洞窟を爆破し、ヘリクを生き埋めにする! 全員退避せよ!


 わずかだが、そんな声がアルカの耳に届いた。そして数秒後、山の方からけたたましい爆発音が鳴った。


 洞窟を崩壊させれば、時間を稼げるはず。だがもし失敗すれば?

 そのとき、アルカは先ほどの斥候を務めた騎士の死体と、育ての親であるシュドーの姿が重なった。


 その瞬間、アルカは経験したことのない苦しみを感じた。


 アルカは走る馬車の中から外を見た。ちょうど、馬車の走るスピードは遅くなっている。


「行ってどうする?」


 アルカが荷台の出入り口に手をかけたとき、教官から声をかけられた。


「気持ちはわかる。だが、これは命令違反だ。お前は足止めにもならない。死ぬだけだ」

「わかってます。でも…俺は人を助けたいから、騎士団に入りました。だから、救える命は一人でも救いたい。たとえ相手が不死身でも、死ぬと分かっていても、一歩も引きません!」


 教官にそう告げ、アルカは馬車から飛び降り、来た道を駆け戻る。


「無謀な教え子で、すみません」


 アルカは後ろを振り向くことはせず、ただひたすら駆けるのだった。


 ◇


 訓練場に着いたそのとき、アルカの目の前に何かが、べちゃりと音を立てて落下した。

 それは見るも無惨となった人の死体。服装から教官の一人だということはわかった。

 だが、顔面が潰されており、それが誰なのか判別がつかない。


「囲め! 数で押すんだ!」


 そのとき、シュドーの切羽詰まった声が聞こえた。アルカはそのほうを向く。


 そこには不死身の怪物――ヘリクがいた。

 焦げ茶の髪。肌色の瞳。血の気のない顔色。

 それがヘリクだと、すぐにわかった。

 背中から生える十本の触手。ヘリクはそれを駆使し、教官たちと対峙していた。


 触手の先には鋭利な爪があり、ムチのようにしならせ、教官たちを切りつける。そして、拳で殴打し、甲冑をものせず破壊している。

 教官たちは、その触手と怪力によって圧倒されていた。


 そのとき、ヘリクの背後に迫る人影があった。

 シュドーだ。


 シュドーはヘリクの死角に忍び込み、振り向くことさえ許さず、首筋へと居合の一閃を走らせた。


 だが、それはヘリクの首半分のところで止まった。

 予想以上の硬さだったのだろう。シュドーは首を断ち切ることを諦め、刀を引き抜き、ヘリクから距離を取ろうとする。


 ――だがそのとき、シュドーの足がヘリクの触手によって貫かれた。その触手は地面から生えており、不可避の一手だった。


「――ッ!」


 シュドーは痛みに怯むが、ヘリクへの注意は逸らさない。

 しかし、ヘリクはすぐ目と鼻の先にまで迫っていた。


「シュドー!」


 思わず叫ぶアルカ。


 絡め取られた足。振りかざされた拳。

 客観的に見ても、逃げ場はなかった。


 シュドーは誰よりもそれをわかっている。

 刀の刃を向けて防御するが、ヘリクの拳は止まらない。

 ヘリクの拳は刃によって両断されながら、シュドーの甲冑を破壊し、その胴体に貫いた。


「ふっ」


 一瞬、ヘリクが笑みを浮かべるのが見えた。

 シュドーはもう片方の腕を貫いた胴へと差し込み、シュドーの身体を上下に引きちぎって見せた。それはいとも容易く、あっけないものだった。


 ヘリクはその鮮血を、全身で浴びる。


 ヘリクを囲む教官たちは構えているが、その光景に圧倒され、戦意が削がれているのが傍目からわかった。だが、それでも立ち向かうのは、自分たちがここで一秒でも長く足止めしなければ、と騎士としての使命感がそうさせているからだろう。


 しかしそんな気概など構わず、ヘリクは圧倒的な力で蹂躙した。

 足の裏から伸ばし、地面に忍ばせた触手で、教官たちを次々と殺していく。


 そう――やはりだ。ヘリクはやはり、笑みを浮かべていた。この凄惨な状況を楽しんでいる。

 それを見たとき、恐れから震えていたアルカの手は、別の感情に変わった。


 ヘリクはまだ息のある教官に拳を振り上げ、トドメを刺そうとしていた。

 しかし、振り下ろした拳は両断され、地面に不甲斐なく落ちる。


「誰だ? お前は?」


 アルカは、ヘリクの声を背に受け、堂々と言い放つ。


「お前を殺す人間だ」


 アルカはまだ生きている教官を抱え、ヘリクへ刀を向け、啖呵を切るのだった。


 ◇


 アルカの体は自然と動いた。ヘリクの腕を両断し、教官を救い出した。


「なぜ殺す? お前には人の心がないのか?」


 自分でもこんな恐ろしい声が出るのか、とアルカは他人事に感じた。


「――簡単だ。男には女子供を守る使命があるからだ。

この世界は弱肉強食だ。弱者は強者に奪われる。だから自分たちだけはせめて幸福でいるために、奪われないために、人は強くならなければならない。そうだ、強くなくてはいけないんだ!」


 ヘリクが地面を強く踏み付けた。


「俺たちは闘って、戦って、強くなっていくしか無い。だが――」


 ヘリクは、殺した教官たち、そしてシュドーを一瞥した。


「この者らは弱かった。努力不足の現れだ」


 とても無関心な瞳を向けていた。


「俺より弱かった。守る力がなかった。死んで当然の存在なんだ、こいつらは」


 アルカの脳裏には、教官たちから教えを受けた日々、そしてシュドーとの生活が流れる。

 どれも温かく、自分にとって不可欠な思い出ばかりだった。


 だが、この男はそれを侮辱した。

 許してはいけない。その思想だけではない。存在そのものが邪悪で、すぐに消さなければならない。


「最後に一つ聞く。弱肉強食の摂理に則って人の命を奪うなら、どうしてお前は人を殺すとき、笑みを浮かべる?」


 ヘリクは自分の口に触れた。


「俺が? 笑っている?」


 ――そうか、気づいてないのか。もう末期だよ、お前は。


「死んでくれ――いや、今から殺す。お前は生きるべきじゃない」


 アルカは、教官を近くの木に預け、安静にさせる。


 そして、不死身の怪物――ヘリクに対峙するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Arca あばんじゅ @yudetama_1231

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ