Arca

あばんじゅ

第1話 薄氷を割く

「はじめ!」


 開始の号令と同時、アルカは地を踏みつけ、相手の虚を突く形で迫る。

 相手はこちらが様子を見るだろうと踏んでいたためか、反応が遅れている。

 アルカはがら空きの横腹に木刀を叩き込み、痛みに崩れる相手の頭上に、木刀をとん、と置いた。


「そこまで!」


 レフェリーが告げる試合終了の合図に、アルカはほっと緊張を解く。


「痛って~なぁ! おい! もうちょっと加減してくれよ」


 アルカの対戦相手は、攻撃を受けた横腹を大げさに見せ、茶化すように言った。


「ごめんごめん」


 アルカは少し笑いながら、地面に尻餅をつく相手に手を差し伸べた。


 今は騎士団の訓練で、一対一の訓練をしているところだった。

 アルカが騎士団の卵として、訓練生になってからもうすぐで半年が経とうとしており、訓練の日々にも慣れてきた頃だった。


 教官から休憩してよし、と言われる。だが休憩時間は短く、次の訓練が持っている。アルカや他の訓練生は、夏の日差しを避けるように日陰に避難し、少しでも体力の回復に努める。


 ◇


 ここ“スズラ山”は、騎士団の訓練場以外にもう一つ、別の役割がある。

 それは――“ヘリク”という不死身の怪物を封印する場所でもあるのだ。


 アルカたち訓練生は一通りの訓練を終え、教官に連れられ、洞窟の中へと案内される。洞窟の中は涼しく、夏の暑さを忘れさせてくれるようだった。


「知っての通り、この先にはあの不死身の怪物、ヘリクが封印されている」


 ヘリク。

 それは誰もが知る、500年前に実在した不死身の人間の名だ。

 なぜ不死身という超常的な能力を持っているのか?

 それはヘリクが、肉体の“創生”と、不死身の“顕現”を有しているからだ。


 人間は、“創生そうせい”と“顕現けんげん”という特殊な能力を宿すことがある。


 “創生”とは、無から有を作り出す能力だ。使い手は武器や生活用品など、さまざま 

な物体を生み出すことができ、その形は十人十色だ。


 そして“顕現”とは、創生によって生み出された物体に宿る超常的な能力を指す。

 それは世界の常識や法則を無視する、本来であればあり得ない力である。


 ヘリクは、肉体の“創生”と、不死身の“顕現”を有し、不死身という幻想を現実にした人間なのだ。


「だが、ヘリクはその顕現を使い、大量の人間を虐殺した」


 先頭を歩く教官が、淡々とそう言う。


「ヘリクが封印されてからもう500年が経つ。上は500年も続けば、もう大丈夫だろうということで、ヘリクの警戒ついでに、お前たち訓練生の訓練場に選んだ。予算の都合なんだろうが、な」


 そこには少し、上――というか、我らが仕える王宮への不満が見え隠れしていた。


 教官が立ち止まる。そこにはいかにも厳重な鉄扉がある。

 教官が鉄扉を開くと、また鉄扉があった。教官はまたそれを開け、その先にもまた鉄扉があった。

 教官はその鉄扉を開けようとしたとき、ふと、こちらを振り向いた。

 みな察した。この先にヘリクがいるのだと。


「これから国を守ろうとするのなら、見ておくべきだろう。我々騎士は、たとえ不死身の怪物が復活したとしても、一歩も退いてはならない」


 鉄扉が開く。

 そこは狭く、中腰に屈まなければ入れないような場所だった。

 そして、そこにぽつんと、正八面体の物体が浮かんでいた。


「これは咬合結界こうごうけっかいという。そしてこの中に、ヘリクが封印されている」


 訓練生たちは部屋の中には入らないよう、一人ひとり順番にそれを見る。

 アルカの番がやってきたため、じっとそれを見つめた。


「……っ!」


 そのとき、アルカは感じた。こちらに対する殺意を。見つめる先から向けられている。

 まるで憎悪に満ちた目を向けられたかのようで、アルカはその場で固まってしまう。


「どうした? アルカ」

「い…いやなんでもないです」


 他の者はなんともないのか、スムーズに見ていく。

 気のせいなのか。アルカは他の訓練生にそれとなく聞いてみたが、なんともないようだった。


 ◇


 アルカたちは隊列を並び替え、洞窟を出ようと歩く。アルカは最後尾にいた。


「ひさしぶりだな、アルカ」


 そのとき、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。


「シュドー! ここに来てたのか?」

「ここでは教官じゃよ」


 シュドーは、孤児だったアルカを拾い、育ててくれた存在だ。

 騎士団の訓練生になってから、シュドーとはほとんど会えなかったため、アルカは久しぶりの再会に、声が弾む。


「ここでの訓練はどうじゃ? うまくやれとるか?」

「うん、まだまだのところも多いけど、一生懸命やってるよ」

「謙虚じゃのぉ。成績良好で、素行もいいと聞いとるよ」


 シュドーとの雑談を聞いていたのか、前を歩く訓練生も会話に混じる。


「アルカお前、シュドー教官と知り合いなのか?」

「シュドー教官は孤児の俺を育ててくれたんだ。実は俺に剣術を教えてくれたのは、シュドー教官なんだ」

「ああ…それでか。そりゃ、誰もお前に剣術で敵うはず無いわ」

「?」

「知らないのか? シュドー教官は、昔は王国随一の剣士だったんだぞ? その実力を買われて、名家の筆頭騎士を務めていたんだから」


 初耳だった。アルカは、言ってくれればよかったのに言うと、シュドーは何も言わず、笑みを浮かべるだけだった。シュドーはそういうことは自分では言ってくれない性格なのだ。


 確かに、シュドーの剣術は今でも目に焼き付いている。まさか最初から最高の剣術を間近で見ていたとは思わなかったが。


「じゃあ、アルカはシュドー教官に憧れて騎士団に入ったクチか?」

「もちろん。王都に住んでた頃、人攫いに遭ったんだ。でもシュドーが助け出してくれた。そのとき、俺も強くなって、誰かを守れるようになりたいって…思うようになった」

「……」


 シュドーは、照れるように頬をぽりぽりと掻いていた。

 それからもアルカたちは先頭の教官には聞こえないよう、小さな声で雑談を交わすのだった。


 ◇


 就寝の時間。訓練生20人が一つの部屋で就寝していた。

 アルカは二段ベッドの上で寝息を立てていたが、突如として頭痛を感じ、目が覚めてしまった。

 しかし、痛みは一瞬で、数秒後には何事もなかったかのように霧散していった。


 アルカは再び眠ろうとする。

 ――だがそのとき、全員が飛び起きるほどの轟音が響いた。

 地面から唸るような重低音。そして、それより遅れて緊急事態を示す鐘の音が響いた。


 アルカたちは何事かと思うが、教官からの指示もなく、自主的に装備と武器を手に、外へと出た。

 すると、ばったり教官に出くわす。


「…全員装備を着用しているな?」

「「はい!」」


 こちらの様子を見た教官に、アルカたちは素早く返事を返す。


「お前たち訓練生をここから撤退させる、ついてこい」


 急ぎ足の教官に従い、ついていく。


「質問をいいでしょうか、何が…起きているのですか? 撤退とはどういうことですか?」


 教官に一番近い訓練生が、全員が最も知りたいことを質問してくれた。


「……………ヘリクが復活した」


 教官から放たれた、たったそれだけの言葉。

 500年間の平和は、薄氷の上に成り立っていたことを、ここにいる全員が感じるのだった。

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