百合【カクヨムコン11短編お題フェス:祝い】

雪うさこ

百合


「渡辺さん、面会の方ですよ」

 看護師の声にパソコンを打つ手を止めると、そこには、大学時代の友人、佐々木一也が立っていた。彼の手には白い百合の花束がある。

「やあ、どう? 調子は」

「どうして、ここが?」

「お前の実家に問い合わせたら教えてくれた。

 白髪交じりの髪は艶やか。目元に寄る皺を見ると、時間の経過を感じた。

 佐々木は高校時代、カヌー部の主将だった。そのせいか、顔だけでなく、プロポーションもよかった。随分と女子学生に人気があった。

 最後に会ったのはいつだろう?

 そうだ。あの祝賀会。あの日以来、おれたちは顔を合わせることはなかったというのに。

 彼は花束を床頭台に置くと、そばの丸椅子を引っ張ってきて、勝手に座り込んだ。

「もう長くないんだって?」

 あけっぴろげにヤツはそう言った。

「ああ、そうだ。だからなんだ。今更、なにをしに来た? 今や売れっ子の作家のお前には関係のないことだろう」

 そうだ。佐々木一也は、今や本を出せばニュースのトップを飾るほどの売れっ子作家。世界中に翻訳をされて、あっという間にミリオンセラーをたたき出す。

 その一方で、おれはしがないルポライター。小説の世界を諦めて、週刊誌に記事を売る生活だ。

 おれたちは大学時代の文芸サークルの仲間だった。当時は、どいつもこいつも本を出すことを夢みていた。誰が一番先にデビューをするのかと競い合っていたのだ。そして、先に抜け出したのは、この佐々木だった。

「高橋が死んで、何年になる?」

 ふと佐々木が言った。

 高橋誠。サークルの同級生。おれたち三人はいつも一緒にいた。あの日までは。

「あいつが死んだのはおれの祝賀会の席だった。あいつ、誰よりも小説家になりたいって息巻いていたからな。おれが賞を獲って、デビューが決まったあの日に。あの祝いの席で自分の酒に農薬を盛って……」

 ——「諦めないで」。

 高橋の口がそう言っていた。いや、声は聞こえなかった。口元から流れた血。息のも絶え絶えの中で、高橋はそう呟いた。おれにはそう見えたんだ。

「おれの祝いの席だぞ? 当てつけにもほどがある。信じられないな」

「——そうだな」

 しかし、なぜ佐々木がこの話をしに来たのかわからない。いやわかっている。きっとヤツは「」んだ。

「もういいだろう。その話は。体調が悪いんだ。帰ってくれ」

 おれは佐々木を睨みつける。しかし、ヤツは口元を歪めて笑っていた。

「そう怒るな。なにを怖がる」

「怖がってなどいるものか。あれは、あいつが勝手に自殺をしただけで——」

「本当にそうなのか?」

 佐々木は立ち上がったかと思うと、持ってきた花束に手を添えた。

「あの農薬入りの酒を準備したのはお前だ。お前はアレを、おれに飲ませようとしていたんだろう?」

 ——そうだ。あの日。おれは佐々木を亡き者にしようとした。

 本当だったら、あの席に座るのはおれだった。おれの作品のほうが優れていた。おれの人生で後にも先にもあれを超える傑作は書けていない。だから、あの作品が世に出るはずだった。なのに。

『選ばれたのは佐々木だった』

 「佐々木くん、サインちょうだい」と女子学生たちがヤツの周りにたむろっていた。みんながヤツをもてはやしていたのだ。

 佐々木が死ねば、次点のおれがデビューできる。だからこそ、ヤツを殺さなければならない。そう思ったのだ。

 だがしかし——。

 それは叶わなかった。

 死んだのは佐々木ではなく高橋だった。

 佐々木に酒を勧めようと歩き出した瞬間。横からすっと出てきた高橋に杯を奪われた。

「ありがとう。おれに?」

「違う。それは——」

 否定したが、高橋の目は静かにおれを見ていただけだった。その直後、ヤツはその酒を一気に飲み干して。そして血を吐いて死んだ。助け起こそうと抱きかかえたとき、ヤツはこう言ったんだ。

「諦めないで」

 布団を両手で握りしめていると、佐々木が花束をおれの足の上に投げ捨てた。

「百合の花ことばを知っているか? 純潔、威厳、無垢、高貴。高橋にピッタリじゃないか。あいつは、純粋にお前を応援していた。お前が作家になることを夢みていた」

 ——「きっとなれるさ。お前の書く文章がおれは好きだ。お前には作家としての素質があるんだから!」

 同じ文芸部で、自分だって小説家を目指していたはずなのに。あいつは、いつのまにかおれを応援してくれていたんだ。

「お前の手を血で汚したくなかった。自らを犠牲にしてまでも。だがしかし、その後のお前は見るに耐えない人生を送ってきた。あいつの期待、希望を背負ったというのに。惨めだな。渡辺。

 ——ユリは葬儀に使われる。そして、匂いが強すぎて見舞いには向かない。死を目の前にした傲慢なお前にはピッタリな花だ」

 佐々木は静かに病室を出て言った。

 ヤツは知っていたんだ。ずっと何十年も前から。だが、高橋の思いを知っていて、ずっと黙っていてくれたというのか。

 今更後悔しても遅いだろう。もうおれの人生は長くはない。

 目の前のパソコンの画面には、故郷を舞台にした小説。しがないルポライターをしていたって、小説家への夢を諦めたわけではない。ただ、チャンスがなかっただけ。それでも死のその時まで、おれは小説を書き続けるつもりだ。それが高橋の思いへの報いだからだ。




—了—

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百合【カクヨムコン11短編お題フェス:祝い】 雪うさこ @yuki_usako

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